「…そう言う訳ですの。帰って戴けて?」
「ひ、姫!お戯れを」
「もう一度お考え下さい」
「控えなさい、ザキ、リィベ」
もう決定は覆らないとばかり微笑む美貌に、
そもそも反論したのが無駄だった、と思い知ら
される。
「では、最後にお答えを」
我慢強く其の我儘に答えている異国の貴人に
二人とも心底同情してしまう。彼が受けている
被害が仮令本来の10分の1に留まっているに
しても、此処まで我慢すれば充分だろう。
「お国の安泰の為,とは申しません。私が婿
入りする、と言う形でも承知はして戴けぬのか
?」
「お気持ちは有り難いのですが…貴方様には
思い人が居る、と聞き及んでおります。テェグ
様、と仰いましたかしら?」
「届かぬ思いゆえ、断ち切りました」
「今一度確かめで御覧遊ばせ。…疲れており
ますの。此処まででお許し下さいませ」
裾を翻して去り行く姫を、引き止める手立て
は無い。
「……ッアハハ!あのリンの鉄砲玉喰らった
様な顔!虐め甲斐があったなァ」
「ひ…いえ、王子!余りのお戯れですよ?」
「だって、断り様がないんだもの。この話を
持ってくる父上も父上だよ」
亜細亜の大陸草原部に存在する小国を総べる
ジャカゥイ王の一人娘(となっている)チゥは、
先程の淑やかさは何処へやら、胸が肌蹴るのも
構わず笑い転げていた。肌の色は抜ける様に白
く、木目も細やかだが、ふくよかではない。所
か、なだらかな丘ですらない。其れも其の筈。
彼は元々王子なのだから。
「仕方がありませんよ。お后様の縁戚から持
って来られた話なのですから」
「母上も便乗して訳を話してくれれば良いの
に」
「このお話がせめて来週持って来られた話な
らまだ良かったんですけどね」
侍従長でありチゥの世話係でもあるザキは、
事情を判っているだけに苦笑するしかない。
欧羅巴から嫁いで来たチゥの生母でもある后
・エンリの故国では押並べて跡取を16歳にな
るまで少女として育てる慣習があり、王も生ま
れ付きが弱かったチゥを見て其の慣習の導入に
賛同してここに至るのである。
誤算だったのはチゥが長じて薬師を凌駕する
調合の腕前を披露し出した事と、齢を重ねる毎
に申し分以上に花開いてしまった其の美貌であ
ろう。
「でも…」
「でも?言ってみな?リィベ」
エンリ付きの女官とザキの兄の間の子(手早
く言えばザキの甥)で小姓のリィベがそっと口
を挟む。
「リン様…チゥ様が男だって事は知ってます
よ?多分」
「え?」
「それから、ザキ兄様とのそう言う関係の事
も」
二人ともあのフィデリア国皇太子・リンの純
情そうな顔をさっと脳に思い浮かべる。あの表
情からは些か思いつかないが…。
「証拠、あるか?」
「…首筋をお隠しになってから言って下さい。
見る人が見れば察しは付きます」
と、首筋を見れば成る程と思う。
未だ少女と言っても通る様な声の持ち主のチゥ
だが、奈何せん喉に隆起する男の象徴までは隠
し切れなくなって来た。そして、赤い花弁の跡。
「ザキとの事は?」
「其の痕が付いている日に限って兄様が大き
な隈を造っているんです。俺でなくても判りま
す」
やれやれと言いたげな口調で肩を竦めるリィ
ベを前に縮こまるしかない二人。
「でもそれでも会いたがるという事は?」
「余程お好きなんでしょうね。まあ、俺もリ
ン様が通ってきてくれると嬉しいですし、正直」
「……小姓は小姓同士、ッてか?」
まあ、あの皇太子付きの小姓…ユノと言った
か?…なら頷ける。それにしても男を好きにな
るのは血筋なんだろうか、とふと遠くを見たく
なるザキである。
さて、国は巻き込まないだろうがこの関係、
如何相成ります事か?此度はとりあえず此処迄。