残り香       

 其れは、極ありふれた日常の、些細な一コマだった。

 クン。
 微かな違和感。
 クン、クン。
 何とは無しに嗅覚を鋭敏にしてしまう。
 「なァ、火村?」
 「何だ?」
 「ん…いや、…ちょお待って?」
 何時の間にか覚えてしまった相方の体臭に就いての記憶を
頭の中で復唱しながら、もう一度。
 「……お前、煙草、変えた?」
 そうとしか考えられない。いつもかぎなれたあの駱駝印の
外国煙草の匂いとは、微かに違う香りがする。まあ、これが
多分御婦人の肌の移り香だったりしたら、間違いなく私は逆
上していただろう(だからと言って男性の肌の移り香だった
ら余計に嫌だが)。
 「匂うか?」
 「微かにな」
 「…喫茶店での移り香だな」
 「誰といっとったんや?」
 いかん…つい詰問口調になってしまう。
 「莫迦。間接的な移り香だよ」
 「?」
 「テーブル3つ位隔てていたんだけどな…まあ、俺も愉し
んでいたし」
 「何やねんな、一体?」
 「ん。葉巻だよ。まあ、随分大人しめの香りだったけどな」
 「へぇ…」
 ヘビースモーカーでない私には今一つピンと来ない話だ。
第一、火村の煙草の香りを覚えてしまったのもこの男がマー
キング宜しく私の部屋で喫いまくり(専用灰皿も常備してあ
る始末!)、又肌を重ねれば其の肌から残り香がどうしても
鼻腔に入る訳で…いかん、つい赤面してしまいそうになる。
肌を重ねてもう10年近く。それでも今更ながら照れは残る。
 「で、つい買って来てしまったんだな」
 「同じ銘柄をか?」
 「ああ。好みだったからな」
 「喫っとった奴がか?」
 「煙草の香りがだよ。何拗ねてる?」
 「拗ねてへん!」
 「じゃ、妬いてくれた?」
 抱きすくめられて、耳元で囁かれる。この男は…私の弱味
を知っていてこうする訳か。じゃ、遠慮なく反撃させて貰お
う。
 「英生は、ええ男やしな」
 ほら、紅くなった。
 この整った顔が私の一言で赤らむのを見るのは、一種快感
である。そう、この表情は、私専用だ。
 「アリスと一緒に、味わいたくなって…」
 後は口付け。だから私も後ろ手で、そっと玄関の錠をロッ
クする。万が一の邪魔も興醒めになるから。

 「意外と細身やねんな?」
 「だからと言って、味わうのは上でだぞ?」
 「あんな悪趣味な真似せェへんて!」
 某国の大統領のスキャンダルの逸話を思い出しつつの睦言
に、つい噴出してしまう。想像してみると、滑稽な図になっ
てしまうし。
 英生が一服して、其の煙を口付けを介して共有する…何時
もと違う香りが刺激になるのだろうか。体の火照り方が心な
しか違う様な気がする。もっと味わいたくなって舌を深く差
し込む。左手で頭を抱え込み、右手は蕾を解しに掛かる。
 微かな抵抗。いつもなら、そこから私が主導権を握る筈、
だった。其れが………。
 
 蕾に滑り込んだ指で陥落されたのは、私だった。

 「……んんぅ…ひ、で…」
 「何時もと違う匂いで興奮してるのはお前だけじゃないん
だからな?……良いよな?」
 「火ィ付けといてほったらかしは御免やで?」
 「もっと萌やして遣るよ。処で締め切りは?」
 「急に冷ますな!再来週やからまだ大丈夫」
 だから、足を絡めてみる。
 「何時まで焦らすねん?」
 耳元で囁いて…そして満たされる。

 そして、二人の間に新たな合図の取り決め。
 葉巻の残り香は、英生が主導権を握る合図。
 これで又一つ、注意しなければならない香りが増えた。嬉
しい苦労ではあるけれど。
                       (了)
《コメント》
貮零零零番キリ番としてけんたさんに謹呈したSSです。
ヒムアリでと要望を戴いていたのに…つい危うくアリヒムに
なる所でした(苦笑)
まあ、助教授も人の子。何時もと違う雰囲気で萌えたと言う事で。
因みに助教授がつい買ってしまった葉巻というのは一応モデルが
ありまして。かのオリエント急行の車内で販売され、市販もされ
ている銘柄だったりします。葡萄瓜も味わった事がありますが、
でしゃばらず、其れでいて格調のある香りと味わいでした。
「Orient Express Train Blue No.1」という銘柄です。
……他意はありませんよ!(爆)

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