3・誰かを護りたい気持ち
守りたい人が出来た。
名前はマナミ。
アタシの『妹』。
「貴女を倒すよ」
そう、アタシに言われた。
人気のないアタシの医務室。そこはUGNが管理している治療所の一箇所で、正確には先生の診療所。
今はいつも煩い患者達が居ないので静寂に包まれている。
そこに同じ姿をした少女が二人。正確にはアタシそっくりな少女。顔も髪型も体系も…声だって似ている。
まぁ…でも、似てて当たり前か。彼女もあそこの玩具なんだろうから。
一目で分かったよ。あいつらの研究動物だっていう事。アタシもそうだったから、あいつらがオリジナルから作り出した別の固体…クローン人間なのだから。
多分彼女もそう。違いは元になった細胞がオリジナルからかコピーからか。
まったく……あいつらはあと何人『姉妹』を作ったんだろうかね。
目立った違いは服装くらい。
アタシは白い看護服に白衣。
向こうは薄いピンク色の看護服。
髪型は二人とも耳の上でのツインテイル。アタシが黒に対して少し彼女の方が髪の色素は薄いから、茶色に近いこげ茶が少しの差異。
ふむ。
どうやら、彼女はドクターではなくナースみたい。
ホント……鏡も無くてアタシと同じ顔がそこにあるなんて不思議だけど、在り得ない事でもない。
アタシは自然なイキモノではないのだから。
摂理から外れた造られたお人形。
「貴女に出来るの?」
「……出来るもん」
「……そう」
多分嘘ね。
『アタシ』は肉体的な強さは殆ど無い。得意なのは情報収集と話術。
元々オリジナルが肉体的活動より頭脳労働派だという事もある。
そして彼女もクローンだとしたら、肉体的な攻撃はほぼゼロに等しい。これを……オリジナルからの遺伝情報を変えるとしたら……結構体はいじくられているわね。出来ない事は無いけど色々な部分で不安定な個体になる。
それとも欠点をフォローする人がいるのかしら? 周りに誰も居ないと思うけど、能力者なら分からないのは当たり前かもしれないわね。
それにさっきから言動を見ているけど、この子は本当に無邪気な子供っぽい。子供特有の残酷さがあると思いきや、そうでもない。
以前、彼女が仲間の前に現れたという話だったけど、彼に対して特に攻撃もしていないし、これと言ったコンタクトでもない。
だったら何故現れた?
何故ヒントめいた言葉を残したのか?
そう疑問が残る。
でも会った今なら分かる気がする。
まだ未熟故の唐突さ。それが彼女にはある。
オリジナルの知的能力が生かされていない。まだ成長途中なのか、まだ具象化していないのか。それがどちらかは分からない。
対称実験用で特に成長促進をしていないなら、普通の子供と変わらずに、見た目通り彼女が小学生程度の知識がない可能性だってある。
でも、もしかしたら無理やり体を成長させられたのかもしれない。本来は未だ一桁も生きていないとか。だとしたら後者でも納得出来るわ。
生まれて何年目かは知らないけど、アタシより下の可能性は高い。先生と初めて会った研究所にはクローンの成体はアタシ位だったし、何よりあいつらは『成長』させる事を好むから。
成長し切れていない子供。
敵地に堂々現れるのだからチカラもあるのだろうけど、それはサポートするチカラだあって、メインではない。
なら後ろに誰かいる。攻撃的なチカラ、そして欲望。
彼女の後ろには何かが居る。
おそらくファルツハーツの研究員であり、アタシを造った人。『アタシ』を知っているのなら、オリジナルの兄弟かしら。死んだオリジナルを研究材料として使っていたのは彼なのだから。
そもそもアタシに接触した理由は…?
あそこから逃げ出したのはもう何年も前。どうせあそこの情報網なら居場所はとっくに突き止めていたのだろう。今まで手を出さなかったのは、アタシが居るのは敵対組織の中枢に近いから。
先生を襲撃した者が居る。
でもそれはこいつらではない……と思う。確かに先生はあいつらの研究所を壊した燃やした。でも、あの場所はあいつらにとって重要度はそれほど高くない。既にデータが出た研究を続けていた程度なのだから。
「貴女を倒して連れて帰るの」
「嫌。」
「拒否権は無いよ」
「権利なんて問題ではないわ。強制的な命令は排除してアタシの筋を通すわ」
「造られた者のくせに!」
「翼を持った鳥には籠は窮屈なだけよ」
翼を持っている事を先生が教えてくれた。
だからアタシは今一人で立っていられる。
「ならその羽根もぎ取るだけだもん」
「貴女にはそれが出来ない。貴女に出来る事はそれを補助する程度。望みを持たない貴女はただ従うだけ。そんな存在にアタシは捕まらない」
「ワタシだけじゃないもん。マスターが居るもん」
やっぱり裏が居たか。この少女じゃ単独は無理そうだもの。
「勿論、アタシも一人じゃないわ」
先生は居なくなったけど、今は仲間が居てくれる。頼りないところもあるけどそれなりに信頼はしている。
「マスター!!」
「居るんでしょう!?」
彼女は主人を、アタシは仲間を呼ぶ。
その声が戦いの引き金となって、刃や拳によって空気が震える。
「じゃぁ、始めましょうか」
アタシはUGN所属の看護師。
貴女はマスターとやらの隷属。
お互い存在を賭けての戦闘を。
双方の未来を狩り合う争いを。
「…で、逆木殿。この娘をどうするのだ?」
死なない程度にダメージを与えて気絶している『アタシ』を見て三冬は尋ねてきた。彼女は敵側の人間。今のアタシ達にとって危険要素は少しでも排除したい心境。ただでさえ不安定要素を抱えるアタシの『患者』が居るもの。
でも、アタシの心は決まっているの。
「………こうする」
意識を集中して、倒れている少女の額に延ばした手に力を込める。
「お主…まさか!」
「黙って! この子の抵抗物凄く強いから集中が途切れたら失敗しちゃうよ!」
洗脳行為。
アタシは彼女の頭の中を弄くって、アタシの都合の良いように変えようとしている。
敵なのに、自分に危害を加えた者なのに何故?
答えはわからないけど、しなくてはいけない、今ここでチカラを使わなくてはならない。そう、思った。
多分、今この力を使わないとアタシは後悔するって、そう直感が伝えている。
確かにこれは危険な行為。でもこういう事は初めてではないもの。
この前にアタシは一人の男を情報を聞きだす為に、敵を寝返らした時に一度やっている。
この間、突然の襲撃を受けたアタシ達は敵エージェントを帰り討ちにした。それ自体はそんなに難しい事ではなかった。アタシは戦力にならなくても、戦闘に長けた三冬も佐々木も居たから。
比べた結果チカラはあたし達の方が上。だからアタシ達が生き残った。
辺りの地面に崩れ落ちた黒服の男達。
よりによって三冬の実家…神社での襲撃。人気は無いわよ。でもさー、こういう所って流血沙汰って良く無いでしょう? 『神様』のお家って言っていたわ。そんな場所で喧嘩して血を流して、挙句の果てに死者が出ている。怒るよ、その『神様』っていうヒト。
でも、今はそんなこと言っていられないのよね。生きるか死ぬかっていう状態でキレイ事は言っていられない。誰もが自分の思惑を優先させる事で手一杯で、生き残る事が目的に近付く手段だったから。
でも、突然の襲撃だったから情報が殆ど無い状態でこのままでは進めなかった。
だからアタシは『死体』に魔法をかけた。
アタシに都合の良い魔法。
『汝…再び生命を得る代償として、我が命に従え。新たな生命の続く限り、我を主とせよ』
エフェクトはアタシの思惑道理に作動して、男は生き返りアタシに従った。男にはそれまで持っていたもの全てを捨てさせ、代わりとして新しい名前…『F』を与えた。
今ではアタシの傍に居てくれる存在。彼もまた『仲間』なのだ。
じゃあ、目の前のこの少女は?
姿形はアタシそのもの。同じ遺伝情報を使っているのだからそれは当たり前でしょう。
異母双児……そんな言葉が浮かぶのだけど、本当に女の人のお腹から産まれたとは限らないけどね。それでも遺伝情報から考えると、彼女とは姉妹っていう関係になるのかしら。
運命に弄ばれている悲しい子供。
そんな嫌な因果を断ち切るには……?
今この少女を庇護していた者はいない。アタシ達が倒した。息の根を止めた。こいつが本物かは分からないけど、現在彼女の守護者は居ないのは確か。
捨てられた子猫は一人で生きていけるの?
小学生くらいの知能レベルの子があの狂った組織に帰って、まともに生きていられる?
彼女は実験動物なのよ。
それがどんなに辛い事かアタシは知っている。
ねぇ、貴女は辛くないの? 悲しくないの? 寂しくないの?
アタシは……怖かったのよ。いつも心の奥底で泣いていた。ぼんやりとした日常が嫌で仕方なかったの。
貴女は今幸せ?
幸せではないのなら、これから幸せにならない?
新しい自分になって過去は無くならないけど、未来は変える事が出来るのよ。決められた『運命』なんて壊してしまえばいい。
玩具なんていう『運命』は要らない!
守ってくれた人はもう居ない。これからはアタシが守る側なのだから。
誰も助けてあげないなら、アタシが手を差し出せば良い。アタシの小さな手だって守る事だって出来るんだから。
「貴女は……サカキ マナミだよ。アタシの妹」
目を開けた少女に、アタシは初めて少女を名前で呼んだ。
守りたい人が出来た。
名前はマナミ。
アタシの『妹』。
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