2・涙を流す暇なんてない





「……センセーの馬鹿」

 アタシの声を他に聞く者はいない。完全にアタシの独り言。

 アタシの手の中にはすっぽりとはいった変わり果てた先生の姿。アタシはあの頃と少しも体は大きくなっていない。殆ど変わらないサイズ。先生は男の人の中でも大きい部類に入る位に医者のくせに体格が良い。
 何でそんな凸凹なサイズなのにアタシの腕の中に先生が居るというと、先生は今頭部しかないから。
 アレねアレ、首ちょんぱの状態。現在、生首。

 数日前他の市に出張していた先生。この辺りは平和に見えて、実は裏では戦場と化している。知っている者は知っているし、知らない人は何も係わりなく“普通”に暮らしている。
 “平和”を乱す組織の一つに『ハルツファーツ』の連中がいる。あそこはアタシの……実家と言えばそうなるんだけど、アタシあそこ嫌い。あそこの連中は何で、あんな埃臭い所に閉じ篭って研究するのが好きなのか解んない。

 先生をこんな風にしたのもあいつ等。
 もう、今回の件は先生は関係ないじゃん! そりゃー、数年前にラボ一個程完全破壊したけど、どうせバックアップデータ取ってあるだろうし、大した実験してなかったし。ハルツファーツ的には重大な被害無かったでしょ?

 それに、欲しかったのは市民の健康データだったんでしょ! いくら作ったのが先生だとしても、出張先で殺す事無いじゃない。データはアタシが居るこの医務室にあるのよ。


 なんでアタシから先生を奪うの!?  アンタ達にそんな権利は無いに!





 そんなグロいのを手に持っているなよって感じですが、こんな姿になっても……先生は先生。変わり果てたという表現がぴったりな姿になっても、先生なのです。まだ。

 まだ、可能性はあるの。
 戻る可能性も、変わる可能性も。

 いつかみたいに暖かい光が掌から生まれる。
 手に持っていた先生を包み込む。

 治したい。
 直したい。
 その気持ちがアタシを突き進ませる。

 数年前のチカラとは違うチカラ。掠り傷を治す程度のものじゃなくて、あの人を冥土だろうが、閻魔様の前からだろうが、関係なく引きずり戻すチカラ。




 でも、力が足りない。

 急に光が弱くなる。力が保てない状態が感覚的に分かる。
 静かに、でも熱く流れる涙は止まらない。

 分かっているの。自分がどれだけ非力かって。
 強がっているけどアタシには決定的に力が足りないっていう事。




 だったら、力は手に入れれば良い。
 ついでにあのムカつく野郎も倒してしまおう。


 今なら味方がいる。
 アタシに欠けている戦闘力を持った人たち。絶対的な味方じゃないけど、多分力になってくれるはず。

 ……と言うか、脅してでも協力させる。
 コレがアタシの“チカラ”だから。
 戦う力は無くても、戦う術は持っている。
 それがアタシ…『逆木色深』の力。



 だから少しの間待っていてね、先生……。

 涙は傍に置いて行きます。
 アタシを弱くするものは今は必要ないのよ。
 大切なのは前に向かう足と、冷静に判断出来る頭、それと立ち向かう勇気だけ。


 前を向いて戦いの舞台に身を投じる覚悟をして、先生を容器に戻す。
 通称患者・Cの能力……『冷蔵庫』の中で休んでいてもらう。



「……いってきます」






 ―――――いってらっしゃい。



      ・next...?・


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