Je te veux W
ヴェサリウス帰艦後、イザークは傷の治療と小休止を数時間隊長から命ぜられた。
ストライクと共にあの砂漠に落ちてから3時間-----------
短い時間の様に思えるが、砂漠という日差しが容赦なく照りつける中、顔に傷を負って手当てもままならないイザークは
鍛えているとはいえ、体力・抵抗力共に消失していた。
帰艦すると、バスターGパイロットのディアッカ・エルスマンが心配なのか興味本位なのかやって来たがイザークは、
自分の今の状態が汗と埃、そして血で気持ち悪かったのでとりあえず適当にあしらって追い返した。
イザークは砂漠の砂塵と汗で汚れた体と一緒に顔の傷についた汚れも流し落とす為にシャワーを浴びた。
「・・つぅっ(痛)・・・!」
イザークはわずかに体を反らすよう弾かせた。
白い無機質のタイルは排水溝まで、赤い小さな川を作った。
思ったよりも、痛みの伝達はそれを正確にイザークに告げた。脳の芯にまで響くような沁みる痛み。
それを追い出すように、シャワールームの壁を力いっぱい拳で叩く。
「・・・・・・くそっ・・・!」
シャワーから上がったイザークは濡れた髪をかき上げると体も拭かずに1人用の小さめの冷蔵庫から
ミネラルウォーターを取り出すと、直接口を付けて勢い良く飲む。
乾いた土に水が浸透していくかのように冷えた水が胃に染みわたる。
ピピピッ・・・・・・・・
不意に、通信機器の電子音が静かな部屋に響く。
「はい、イザーク・ジュールです。」
『認識ID番号HD803C472、クルーゼ隊所属、イザークジュール、通達です。』
「は・・・。」
『隊長がお呼びです。二〇五八時、隊長室へ向かって下さい。』
「了解。」
『復唱の後、通達受領の返信を。』
「・・・・二〇五八時、隊長室へ。イザーク・ジュール了解しました。」
そう答えると、即座に通信を切った。
機械のように任務だけ伝える無機質な女の声。
同じ軍隊に所属していても、名前も知らない。
たとえ明日、この人間達が戦闘で殉職したとして、軍として出撃する自分があったとしても
人情で動く自分、となれば話は別かもしれない。
【俺が死んでも代わりはいくらでもいる】
いつか、ミゲルがそう言葉を漏らしていたのを思い出す。
そんな風に漏らしていたミゲルも既に過去の人物・・・・・。
無くなったら補充する。
まるで、部品や物の様に日常茶飯事簡単に執り行われる人員補充。
イザークはこの軍の仕事に就いてから“死”なんてものには散々触れてきた。
なので、“死”という言葉、そして感覚さえも、完全に麻痺し始めているのかもしれない。
「・・・・フッ・・・」
イザークは自嘲して僅かに首を左右に振る。
こんな事を改めて考えるなんてどうしたのか。
傷を受け、死を目の前にして少し傷心的になっているのだろうか。
軍の為、両親の為、そして自分の為に人間的な感情は仕事に就く前に捨ててきた。
今まで忘れ去っていた、本来の部分を思い出す。
「この傷の所為か?」
自傷的な笑みをふと浮かべると消毒してもらう為、着替えて医務室へ足を運ぶ。
IDカードを通すと殺風景な医務室のドアは自動で開く。
医師は本土での学会か何からしく、まだ戻っていなかった。
だからイザークは消毒をしに来た。
イザークは他人と接するのがあまり得意ではなかった。なので、極力避けられるのであれば避けて通ってきた。
とやかく自分のことを話したり、はたまた知られたりするのは苦手であった。
イザークは適当に消毒薬やガーゼを探していると、不意に後ろの自動ドアが勢いよく開く。
「 ・・・あら?あなたはクルーゼ隊のイザーク・ジュールね?
なかなか来ないから、学会から帰ったら様子を診に行こうかと思っていたところなのよ。」
零れ落ちんばかりの書類を机にドサリと置くと疲れたとばかりにため息をついて、身体を椅子に投げ出した。
イザークは突如現れたこの女医に聞こえんばかりの舌打ちをする。
「あら、気に食わなかったかしら。・・・だけど、この薬じゃ、傷に沁みてよ?」
机に置いてあったイザークが探し出した消毒薬を指で弾く。
「・・・・・・五月蝿い。・・・この消毒薬でイイ。」
顔をムスッとさせ、消毒薬を女医ビアンカの持っていた手から引っ手繰る。
「フフフッ・・・、もしかしてマゾっ気があるのかしら?イザーク・ジュール君はv」
楽しそうにからかうビアンカだが、腕は大したものでビアンカの名前を知らない者はいないといって良い程である。
地上勤務していれば、それなりの栄誉が与えられ得たであろうに、それゆえに軍御付の医師に志願したとなった時には
誰もがその降格する行動に首を傾げた。
「フン、それは自分じゃないのか?」
消毒液を手にすると吐き捨てるよう嘯く。
「・・・・・そう・・・・・、・・そうかもね。」
思っても無かった言動に足を止めるイザークだったが、既にビアンカの表情はいつものあっけらかんとしたモノに戻っていた。
「さぁ、ほら、そこに座って!傷の手当てしちゃいましょう。熱以っているから、
化膿止めの薬を一応飲んでおいて。」
そのまま出て行こうとしたが、ビアンカの顔がふざけたものではなく、1人の医師としての真面目なものと変わっていたので、
イザークは無言でビアンカの前の椅子に座る。
「・・・で、この傷の施術はいつにするのかしら?私が空いている日は・・・」
ビアンカはそっと額に消毒を施しながら、壁に下がっている予定表で自分の予定を確認する。
「・・・いや、これはこのままにしておく。」
「えっ?」
外見の象徴である顔に大きな傷-----------。
コーディネイターは特に美しさを誇りに思い、それを重んじる。
故にまさかイザークの口からそんな言葉が出てくると思わなかったので、ビアンカは手を止め
イザークの前の椅子にゆっくりと腰掛ける。
「そのままにしておくって、・・・ずっと?」
呆けた顔をして自分を見ているビアンカ。
コーディネイターからしてみれば、そんな行為が信じられない。
「奴の、ストライクのパイロットの極刑が決定するまではとらない。」
「・・・ストライクのパイロットって、地球連合のGのパイロットの子よね。
さっきクルーゼから連絡があって、軽傷ながらも怪我をしているらしくて、治療に来るらしいわ。」
その言葉に弾かれたように立ち上がると声をかける間も無くイザークは医務室を飛び出して行った。
イザークは隊長であるクルーゼのいる隊長室へ足早にやってくる。
承諾無しでは外部から入れないようになっているので、ドア外のスピーカーマイクに声を掛ける。
「イザーク・ジュールです。お話が有って参りました。」
「・・・・なんだ?徴集の時間にはまだ大分、早いじゃないか。」
スピーカーから返ってくる冷静な声。
声色は優しい声なのだが、芯が冷えた金属音の様にどこか底が冷えたものを感じさせる。
無言が続いたが、不意に シュン、と小気味良い音を立ててドアが開いた。
「任務直後だというのに、もう平気なのか?」
「隊長!どう言う事なのですか!」
冷静に椅子に座りゆっくりと振り返るクルーゼの元に駆け寄っていく。
「何の話だ?」
クルーゼは仮面の下で薄っすら笑っている様だった。
「・・・ストライクのパイロットの処分です!!処分どころか、傷の手当てとはどういうことです!
奴は審議の結果、裁かれるんじゃないんですか?!」
イザークは思ってもいない、事の進み具合に隊長といえど食って掛かった。
「まぁ、そう事を急ぐな。彼は危険分子だと判断したが故に彼にはそれなりの措置がとられると思っていたのだが、
急遽方向変わったのだ。・・・・パトリック・ザラ議長の要望であってな。」
「ザラ議長の、・・・ですか?」
クルーゼの言葉にピクリと反応し、訝しげに尋ね返すとクルーゼは頷いてゆっくりと話を続ける。
「なんでも、アスランとキラ・ヤマト・・・あぁ、キラ・ヤマトとはストライクGのパイロットの名前なのだが、2人は学生時代の
旧友らしいそうじゃないか。そこで即座にアスランが私のところへやって来てな。
自分がなんとかそのキラ・ヤマト君を説得して取り込む、というのだ。
あまりにも強い希望が有った為にちょっと躊躇っていたところにザラ議長からも依命があってな・・・。」
仮面を付けている所為で、どんな表情をしているのかは全く分からないが、全く動揺する気配など微塵も無かった。
「 ・・・・・ 」
イザークは自分が思ってもいなかった事態に言葉が出ないでいると、クルーゼは一瞬言葉を貯め、囁く様に言葉を吐く。
「彼、キラ・ヤマトの処分は保留となった。今まで通り、任務遂行してくれたまえ。・・・イザーク、君には大いに期待しているよ。」
『処分保留』
イザークの頭の中で何度もリフレインする言葉。
認めたくないその言葉が、自分の中を反芻していくのが嫌がおうでも解った。
まるで、冷たい氷水の中に突き落とされたようだ。指先は冷え切って、痛いほどに冷たい。
悔しさに握り締めた手のひらからはジンワリ汗が滲み出てくる。
それなのに頭だけが、頭の芯が燃えるように異常に熱かった。
手の平には爪が食い込んでうっすらと血が滲んでいた。
「話は以上だ。もう下がって良い。」
クルーゼは声のトーンを変えずに冷静に言う。
イザークは握り締めている拳が震え、その場を動こうとはしなかった。
「・・・た・・・隊長、しかし・・・・っ!」
「聞こえなかったのか、イザーク。下がれと言ったのだが?」
やっとの事で声を出したイザークだったが、クルーゼによってそれはきっぱりと遮られる。
話す事はこれ以上無い、と言わんばかりにそれ以上はイザークに視線を向ける事は無かった。
振り返りはしなかったものの、背中がその威風を放っていた。
「・・・・くっ・・・・!」
いくら上官の前といえど、イザークは我慢ならずに了解の返事も出来ないまま上官クルーゼの隊長室を飛び出した。
イザークは自分の選んだ道を呪った。
脳天を突くようなイライラとしたものは足並みに十分現れていた。
この怒り、どこへ開放させれば良いのか ----------
「へぇ〜、じゃあ実際の訓練も無くモビルスーツを?」
どこからとも無く、無邪気なニコルの声が休憩室から聞こえてきた。
「俺達クルーゼ隊4人を苦しめてくれちゃって、それがこ〜んな奴が乗ってたなんてな!
もっと山男みたいな奴が乗ってるかと思ったぜ。」
ディアッカの少し小ばかにした様な特徴のある声が続く。
イザークはそのまま自分の部屋までの通り道である休憩室を通りかかるといつもの集まりに人が多いのが、わき目に入った。
「あ!イザーク、怪我の方は大丈夫だったんですか?」
ニコルが集まりの中から顔をヒョコっと出すが、イザークにはそんなニコルが目に入っていなかった。
その瞳孔は開いたまま、一点を見つめていた。
その輪の中でこちらを背にして座っていたゆっくりと振り返る
キラ・ヤマトを---------------。
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《途中感想》
あわわ、ギリギリニコたん達登場できました(^-^;)A
ニコたん居ます。居てのクルーゼ隊です。
しかし私話進めるの遅い・・・本題に入れてないじゃない。