キラ・ヤマトが正式にザフトに入隊した。
本人はまだ知らないことだが、
この船に乗る権利を有するのは軍人だけであるという規則を考慮して
(キラが赤を着ている姿を見たいだけという噂もひそかにある)先日アスランが請願した。
ザフトに除隊制度は無い。
これでキラは死ぬまで、もしくは軍解体の日までザフトの軍人となったわけだ。


(ナチュラルの入隊許可を出しただと!?クルーゼ隊長は一体何を考えているんだ!)

綺麗な銀髪を振り乱し、足音荒く廊下を闊歩する男がひとり。

「隊長!!」

「おや、イザーク。どうしたね?」

扉が開いて、
イザークは目の前の机に優雅に腰掛ける上官に詰め寄る。

「ナチュラルに入隊許可を出したというのは本当ですか!?」

「そんなことをした覚えはないが」

「でも現にさっきアスランが!」

"アスラン"の名に上官ークルーゼが頷く。

「ああ、キラくんのことか」

「そうです!ってじゃあ本当なんですか!?」

いつになく取り乱すイザークにクルーゼが微笑む。

「イザークは知らなかったのだな」

「何がです?」

怪訝そうに眉を顰めると、
クルーゼは笑みを深くして言った。

「彼はコーディネイターだよ」

「・・・・・・」

え?とやや遅れてイザークが表情を崩す。

「事情があって地球軍に入れられていただけだとアスランからは報告を受けている」

「アイツが・・・コーディネイター?」

半ば呆然とした様子で呟く。
そして、はっと気付いたように顔を上げる。

「突然押し掛けたりしてすみませんでした!」

一礼し、きびすを返して部屋を後にしようとすと、

「残念だな、イザーク」

「何がです?」

振り返ると、クルーゼが何かを含んだ笑みを浮かべていた。

「キラくんが我が軍に入ってしまえばもうストライクとは戦えんな」

「・・・え」

「彼はストライクのパイロットだったそうじゃないか」
























『彼はストライクのパイロットだったそうじゃないか。
だからこそ私も赤に任命したのだよ』

クルーゼの言葉が頭を巡る。
イザークは今し方通ってきた道を早足で戻っていた。

(あいつがストライクのパイロット・・・!?)

信じられない。
見るからに弱そうな、貧弱な奴だったという印象しかない。
とてもじゃないがあんな巨大な機体を操る、それも縦横無尽に、などとは思えない。

(確かあいつは今医務室だな・・・!)

先日視察船に拾われて瀕死の状態だったキラは様態が回復した現在も
大事を取って医務室で保護されている。
行って何を言うのか、

「・・・・・・」

(行ってから考えるさ!)

とにかく今は医務室へ。

















「イザーク・ジュール!」

医務室まであと角ひとつというところで後ろから声を掛けられた。
振り返ると、整備士のひとりが息を切らせて走ってきた。

「何だ?」

「パスワード!もうすぐ解析終了だそうだ」

「何だと!?」

一瞬にしてキラのことなど頭から消えて、
イザークは整備士とともに工場区へと急いだ。
















「これが監視カメラに映っていた映像です」

そう言ってモニターを向けられる。

「・・・」

確かにキラだ。
ふらつく足取りでコックピット内に侵入。
手早くロックを外して新しく書き換えるその後ろ姿は、
まさに彼がコーディネイターであることを証明していた。

「・・・・・・」

しばし画面に目を凝らしていると、
キーボードを叩いている整備士が、視線は機器のまま口を開いた。

「パスワードは3文字みたいですね。頭文字は・・・”ト”」

「ト?」

そういえば最近トリィトリィと鳴くロボット鳥が艦内を飛び回っている。
それだろうか。

ピーーーーーーーー

「お、出ました。えーっと・・・・・・ト・イ・レ!」

「・・・・・・」

「・・・・・・」


























ドドドドドドドド

キラがトイレから医務室に戻っていると、
何処からともなく地響きが聞こえてきた。

「・・・地震?」

一瞬、そう思って、すぐにここが宇宙であることを思い出す。

「何だろ・・・」

首を傾げていると、

ドドドドドドドドドドドドド

だんだん地響きが大きくなってきていた。
そして、

「!」

もの凄い形相で走ってくる
あれは・・・

「トイレさん!!」

「っ貴様あああああああああ!!!」

キラの言葉を聞いたイザークが更に怒りに顔を歪ませてもの凄い勢いで突っ込んでくる。
本能的に危機を感じたキラはイザークに背を向けて走りだそうとした。
しかし、
既に目前まで迫っていたイザークに首根っこを捕まれると
そのままちょうど身体を一回転させるように壁に押しつけられた。

「・・・っ」

怒鳴られる!と思ったキラは咄嗟に身を竦める。

だが、

「・・・・・・?」

待っても、相手の反応が無い。
キラはおずおずと視線を上げた。



(あ、綺麗な青色・・・)



視線が重なって、ただ無言の時が過ぎていった。














「・・・・・・」

大きなアメジストの瞳に見上げられて、イザークは正直困惑していた。

(・・・小さい)

こうして間近で見てみると、キラは思った以上に小柄で華奢だった。
病み上がりで覇気の無い顔。
寝間着から出る細く折れそうな首、肢体。
やはり、とてもじゃないがあのストライクのパイロットには見えない。
というか、キラがあまりにも無防備な表情で見つめてくるので、完全に毒気を抜かれてしまった。

言いたいことが山ほどあった。

会えば自ずと言葉が出てくると思った。

だが、今、こうして目の前にして、言いたいことが何一つ思い付かない。

だがこのままでもいられない。

呼び止めて、逃げられないようにまでしたのだ。

何か、言わなくては。




「・・・・・・」




何か






言いたいこと







・・・・・・








「・・・イザークだ」











え?とキラが小さく聞き返す。

「イザーク・ジュールだ・・・」

視線を外し、ぶっきらぼうに言うと、

「・・・イザーク、さん?」

確かめるように呟くキラ。

「イザークでいい」

「え、でも僕のが年下・・・」

「年が上なのは別に俺がすごいわけじゃないからな」

しばらくきょとん、としていたキラは、やがて表情を崩すと





「カッコイイ」





いたずらが成功したこどものように笑った。

「・・・っ」

一瞬で頬に熱が集まるのが分かった。

「イザーク?」

(呼ぶな・・・っ)

初めて意味ある音で自分の名を呼ばれた。
たかがそれだけのことなのに、

(どうなってるんだ俺は・・・!)

キラが不思議そうにこちらを見ているのが分かる。
どうする
どうする
どうする
心臓が早鐘のように鳴る。





「・・・キラ」

「はい?」

ゆっくりとその細く柔らかい髪に触れるために手を伸ばす。




と、







カコーーーーーーーーーーンッッ










「っ!?」

突然後頭部に鋭い痛みを感じてイザークは咄嗟に振り返った。

『ハロハロっ』

ちょうど、ピンク色の丸い物体が
小憎らしいまでに楽しそうに廊下の隅に消えていくところが見えた。

「あれは・・・」

(アスランの・・・!!)

怒りでわなわなと震えるイザーク。
それを見たキラがくすくすと笑い出す。

「・・・笑うな」

「うん、ごめん・・・ぷぷっ」

「おい」

「ぷくく、はは、あははははは!」

「笑うな!」

お腹を抱えて苦しそうに笑うキラ。
それを小突いて、イザークも軽く苦笑する。

こんなに穏やかな気持ちは久しぶりだ。
仮にも戦争をしているのだから緊張感を欠くというのは決していいことではない。
だが、

(・・・悪くないな)

楽しそうに笑うキラが目の前にいて、
そのすぐ側に自分がいる。

こんな時くらいは戦争を忘れても罰は当たらないだろう。


























後日、

「そういえば、どうして『トイレ』なんだ?」

イザークはふと思いついた疑問を口にした。

「初めて会った時、トイレの花子さんみたいだなと思って。髪型」

「・・・・・・」

事もなにげに言ってのけるキラを盛大な溜息で睨むと、

「ちゃんと覚えたか?」

「うんっ。イザーク・・・・ジョール?」

「・・・・・・」




まだまだこれから。


END.






●あとがき● timemachine書いてるときはイザークさんがあんな素敵な人だと知らなかったので。

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