大河ドラマ「新撰組!」 第4話『天地ひっくり返る』収録日 山本耕史(土方歳三)28歳は、 いかにも手持ちぶさたであることをアピールするように大きな欠伸を一回した。 涙に滲む視界に一言ぽつりと呟く。 「・・・暇だ」 自分の出演シーンの収録も終わり、 待合室で明日の収録分の台本を読んでいたのだが、いささかそれも飽きた。 セリフ合わせをしようにも、 香取慎吾(近藤勇)、堺雅人(山南敬助)をはじめ、 他の出演者たちはまだ己の分の収録を終えていない。 「・・・」 何処を見るでもなくぼんやりと空を見上げ、しばし思案する。 やがて意を決したように顔を上げると、すっと立ち上がり、 手にしていた台本を机の上に置き、袴の帯を締め直す。 「・・・他の人の演技を見るのも勉強だよな」 わざわざ口にすることでもなかったが、そうすることで自分への言い訳にする。 「勉強勉強」 ぶつぶつと念仏のような言い訳を呟きながら、山本は静かに待合室を出た。 ギィィ・・・ 試衛館道場収録現場へと繋がる重たい鉄製の扉を開けると、 眼前に広がる茶色と鼻孔をくすぐる木材の香り。 扉を後ろ手に半分ほど閉め、 すぅっと澄んだ空気を愉んでいると、 「かっ勘弁してください!」 「!」 左肩にドンッという衝撃と、慌ただしい足音。 バタバタと廊下を駆けていく後ろ姿を、 扉から首だけ出す形で眺め、山本は眉を顰めた。 (人にぶつかっておいて挨拶も無しかよ) ふらつきながら走るその後ろ姿もやがて視界から消えたので、仕方なく視線を外す。 しかし、一体何があったというのか。 何となく見覚えがあるので試衛館道場の門下生役の人だったと思うが、 心なしか顔が赤かったように見えた。 こんな昼間から酒を飲むはずはないし、それにさっきの言葉。 収録中に何かあったのだろうか。 と、 「あ、山本さーん」 呼ばれてそちらに顔を向けると、そこには見知った3人の顔。 とりあえず自分を呼んだひとりの名前を口にし、歩みを進める。 「香取くん、もう撮り終わったのか?」 影になってやや薄暗い現場の隅に3人がかたまってこちらを見ていた。 その中のひとり、先程山本を呼んだ香取慎吾が困ったように笑う。 「いえ、まだ残ってるんですけど・・・」 微妙に語尾を濁す物言いに気掛かる前に、 ふとあるものが眼前に飛び込んできた。 「・・・どしたの、こいつ」 山本が指さす先には、 香取と堺が立つ間に挟まれるようにしてちょこんと座る藤原竜也(沖田惣次郎)の姿。 そしてその細っこい首にはご丁寧にも何重にも巻かれた包帯が。 薄暗い現場の中で青白く映る包帯は少し異様だった。 「すみません、私が・・・」 「・・・!」 包帯に意識を集中していた所に右前方から声がかかる。 顔を向けると、堺は申し訳なさそうに頭を掻いた。 「先のシーンで少し強く突きすぎてしまったみたいで」 頭を下げる堺に、藤原はいつもの人懐っこい笑顔を見せた。 ちらりと見える八重歯が幼い顔立ちの彼をより一層幼くする。 「・・・」 はっきり言って、山本はあまり藤原が好きではなかった。 収録が始まってからというものの、 何度も顔合わせをしているが、そんなに話したこともない。 それは暗に山本が藤原を避けていることにも起因していたが。 しげしげと見下ろすように眺めていると、 その視線に気が付いた藤原が困ったように首を傾げた。 「・・・」 まさか。 「・・・なあ」 視線を外し、 とりあえず近場の香取に焦点を合わせ、尋ねる。 「もしかして、こいつ、喋れない?」 視界の端で、 バッと顔を伏せる藤原と、 バツが悪そうに目を泳がせる堺が映った。 それは香取の視界にも映ったらしく、 香取は視線は山本のまま、口元をひきつらせて無理に笑った。 「・・・みたいです。今マネージャーさんが主治医の先生に連絡取ってます」 「・・・主治医?すぐそこの病院でいいんじゃないのか?」 思ったことをそのまま疑問の形にして尋ね返すと、 香取は困ったように藤原を見た。 詳しいことは聞いてないらしい。 山本はもう一度藤原を見下ろし、 実直に見つめ返してくる黒目がちな瞳に問いかけた。 「少しも喋れないわけ?」 「あ、そういうわけじゃ・・・」 答えたのは香取だったが、 彼はそこまで言って何か言い淀むように堺を見た。 堺もまた何とも言い難い表情で香取を見る。 何とも言えない空気がその場を支配し、 山本が怪訝な顔でふたりを見比べていると、 「・・・いや、あの、声は出るみたいなんですけど・・・」 香取の言葉に、 「そう。掠れる程度には・・・」 堺が補足を加え、 「で?そこで何でおふたりは微妙に顔を赤らめるんですか?」 山本が新たな疑問をぶつける。 するとふたりはまた視線を交錯させ、バツが悪いように藤原を見た。 「・・・」 (・・・何だ?) 香取も堺も一体何を言いあぐねて言葉を濁らせるのか。 しかも顔を赤らめて。 そこでふと先刻入り口でぶつかった男の表情が脳裏に浮かんだ。 もしかしたら彼もまたこれに関わっているのかもしれない。 しかしまったく見当がつかない。 訳の分からない事態に山本のいらいらが徐々に募り出す。 と、 「香取さん堺さんシーン24スタンバイお願いしまーす!!」 気まずい空気を一掃するかのような威勢のいい声に、 ふたりは弾かれたように顔を上げた。 「じゃ、じゃあ行ってきますね!」 「たっちゃんお大事に!」 心なしか声色に安堵のようなものを滲ませながらも、 バタバタと慌ただしくふたりは去っていった。 「・・・」 その背中を見つめていた山本は、はっとあることに気付いた。 (こいつとふたりっきりかよ・・・!) 思わず藤原を見る。 ただでさえあまり話したことがないのに、 彼は今話すことすら出来ないときてる。 そうすると必然的にその場は静寂となるわけで・・・。 (あー・・・さっきふたりが撮影行った時に俺も帰ればよかった・・・) 目眩がするような状況に山本は溜息を吐いた。 居たたまれない沈黙の中、 今からでも帰ろうかと本気で考えはじめた時、 ふと右腕に重みを感じてそちらに視線を向けると、 「・・・」 藤原が山本の着物の袖を掴み、何かしら言おうとしていた。 しかし如何せん声が小さい。 スタッフが忙しく働き回る物音のせいでまったくといっていい程聞き取れない。 「・・・あ?」 山本は腰を屈めて声が聞こえるように顔を近付けた。 すると、藤原もやや身体を前のめりにさせて、山本のすぐ耳元で囁いた。 「・・・もう収録終わったんですか・・・?」 「・・・!!」 ズザッと砂利の音が響く程山本が大きく飛び退いた。 驚愕に目を見張り、動悸を抑えるように胸元を押さえ、眼下の藤原を見つめる。 藤原の声は、ひどく掠れていて、 こ惑的に腰にくるような、 思わずいかがわしいことを連想してしいそうになる、 そんな艶を含んでいた。 (・・・なるほど、それであの反応か・・・) 先ほどのふたり、そして入り口でのことを思い出し、 一気に熱の集まった顔を隠すように片手で覆うと、山本は困ったように目を閉じた。 まともに藤原の顔が見れない。 薄目を開けてちらりと視界の端にその姿を捉えると、 今まで気付かなかった華奢な身体。柔らかな肉の付き。 ふいに藤原が目を伏せれば露わになるそのまつげの長さ。 その目が山本を捕らえた。 そらせない。 「・・・ん、や・・と、さん・・・」 微かに伝わる空気の振動。 喉元を押さえ、辛そうに声を出す藤原を見ていると、 いつまでもこうして離れているわけにもいかない。 仕方なく再び腰を屈める。 そしてまたあの声が発せられるのを待つ。 藤原はおずおずと山本の耳元に問いかけた。 「・・・かえらないんですか・・・?」 「・・・」 至近距離にある顔を見つめる。 他意は無いようだ。ただ単純な疑問。 思わず口元が歪むのが分かる。 「・・・帰って欲しい?」 そう聞き返すと、 藤原は一瞬困ったような顔をし、へへ、と照れたように微笑む。 「・・・いてほしい」 「じゃあいてやるよ」 帰りたいけど仕方ねーから、と付け足し、意地悪く笑う。 藤原は頬を膨らまして 「無理しなくていいんですよっ」 「あ、じゃあ帰っていい?」 「、っどうぞ・・・っ」 ぷいっとそっぽを向くが、 それは益益山本を喜ばせるだけだった。 くくく、と笑う山本に気付き、藤原は顔を真っ赤にして声を荒げる。 「っやまもとさっ・・・ぐ、げほっ、げほ、けはっ、」 「あーほらもう、馬鹿だろお前」 噎せ込む藤原の背中を撫でてやりながら、 少しだけ声のトーンを落とし、大丈夫か?と囁く。 「けほっ・・・は、慣れて、ますから・・・っつ」 喉元に巻かれた包帯を所在なさげに撫でつける細い指が その苦しみを顕しているようで、 思わずその手を取る。 そうすると藤原は手放しで咳き込む形になり、苦痛に歪む表情が一層露になる。 「けほっ、げほっ、っ、は、ぁ・・・」 半開きの口から覗く小さな舌がちろちろと怪しく光る。 山本はごくりと生唾を飲み込んだ。 そして動揺を悟られないよう、努めて自然に振る舞う。 「慣れてるってのは、やっぱ演劇で?」 藤原の頭が縦に振られる。 恐らく主治医がいるのもそういうことだろう。 未だ噎せ込む藤原を見つめ、 「・・・大変だな、お前」 ぼんやりと呟くと、藤原が顔を上げた。 涙ぐむ瞳に見つめられ、思わずドキリとする。 「げほっ・・・やまも、とさん、だって・・・」 「俺?」 「午前中・・・っ、すごい、NG・・・出してましたよね・・・」 「・・・」 しばし視線が交錯し、 「・・・何、俺のこと見てたんだ」 「いや、たまたま、っげほっ」 「あーもー喋んな」 ぼふっ、と真正面から抱き込むと、 身体つきが華奢なせいか、藤原の身体はすっぽりと山本の腕の中に収まった。 「・・・」 「・・・」 どちらも声を発することなく、ただ無言の時が過ぎていく。 「あーーーー何やってんすか山本さん!!」 「!」 びくっと腕の中の藤原が震えた。 声のした方に顔を向けると、 収録を終えたらしい香取と堺と、それにオダギリジョー(山口一)の3人が やや早足でこちらに向かっていた。 「・・・っ!、っ」 必死に山本から離れようとする藤原を無理矢理腕の中に閉じ込め、 山本は3人が駆け寄ってくるのを含み笑いのまま待った。 そして到着するや否や 香取が開口いちばん、 「何やってんすか山本さん!」 先と同じことを言い、困惑した表情でふたりを見比べる。 その視線はどちらかというか藤原の方へと向けられていたが。 堺とオダギリも香取と同じような表情で山本の言葉を待っている。 皆が揃って似たような顔をするものだから 思わず吹き出しそうになるのを堪えながら、 山本は事も無げに答えた。 「竜也が側にいてほしいって言うから」 「・・・!!///」 腕の中で一際大きく藤原が暴れ出した。 しかし存外力が無いらしい。 必死にバタついているのは分かるが、 はっきり言って拘束を解くには程遠いように思えた。 「・・・本人嫌がってるけど」 ボソリと呟くオダギリの言葉は流す。 ここで離したりしたら 藤原は必死になって3人に言い訳をするだろう。 そのことでまたこの幼い彼が喉を潰してしまわないよう、 そして「あの声」を自分だけのものにしたくて、 「・・・っ!放しっ・・・!やまっ・・・とさん・・・!」 「ヤダ」 逃がさぬよう、更に腕に力を込めた。 act1.end
●あとがき● プレイボーイってすぐ抱きしめるよね。