誰かを失うことの痛みなら、知りすぎる程知ってる。






人殺しはイケナイコトで






人を斬るってことは、誰かの大事な『誰か』を奪うってことも
























・・・そんなの、分かってるよ



























no doubt















「よっ・・・、っとと」



両肩に担いだ長い棒の先から揺れる左右2つの桶に振り回されながら

沖田惣次郎はヨロヨロと砂利道を歩いていた。

若干まだ4歳の惣次郎に、水が満ち満ちの桶(しかも2つ)は重過ぎるらしく、

小さな身体が傾く度に水がぱしゃんと音を立てて、道に染みをつくった。

そしてついに・・・



「っうわあ!」



ばしゃんっっ



派手な音と共に、惣次郎はこけた。

手のひらと膝が焼けるように痛かった。



「・・・・・・」



ふいに、カラカラ、と、音を立てて転がる桶が視界に入った。

すると、

何かとても、とても大事なものを駄目にしてしまったような気がして、

その大きな黒目がちの瞳にみるみるうちに涙が溜まっていった。



「・・・っふ」



「惣次郎」



今にも泣き出しそうな惣次郎に、優しい声が降った。



「・・・ははうえ」



ぽつりと呟いた惣次郎は、

自らのその言葉を合図にするように、わっと泣き出した。



「あらあら」



困ったような笑い声とともに差し出された手は優しい光に満ちていて、

惣次郎は無我夢中でそれに抱きついていた。








−−一体何がそんなに悲しかったのか分からなかったけれど、

ただただ、目の前の温もりだけを求めていた。



























あるひ、ちちうえとははうえがしんだ。























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「・・・よっ、」



父方の親戚の家で暮らすようになって2ケ月、

惣次郎はその持ち前の人懐っこさでそこでの生活にあっという間に溶け込んでいった。



「おっもぃい〜」



よく晴れた昼下がり、

惣次郎はうーうー唸りながら必死に水桶を運んでいて、



「っうわあ!」



足元の小石につまづいて派手に転んだ。

顎と膝がズキズキと痛んだ。

指に触れる冷たい水は、先ほどまで惣次郎が必死に運んでいたもので、

手を動かすと、ぱしゃぱしゃと音を立てて小さな水しぶきを伴った。

それが眩しくて、ふいに泣きそうになった。



「・・・っふ」



「惣次郎」



降りかかった優しい声。

見上げると、あねうえがにっこりと微笑んでいた。



「あ・・・あね・・・」



目にいっぱい涙を溜めて縋るように手を伸ばす。



「いい?惣次郎。男はね、親が死んだとき以外は泣いちゃいけないのよ」



ふっ・・・と、

目の中の熱いものが引っ込んだ。



「ほら、さっさと立つ!大丈夫?怪我してない?」



ぱんぱんと泥を叩いてくれる手は、優しい光に満ちていた。



「・・・うんっ、平気!」



惣次郎は涙を堪えてぐっと立ち上がった。









−−まだ、温かい。






































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「土方さーんっ」



「あ?」



最近試衛館道場によく姿を見せるようになった、

若先生の友人という薬売りの土方歳三。

今日もその背中を見つけ、惣次郎はとてとてと駆け寄っていった。

そして、




ちゅ



「・・・っ!!てめっ、何しやがる!」



「何って、朝のあいさつですよー」



惣次郎にキスされた頬を押さえ怒鳴る土方を見上げ、惣次郎はころころと笑った。



「・・・あいさつってお前・・・、まさか道場中の奴にそれやってんの?」



「はいっ」



「・・・・・・」


































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わいわいがやがや



「原田左之助っ、踊りまーすっ」


「とっとうどうへいすけっ、同じく踊りますーっ」



京都壬生村の八木家大広間。

ぎゃーぎゃーと酒盛りに興じる仲間たちを見つめ、

土方は手の中の冷酒をぐいっと飲み干した。



「えへへ〜、永倉さ〜んvv」



ふと、視界の端で総司が永倉に寄りかかっていた。

土方の眉がぴくりと動く。

そして自分の予想が杞憂でありますようにと、尚そのふたりを見ていると、



ちゅ



「・・・っ!!」



総司の行動に息を飲んだのは、永倉ではなく土方。

当の永倉は、慣れているのか、にっこり笑って



「どうも」



と応えていた。

するとそれを見ていた浪士組の面々がこぞって、



「おっ沖田!おれもおれも!」



「わしにもしてくれっ」



大波のように大挙して押し寄せてきた。

総司は相当酔いが回っているのか、その勢いに気圧されることなく、

むしろ、



「いいですよーっ」



と自ら手を伸ばしてキスの雨を降らせていた。



「・・・・・・」



ぎりぎりと手の中で猪口が軋む音を立てているのを聞きながら、

土方は身に迸る激情を必死に押しとどめていた。

そして自ら言い訳するように呻く。



「ったく、あいつ・・・」



「・・・よろしいので?」



隣で静かに晩酌をしていた新見が、総司を見詰めたままぽつりと呟いた。

その言葉が総司のことを意味することを悟った土方は、へっ、と口元を歪めた。



「あいつの酒癖の悪さは今にはじまったことじゃねーよ。

無理に止めるとより悪化すっからしょーがねーんだ」



「・・・いえ、酒癖というよりあれは・・・」



「あ?何かあんのか?」



「・・・いえ。私の杞憂ならそれで。

このまま事が悪化しないのであればそれで構わないのです」



それだけ言って沈黙に入った新見を黙って見つめ、土方はもう一度総司を見た。

そこには、相変わらず隊士の面々にキスの雨を降らす総司の姿があった。

























「人を・・・、殺しちゃいました」


はにかんだ、笑顔
































『俺は必ず武士よりも武士らしくなってみせる・・・!!』



『総司。男は親が死んだとき以外は泣いちゃ駄目なのよ。

あんたも武家の息子なら、少しは武士らしく、そのくらいやってみなさい』







どうしたら追いつける?









『・・・いつまで経っても子ども扱い。いつになったら認めてくれるのか・・・』









『おめえ、まだ人を斬ったことが無いだろう』






人を斬れば一人前なの?





『見ろよこいつの目、・・・・・・赤子の目だ』















このまま、置いていかれるのか・・・?

































いかないで































何かが、歪んでいた。






























「・・・・・・」



近藤先生に怒鳴られて以来、総司は塞ぎ込んでいる。

布団から出る小さな総司の後頭部を見つめながら、土方は先の新見の言葉を思い出していた。














『・・・やはり、接吻だけでは済みませんでしたな』



『・・・どういう意味だ?』



『前に言ったでしょう。このまま悪化しなければそれで構わないのだが、と』



『あいつの酒癖と人殺しと、何の関係があんだよ』



『・・・人の口唇接触には大きな意味があるのです。

・・・昔、エゲレスで猿を用いた実験が行われました。

生まれて間もない小猿を親元から引き離し、

温かいタオルでつくった偽母猿の元へ移します。

小猿は一日中、動かない偽母猿にべったり。

そこで、子猿と偽母猿の檻に小猿用の玩具を数個入れました。

最初は見向きもしなかった小猿が、次第に偽母猿から離れて玩具に手を伸ばすようになりました。

しかし、それでも最初は玩具を持ってきて偽母猿のすぐ側で遊んでいました。

それからだんだんと、子猿の行動範囲がちょうど偽母猿を中心に円状に広がっていきました。

しばらくの間偽母猿から離れてひとりで遊ぶこともするようになりました。

そんなある日、偽母猿を檻から出して、代わりにただの温みのないタオルを入れました。

温かい偽母猿がいなくなったことに気付いた子猿は、すぐさま遊ぶことを止め、

ずっとタオルにくるまったままぴくりとも動かなくなりました。

分かりますか?

偽母猿は、子猿の”自発行動”を促していた非常に大切な存在だったのです。

子猿は、『小屋に戻ればお母さんがいるから大丈夫』と、

安堵の気持ちを持てるからこそ、ひとりで玩具で遊びに出かけたのです。

・・・その後、

偽母猿を失った子猿は自らの身体への執拗な口唇接触、所謂接吻をするようになりました。

偽母・・・おや」



そこでふと新見が言葉を区切った。

そしてその細い目を更に細めると、



「・・・お分かりになられたようですね」



これ以上ないまでに眉間に皺を寄せて俯いている土方を見つめ、少しだけ笑った。

カラッカラに乾いた口を無理やり動かし、土方は小さく舌打ちをして、足早にその場を去った。






































幼い頃の、肌と肌の触れ合いというのは、きっと、誰も分からない程、大きくて、



少しずつ、本人にも分からない程少しずつ、



何かが歪んでいって、




そうして・・・


















総司には、『自分』が人を殺してしまったことへの何かが欠けてる






深層心理の『自分』への同情










きっと、それが、ない







































「・・・・・・」



じっと総司の後頭部を見つめていた土方は、

やがてその腰を上げ、薄暗い月夜に浮かぶ白い布団の端を持ち上げた。

そのまま無言で総司の身体を抱き締める。

ちょうど土方に背を向けるように寝ていた総司を、後ろから抱き締める形になった。



「・・・・・・」



抵抗は、無かった。

総司が寝ているのか起きているのかは定かではなかったが、

土方はその首筋に顔を埋め、総司の思いに自らをシンクロさせた。



・・・いつまで経ってもガキ扱い。

大事なときにはいつものけもの。

どうしたら一人前と認めてくれるのか・・・。




大方こんなところだろう。


「・・・お前、自分が置いていかれると思ったんだろ」



本人に言えば怒られそうだが、

いかにも子どもらしい発想に、土方はふっと苦笑を浮かべた。



「お前さあ、俺・・・、や近藤さんがどれだけお前のこと大事に思ってるか、分かってねえよ」



その言葉にも特に総司の反応はなかったが、

心なしか、触れている身体の熱が上がったような気もした。



「だいたい、んな、『人を斬らなきゃ認めてもらえない』なんて思い詰める前に

泣き叫んででも自分の中のわだかまりくらいなんとかしろよ」



それだけ言って、ふと気付く。



『男は、親が死んだとき以外泣いちゃいけないんですよ』
















泣くことすら














「・・・・・・」



眼前の白いうなじを見つめ、土方はぽつりと呟いた。



「・・・難儀なヤツ」



そして、その言葉に上乗せするように、先ほどからずっと小さく震えていたその身体を強く強く抱き締めた。


































「・・・・・・」



背中の温もりを感じながら、総司の口が小さく動く。













・・・ははうえ・・・







それは、音になる前に薄闇の中に消えていったけれど、

きっと、この背中の温もりをくれている人には聞こえてしまった。




「・・・・・・」



今日のこと、昨日のこと、明日のこと、

いろんなことが頭をよぎって小さな耳鳴りを起こす。

その痛みは、ちょうどあの時の手のひらと膝の痛みに似ていて
















一体何が悲しいのか、分かるけど

−−ただただ、目の前の温もりだけを求めていた。




























END.




●コメント● すみません;; 「どっこい事件」の予告があまりにもショックだったので、 勝手にいじくり回してフライングしました;; 内容、きっと全然違うでしょうけど(当たり前だろ)自己満で; 暗くてすいません・・・。 できるだけリアルに、あからさまな土沖は避けました。 あくまでも、大河でも「ありえる」レベルで(笑)