whItE nIght




夜の帳が下りて鳥が蝙蝠へ移る夜夜中。
大きな大きな満月の光がアレンの部屋の窓に当たって、思わず夜明けと錯覚しそうになるほどの光彩を放っていた。
その部屋の左奥に備え付けられているベッドの膨らみがごそりと動いた。
膨らみの先からちらりと見える白い頭が枕の右から真ん中へ転がる。ごろん。
しばらくして真ん中から左へ。ごろん。
そして左から左


ゴッ
「、! 」



その先に道はなかった。
勢いよく壁に激突した小さな頭がのそりと持ち上がる。
「・・・・・・」
未だ衝撃の残る患部に触れ、次に壁に触れる。
どちらも大事無いようだ。
光に釣られるように振り返った窓の外に月はなかった。
別にそれが直接の動機になったわけではない。
ただ何となく、アレンは団服を手に部屋を出た。

























「うわぁ、今日は満月だったんですねー」
扉を開け、まず目に飛び込んできたものに素直な感想を述べる。
空に満月が見えるから今日は満月だったのかとしか表現出来ないのがいささか切ない。
こんなとき神田とかならもっとうまく言い表したりするのだろうか。
確か彼の国には月を愛でる習慣があったはずだ。
「ん?」
ふと、アレンの懐に納まっていたティムキャンピーが外気に誘われるように飛び出した。
アレンもゆっくりとした足取りで後を追う。
アレンは今屋上に来ていた。
談話室に行こうと階段を降りていたらコムイの実験場から身の毛もよだつようなけたたましい音が扉の意味など為さぬほど漏れていた。
一瞬にして踵を返したアレンは何かを振り切るように黙々と早足で階段を上り続けた。
そうしたら必然的に屋上へと出てしまったのだ。
しかしこの判断は正しかったと確信している。
断崖絶壁の上という立地条件も手伝ってか、屋上を吹きすさぶ風はどうしてなかなかに強かった。
風に遊ぶ髪を掻き揚げながら再び頭上の月を見上げる。
「そういえば満月の日は夜なのに明るいからってよく師匠とジャングルに行ったなー」
そして当然のように夜行性の元気よすぎな猛獣たちとじゃれ合った。
血まみれで逃げ惑うアレンの横で、何故か猛獣に襲われないクロス元帥は嬉々として高級毛皮を狩っていた。
懐かしい思い出にアレンは目を細めた。
先を行くティムキャンピーは既に落下防止用のフェンスの上を飛んでいた。
立ち止まったアレンを誘うようにパタパタとその場で旋回してみせる様子に思わず笑みを浮かべ、
「今行くよ」
要求に応えるため歩みを早める。
やがてティムキャンピーのところまで辿り着くと、フェンスと月を背にし己の奇形を掲げる。
月の光を受けて怪しく光る漆黒の十字架とそれが埋め込まれた左手を見ているとふいに切なくなって小さく顔を顰める。
そういえば以前にも満月の夜にも眠れずに父親の元へ泣きついたことがあった。

『マナーーっ』
『どうしたアレン、眠れないのか?』
『だってお月様がお皿の夜は狼男が出るんでしょ?』
『この間ビルが言っていたことをまだ気にしていたのか』
『だって・・・』
『いいかい?アレン、満月の夜にはね・・・』

うっとりと、心地よい声音を思い出すように目を閉じていたアレンはしかしふとその瞼を持ち上げた。
「・・・満月の夜には・・・・・・どうすればいいんだっけ」
肝心なところが綺麗に抜け落ちている。
一瞬血の気が引いた。
「えっ!嘘!えーと、えーと・・・・・・・・・っ、わーーごめんなさいマナ!!;」
忘れたはずはない。
思い出せないのだ。
記憶はまだこの頭に残っている。
頑張れニューロン頑張れ大脳皮質頑張れ海馬(あ、海馬は短期記憶だ;)
「えーと、えーと・・・えぇえ〜;;」
思わず泣きそうになったアレンはフェンスに体重をかけ必死に思い出そうとした。
しかし一向に思い出せる気配がない。
「どうしようっ、・・・ぇ、何?ティム?」
見れば、何やらティムキャンピーが慌てた様子でアレンの廻りを飛び回っている。
「??」
何だろう、と思い空を見上げた瞬間・・・



バキッ




「・・・へ?;」
聞こえた。
今何やら不吉な出来れば聞きたくなかった地獄へのファンファーレにも匹敵する音が聞こえた。
気のせいだとは思うが心なしか背中が寒い。
そして次に来るであろものに対処するため足にぐっと力を入れた。
が、それがいけなかった。
既に平行を失っていたアレンの身体は急に踵に負担をかけたがために更に落下に加速をかけ、
ついに視界に自分の足が入ったと思ったら



「あ
 あ 
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 あ
 !!
  !!  
  ;;」


自然の摂理に従順にアレンの身体は落ちてゆく。
このままいくと背中から地面に叩きつけられることになるが空中で体勢を変えて受身を取るなどという神業は
それこそ神田くらいしかできないだろう。
「せめて足から落ちたかったなぁ;;」
思わず零れる涙が風に乗って視界から遠ざかる。
下からの上昇気流が予想以上に激しい。
お陰で落下スピードも若干軽減されたが、耳元で爆音を鳴らす空気の流れを聞いていると無傷での着地は難しいように思えた。
背中を強打するとなると脊髄損傷とそれに付随する下半身麻痺か。
肩甲骨を痛めることだけは避けたかった。
腕の使えなくなったアレンなど多少鍛えてはいるとはいえただの15歳の細身の少年だ。
しかし思った以上に落下時間が長い。
教団建物はずっとすぐ側に見えているから絶壁の下まで落ちる心配はしていないのだが・・・と、
自分の後を追うように飛んでいたティムキャンピーが何かを見つけアレンを追い抜くように加速した。
「ティム?」
つられて下を振り返ったアレンはそこにまったく予想していなかったものを見つけ
「、!!!!、ラ」
口にした瞬間それと接触した。







→続






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