何でラビがここにいるんですか、という問いは、
彼が見せた思わぬ笑顔の歓迎を前に、喉の手前で死んだ。

「いやあ、折角任務もねーし、ちょっとアレンの顔でも見ようかなーと思ってさ」

「掃除なら手伝いませんよ」

「わお、先制パンチ」

そう答えるのを予想していたかのようにすぐさま軽い返事が返ってきて、
咄嗟につくった笑顔は少しほつれてしまったかもしれない。

「さっきブックマンに聞きました。頑張ってくださいね」

それ以上の追随を許さないという意図をこれでもかという程語尾に乗せて
ピシャリと言い切ったのに、

「うん。でさ、部屋掃除する間、荷物をアレンの部屋に置かせてくんない?」

「、何でですか」

予想外の提案に反応が一瞬遅れてしまったのを後悔しながらそれを誤魔化すように、
ラビの部屋はもうひとつ下の階じゃないですか運ぶの大変ですよ、
と早口に捲くし立てれば、

「廊下に置いといてコムイに見付かったら何されるか分かんねーだろ?
隣の部屋の奴留守だし、折角仲のイイアレンがちょうど真上に住んでんだから
これを使わない手はないっしょ」

荷物は槌に結び付けて窓から運ぶさー、と、
ニッコリと人好きのする笑顔を向けられて、そのとき初めて
アレンはこれが用意周到に準備されていた計画だということを知った。


















「・・・まだあるんですか」

階下から引っ切り無しに伸びては縮む槌から大量の本やら何やらを受け取りながら
アレンはいい加減疲れてきた腕を弁護するように呟いた。

「まだまだあるさー」

暢気な声に軽く殺意を覚えた。
けれどこの位でヘバっているなどと思われるのも癪なので黙って荷物を受け取る。

部屋の中は既にアレンのものよりラビの私物がその面積を占めていた。
いつもラビの部屋を訪れるときに何度も見掛けた山積みの本がその大半だったが、
こうして自分の部屋の中にそれらがあると何だか新鮮な感じがした。
恐らくアレンの部屋の空気にそぐわぬものたちなのだこれらは。

と、再び槌が伸びてきて慌てて窓枠に駆け寄り、慣れた手つきで袋から本を取り出す。
先程までと比にならない程重く分厚い本の束に一瞬怯んだ握力が仇となり、
形を崩した本が手から滑り落ちた。

「わっ;」

慌てて手を伸ばし身を乗り出すと、運悪く伸びてきていた槌が眼前に迫っていた。
咄嗟にかわして本を掴み、ほっと一息つく。
折角の休日に何でこんな疲れることしてるんだろうと溜息を吐くと、
まるで見計らったかのように階下から声がした。

「さんきゅー、アレン。ちょっと休憩にするさー」

「はい、分かりまし・・・ってうわあぁ;!」

突然視界一杯に広がったラビの姿に、思わず情けない悲鳴とともに後ろに尻餅をつく。

当の本人はケタケタ笑いながら窓枠に手をかけ、鮮やかに部屋の中に飛び込んできた。
そしておもむろに何かを探すように辺りを見渡すと、ある一点に焦点を合わせパッと笑った。

「あったあった♪」

一体何だろうと後ろから覗き込むと、どうやらそれは衣服のようだった。
いまいちラビの意図が掴めないので黙って様子を伺っていると、
いきなり風が吹いて肩の辺りに力強い圧迫を感じた。

「・・・、!?」

見れば、先程までラビがいじっていた衣服のひとつが自分の肩に乗っかっている。
ポケットのところにアクセントのある、シンプルな半袖の黒シャツ。

「んー、ちょっとでかいか」

まじまじと見下ろすラビの口からそんな言葉が出て、漸く事態を把握し、苦笑する。

「ラビの服は僕には合いませんよ」

「や、でもそれ俺が十五んときの服だし」

屈辱。
恐らく素直に顔に出たのだろう。
苦笑したラビはぽんぽんと頭に手を乗せてきて身を屈めた。

「俺はもう着れねーし、でも割と綺麗に使ったから捨てんの勿体無くてさ、
アレンにやろうと思ってたんさ」

「・・・はぁ、でも僕こういう服似合わないと思います」

「まぁ俺とアレンじゃ大分タイプが違うからなー」

考え込むラビを見上げながら、
ふと背中に微々たる重みを感じ、後ろに手をやれば、そこにはフードが。
もしかして彼はそこまで意図してこの服を選んだのだろうか。

「・・・・・・」

少しだけ、この服が欲しくなった、気がする。
正直サイズは合わないし似合っていないし、
貰ったところで着る当てがあるのかどうか微妙なところだ。
ただ、服ではなく、彼の心遣いが。

我ながら現金だなぁとは思うけど、

「・・・やっぱりいただきます。ありがとう、ラビ」

素直に言えたと思う。
本当に、嬉しかったから。

ラビは何だかぼけーっとした後顔を赤くしてあーうん、とかどもってたけど、
一言、よかったさ、と笑った。























その後、何とか荷物の運び出し作業は夕食までには終わったものの、
部屋の掃除まで手は回らなかったようで、ラビの部屋の掃除は明日に持ち越されたようだ。





夕食後のまどろみの中、声を聞いた。

「アレンの耳たぶって柔らかいなー。ピアスとか空けやすいんじゃん?」

「・・・ん、ラビ・・・?・・・・・・っ!!?」

予想外に近いとこから発せられている声に心臓が悲鳴を上げた。

「お、脅かさないでくださいよ・・・」

寝起きで働きの鈍い頭をフル活用し出た言葉はなんとも陳腐なもので、

「あ、アレン、俺の部屋今埃まみれで使えねーからここに泊めてもらうさ」

「・・・は?」

にっこりと笑った彼の顔の下でその手がこちらの身体を拘束していることと、
更に彼の用意周到な計画はここまでがシナリオであったことにアレンが気付くまで
あと10秒とちょっと・・・。






END.






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