the seven deadly sins











「寝るのに飽きた」
「お、いいこと言う」



 アルフォンスがぼそりと独り言をつぶやいたら、兄は即反応した。
 さも嬉しそうに、寝起きの弟の頭を抱き寄せる。そうして自分の顔を弟の髪の毛に埋めては、嬉しそうににやけるのだ。
「どんだけ寝れば気がすむのかと呆れてたところだ」
「……じぶんでもそうおもう」
 寝起きの弟は舌ったらずにそう言った。抱き寄せられた頭もそのままに、まんまるい瞳を腫れぼったく腫れさせて。
 寝すぎだ。
「食べるのにも飽きた」
「お、いいこと言う」
 兄は再び口元をゆるめた。にんまり。つりあがった金色の目は、夜にふさわしくらんらんと輝いている。
「胃がもたれてる。お腹がきもちわるい」
「ばかなやつめ」
「だって、食べたかったんだ。あれもこれもどれもおいしそうで」
「お前、おいしそうなものじゃなくてもばくばく食べてただろ」
「うん。味のするものは全部たべたかった」
「ばかなやつめ。お前があんまり食べてばっかりいるんで、そろそろ食べ物に嫉妬するところだった」
「どっちがばかだよ」
「お前だよ、アル」
 ばくばく食べて、ぐうぐう寝て。本能のままに欲望に走るアルフォンスを、エドワードは苦々しく見つめていた。一日、そうだった。何をしていてもかわいい弟だから、最初は微笑ましく眺めていたものの、一日の終わりにはさすがに腹が立って、殴って止めてやろうかと考えていたところだ。
 エドワードにとって、この弟が自分に注意をむけていなくても許せるのは、一日が限界だった。
「……だって、」
 だって、と、青年は頑是無く言葉をこぼした。そう、青年は。
 この弟はとうの昔にもう鎧ではなくなって、取り戻した身体も、すでに少年と呼べる年齢ではなくなりつつあった。
 だが、普段はしっかり者の青年が予想外の幼さを見せると、頼りになるこの弟がまるで頼りない存在のような錯覚を起こす。
 かわいい。
 この弟をかわいいと思って悪いか。
 この、内と外のバランスがおかしい存在を、愛しいと思って悪いか。



 賢く強く折り目正しく清潔で、普段は穏やかなこの弟が、実はとても奇異であることを、エドワードはよく知っている。痛いほどによく知っている。
 どうあがいたって、変なものは変だ。おかしいものはおかしいのだ。
 アルフォンスにとって、食べることも寝ることも、ただの食べることではないし、ただの寝ることでもない。それはもう一生そうなのだ。
 のどが鳴った。エドワードの喉だ。まるで獣のように、ぐるぐると。
「だって、何だよ?」
「だって、嬉しかったんだ」
「そうか」



 エドワードはふと、幼いころのアルフォンスを思い出した。かすめるように、まだ赤ん坊のようだった小さな弟が脳裏をよぎる。健やかだったアルフォンス。まだ少しも奇異ではなかったアルフォンス。
 だが、今も昔も、この弟をかわいく思うことには変わりがない。
 ただ少しかわいく思う方向性は変わったけど。
 エドワードは、寝起きの弟の耳元に口を寄せて囁いた。耳に直接言葉を落とすみたいにして。
「食べるのも寝るのも大好きなアルフォンス君は、もうすっかり大人になったから、食べることと寝ることのほかに、まだ欲求があるはずだよな」
「もうない」
「食べることに飽きたんだよな」
「うん」
「寝ることにも飽きたんだよな」
「うん」
「じゃあ、今から朝までのこの長いながーい時間を、お前はどうやってすごすつもりなのかな」
「ええと…、本を読んで?」
「それこそもう飽きただろ」
「ああ、そういえばそうだった。月の光で本を読むのは、もう一生分やり尽くしたんだった」
「そうだろうそうだろう。だから言えよ、何がしたいか」
 弟は一度うーんと伸びをした。それから伏目がちに何度かまばたきをした。だんだん目が覚めてきたようだ。ゆるゆると首を振って、まとわりつく兄の腕を追い払おうとする。
「……お茶でも飲む?」
「……まあ、飲んでもいいけど。でもそんなもんは一瞬で飲める。その後は」
「散歩でもする?」
 エドワードは顔を顰めた。感情が顔に出る男だ。まして相手がアルフォンスなら、隠してやる理由もない。気遣いもない。
「めんどくせえな。はぐらかすなよ」
 乱暴にそう言って、ぐいと、弟の身体を押し倒した。世界の角度が変わる。弟を上から見下ろすのが好きだ。それはもう、ほんの小さな子どもの頃から。
 背中からベッドに倒れ込んだ弟は、さっきまで寝すぎで腫れぼったかった目をまんまるく見開いて、口をぽかんと開けて兄を見上げた。
「びっくりした。『めんどくせえな』だって。なんて傲慢なんだ」
「もうしゃべんな。待つの飽きた」
 言うなり乱暴に口をつけた。
 その後は、場所がベッドだから簡単だった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 いれたい。
 入れたい入れたい入れたい。



 こういう時、エドワードの頭の中はただひとつの感情に支配される。
 ストロボを焚いたみたいに真っ白になった頭の中からは、理性や良識といったものは簡単に消え去ってしまった。まあ、良識なんてものはもともとあまり持ち合わせていないのだけど。
 最愛の弟の背中をベッドに沈めて、いつもは清潔な顔をくっと歪ませると、ぞくぞくとしたものが背中を駆け登るのだ。それが、たまらない。
「……っ、」
 前をはだけさせられたアルフォンスは、言葉と空気を飲み込んでのどをつまらせた。
 少しも弛んだところのない弟の腹がエドワードの目に映った。白いが健康的な肌だ。柔らかくはないが手触りはいい。適度に引き締まっていて心地良い。
 そこに手を這わせて、兄は笑った。
「安心した」
「……なにが」
「すっかり太ってだらしない身体になってるかと思った」
「女の子じゃないんだから、ちょっとくらい太ったってかまうもんか」
「バカ。男の肥満は女の肥満よりみっともないぞ」
「まえに、『貧相な男は格好悪い』って言われた覚えがあるんだけど…?」
「そう。オレのアルはいつだってかっこいいんだ」
「そりゃどうも」
 アルフォンスは、呆れたみたいに言葉を返した。
 だが、呆れてみせたところで、その身体はしっかりとベッドに縫い付けられているのだからしまらない。
「なぁ、」
 エドワードはかすかに目を細めて、けものみたいにのどを鳴らした。ぐるぐる。
 弟の手首を掴んだ手に力を込めて。
「いれさせろよ」
 まだ、何もしていない。
 乱暴にキスをして、腹が出ていないことを手のひらで確かめて、ただそれだけだ。いつもはしつこいくらいに繰り返す行為を、今夜はまだ少ししかしていない。
「え、……もう」
「待ちくたびれたんだ」
 言うなりふとももに手をかけた。優しさのかけらもなくそれを持ち上げ、弟のそこをさらけ出す。そうしたらふとももが羞恥でほんのり赤く染まったから、エドワードの感情はますます昂ぶった。
 感情も、欲望も。
「かわいい」
 ああ、入れたい。
 入れたい入れたい入れたい。
 もう、我慢できない。
「いっ、」
 有無を言わさずあてがって、そこにぐっと腰を沈めた。突き刺す。押し進めるとまるで押し返されるみたいに絡みつかれ、エドワードの興奮を煽った。
「きもちいい」
「痛いよ――…」
 ついには泣きが入った弟の小声さえも、心地良い。吐息みたいなその泣き言がこぼれていってしまうのがもったいなくて、エドワードは身体を倒した。さらに密着するために。
「う、あ、……っ」
「押し殺した声がたまんねえ」
「いたい」
「もっと言って」
「い、やだ」
「いい」
 結局エドワードは、この弟が何を言っても興奮するのだ。快感が背中をぞくぞくと駆け上がり、髪の毛の先の先まで行き渡る。
 自分の身体は今この瞬間、この弟のためにある。そんな錯覚さえ覚えた。
 食欲にも睡眠欲にも貪欲なこの弟に、最後の欲求を、満足のいくまで与えるために。
「んっ」
 内側から擦られるアルフォンスはたまらない。かすれる声を押し殺そうとしても、残念なことにそれは見事に失敗して、熱い吐息となって零れ落ちた。
「……、っん」
「アル……」
 エドワードの声もまた荒い。上擦っている。すでに限界が近いのだ。(弟は置いてきぼりで)一人最初から昂ぶっていたのだから当然だ。
 身体は、昂ぶった感情と欲で熱くなっている。汗で湿った前髪が一房、アルフォンスの口に入った。
「ふ…」
 汗で湿った髪の毛の端は、勘違いかもしれないが、ほんの少し塩辛い気がする。
 アルフォンスは、身の内を深く抉られながら、ぼんやりとして曖昧な声で呟いた。
「あじがする―――」
「味?」
「なんとなく」
「ああ、そうか」
 エドワードは、寝起きの弟の言葉を思い出した。熱くほてった脳にろくでもない考えが浮かぶ。
「お前さ、『味のするものは全部食べたい』んだったよな」
「な、」
「よくばりだよな、本当に」
「な、なに言って……」
「オレを全身味わいたいなんて、さ」
 ぐっ、と、最奥まで突き上げた。深く深く突き刺した。
「ああっ」
 エドワードの頭の中に白い閃光が走った。頭のてっぺんから指の先まで張り詰められて爆発しそうだった快感が、解き放たれたのだ。
 自身のそれがどくどくと脈打つのを感じ、手足がゆるゆると心地良く弛緩していくのを感じた。
 アルフォンスはぎゅっと目を閉じて、唇を噛み締めてそれに耐えている。
 ああ、たまらない。
「さあどうぞ、最後まで」



 朝がやってくるまで、存分に。





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