夏ばての理由

ふと気になって訊いてしまった。
「この身体の、どこがそんなに好きなの」
質問をしたアルフォンスの腕には、脱ぎかけの衣服が絡まっている。服を脱いでいる途中に自分の身体が目に入って、それでつい訊いてしまった。
女の人みたいに柔らかくもないし甘い匂いもしない。そこそこに硬いし、重い。触れ合って気持ちの良いものではないだろうと、ふとそう思ってこの弟は訊ねたのだ。
この質問がエドワードのご機嫌を損ねるとも知らないで。


「―――頭の悪い質問だな」
訊かれた兄は、すうと目を細めてそう答えた。
こちらはすっかり準備万端整っていて、無駄な肉のない上半身を惜しげもなく晒している状態だ。長く整った足であぐらをかいて、ついでに腕まで組んでいる。
そうして漂うのは、ご機嫌斜めな不穏な空気。
エドワードはそう言ったきりベッドにごろんと寝転がって、弟の質問には答えなかった。
ああまずかったかなと思うのはその弟だ。
兄さんはすぐに機嫌を悪くする。気が短くてわがままで、ちょっとしたことでも気を悪くする。それが自分相手だと特に顕著だということを、アルフォンスは知っていた。
だから、脱ぎかけだった服を腕から抜いた。そしてその格好のままベッドの兄に近寄る。端に腰かける。
「兄さん、」
呼びかければ、たくましい背中がぴくっと動いた。どことなく期待に満ちている気がする。
「……なんでもない」
呼びかけてはみたけれど、特に言うこともなかった。だって、ただの思いつきで口にしただけの質問に、こんな風に機嫌を損ねられても困ってしまう。
アルフォンスはぐるりと考えをめぐらせた。明日の予定と、今週中にするべきことと、簡単に拗ねたこの人を放って置いても大丈夫かどうかを。……うん、大丈夫そう。
今夜は風があって、夏だというのに久々に涼しい。少しだけ爽快だったから兄の誘いに乗ってみたけど、よく考えたら、自分のために使えば良いのだ。こういう過ごし易い夜は。
「ボク戻る。おやすみ」
自分の予定と兄の機嫌を天秤にかけたアルフォンスは、あっさりと自分の予定を選び取って、ベッドの端から立ち上がった。うっかり上半身は脱いでしまったけど、下を脱ぐ前に気付いて、ああ良かった。
だが、ベッドのスプリングが軽く軋んだ瞬間、アルフォンスは腕を取られたのだった。ぐいっと有無を言わせない力で、そこに留めようとする。
「――この人でなしめ」
アルフォンスを留めたのは、さらにさらにご機嫌を下降させたかの兄だった。
容赦なく機械の右腕で弟の手首を掴んで、地の底から這い上がってくるかのような低い声で、(兄相手限定で)あんがい情の薄い弟をそこに留めた。掴んだ腕が抜けたって構うもんか、という勢いだ。


「アルはわがままだからモテる」
ぺろりと舌を出したエドワードは、腹の下で組み敷いた弟の首筋を舐めてそう囁いた。
どっちがだ、とアルフォンスは毒づいた。心の中で。
この兄はわがままで傲慢で自分勝手な人で、それでいて周りからも愛される人だ。本人に自覚はないけれど、それでもこの人は、その事実を本能的に知っている。
だからきっと、拗ねて怒ってみせたらアルフォンスがかわいく焦ってくれると、勝手にそう思っていたのだろう。意識してのことではない。もっと深い深い心の奥そこの問題で。
だが、生憎とこの弟は、これで案外薄情なのだ。甘ったれた兄相手の場合限定だけれど。
さっさと自室に帰ろうとした弟に、エドワードはわりと本気で腹を立てた。
それで現在のこの状態、だ。
すでに何回か吐き出したせいでくったりとしている弟のそれに、兄は再び手を伸ばした。
全身に纏わりつく倦怠感に辟易しながらも、今まさに訪れようとしている快感の波を感じ取って、アルフォンスはきゅっと目を閉じて息を飲んだ。
足を閉じたいけど、邪魔をする者がいるからそれもできない。
背の高さでは勝っている。喧嘩したって負けはしない。でも、そういう事実をいくら積み重ねても、アルフォンスは不思議と動く気がしなかった。後でぶっとばしてやる、とは心に決めていても。
エドワードの声が背筋が粟立つほどぞくりと響いて、アルフォンスを動けなくする。
「アルみたいに人を振り回す奴は、モテるんだよな。オレみたいな善良な人間は全然だ」
―――ぜんりょう?善良?誰が?
すぐ怒って勝手に拗ねる人が?相手が自分の思ったように動いてくれないと力技に出る人が?………実の弟の下腹部に嬉々として指を這わせているこの人が?
納得できない。
「あっ、」
噛み締めていた唇の奥から、思わず声が漏れてしまった。
それをしっかりと耳にしたエドワードは、目を細めて唇の両端をあげた。いやらしい顔。
兄さん、いつからこんな表情をするようになったんだろう。
アルフォンスは朦朧とする頭でそう考えたが、よくよく思い直してみれば、この人は昔からこういう顔をする人だった。ただ、昔はえらく潔癖(だとアルフォンスは信じていた)で、いやらしい顔が性的な意味ではなかったというだけで。
この兄はあまったれの理想主義者で、覚悟覚悟言うわりには覚悟が甘くて、そのくせ人を巻き込む派手さを持っている人だった。
「腹の上、ぬるぬる……」
闇に溶けるみたい密やかな調子で、エドワードが囁いた。独り言なのか弟に聞かせたいのかはわからないが、その声がこのうえなく楽しそうなのは事実だ。
腹の上がぬるぬるなのはアルフォンスで、エドワードが出すのは大抵アルフォンスの中でだったから、今彼の腹を濡らしているのは、自身が放ったものということになる。
兄は生身の手のひらでそれを塗り広げた。ぐい、ぐい。そうすると弟の腹の上はますますぬるぬるになるから、エドワードはますます楽しくなるのだ。
白いが引き締まった格好いい腹だ。青年らしいその身体を思いのままにするのは、この上なく楽しいことらしい。にんまりと色気づいたその表情が物語っている。
アルフォンスは、腹の上を撫で回される不快さに目を開けた。そんな遊びはもういい。もう結構だ。
「ボクは『わがまま』らしいから言うけど、そんなのはもういらないよ」
「……奔放で困るよ、オレの弟は」
どっちがだ、とアルフォンスは思った。
そうやって苦く笑ってみせる兄は、やっぱりひどく傲慢で自分勝手だと、遠のいたり浅く浮上したりする意識の片隅で考えた。奔放で困ると非難した本人が、奔放な動きで弟を翻弄するのだ。
身の内でゆるく激しく動かれると、理性的なことを考えられなくなってしまう。たとえそれが自分の求めた行動が導いたものだとしても。
「あ、あっ、……ぃ、やだ」
内側から抉られて追い詰めらて、彼は反射的に口走った。身体が熱くて目が回る。
上も下もなく世界が回るこの状況で考えたのは、兄さんにわがままだと奔放だと言われることの理不尽さだった。ただただもう小さな子どもみたいに、兄さんのほうがずっとわがままだと頭の中でわめいていた。




「―――ほんと、頭の悪い質問だった」
ぐうぐうと眠る弟の横で、エドワードはあくびをしながら呟いた。
今夜が涼しい夜で良かった。高ぶった熱が引くのを助けてくれる。
今夜がただ暑いだけの夜だったら、この汗も熱もすべては気候の所為にして、朝までだって続けていたかもしれない。それで幾日かくたばったって平気だ。ちっとも構わない。
「何が、この身体のどこがそんなに好きなの、だ」
バッカじゃねえの、あたま悪いな。
思い出したらまたちょっと腹が立って、出すもの出すどころか搾り出す勢いで疲労させられた弟の頬をペチペチと叩いた。疲労させたのは自分かと思うと、少し気分がいい。
「その身体がアルフォンスのものだから、好き」
ぐうぐうと眠る最愛の弟に鼻先をすりつけて言ってから、エドワードも眠りについた。










ただもうえちいのが書きたかったんです。ほんとうはもっと話膨らませたかったけど、えち優先でこうなりました。絶好調えち期中。
読み返してないので後で読み返して直します。(すみません……)

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