小町っちゃん(32歳)と溝口さん(46歳)と旦那様(?歳)のほのぼの話

「ちーっす!」
 青木小町、32歳。
 青果配送センターで働いている彼は、週に一度、閑静な住宅街の中でも一際目立つある屋敷に野菜を配達しに行っていた。
 と言っても、大した量ではない。
 何故なら、屋敷は大きいのに住んでいるのが二人だけだからだ。
「青木さん。いつもお疲れさまです」
 小町がトラックから降りて軽い挨拶をすると、こうしていつも優しい笑顔で出迎えてくれるのが、住人の一人であり執事の溝口豊治だった。
「うい。じゃ、運びますんで」
「はい。お手伝いいたしますよ」
 手伝ってもらわなくてもすぐに運べる量なのだが、溝口は毎回必ず一緒に段ボールを運んでいた。
 そして、そのついでに少しの間だけ雑談をするのが常であった。
 小町にとって週に一度のそのひとときは、お気に入りの時間だった。10以上も年が離れていて、しかも金持ちの家の執事などという自分とはまるで違う世界に生きているように思える溝口なのに、話題は豊富で、雑談の種に事欠くことがない。
「そうだ、青木さん、先日お薦めしていただいたあの映画。この間ビデオが発売されたと聞いたので借りてきて見ましたよ」
「おぉ、それで、ご感想は?」
「とても面白かったです! ストーリーも、音楽も。タイトルからは予想もつかない展開で驚かされましたね」
 こんな優等生な回答でも、溝口が言うとわくわくした表情が顔に出ているし、嬉しそうなしゃべり方をしているしで本気で言っているということがわかるのだった。
「そりゃオススメした甲斐があったなぁ。あんまり溝口さんみたいな人向けの映画じゃないかなぁーと思ったんだけど」
「そんなことはございません。私はどんなジャンルの物でも、面白そうであれば手を出しますよ。では、青木さんはどうしてあの映画を見ようと思われたのですか?」
「えっと……。主演のヤツが好きだから、かな?」
「主演と言いますと……あの若い俳優の方ですか。私は存じ上げなかったので新人の方なのかと思っていましたが、有名なのですか?」
 小町は素直に言うべきか、一瞬迷う。
 小町が溝口を気に入っている理由は、話していて面白いこと以外にもう一つあった。
 溝口は大人しくて背も高くないし、ひ弱なインドア派にしか見えなかったのだが、ある時ふざけて抱きついてみたら、抱きごこちが明らかに鍛えている人間のそれだったのである。
 小町の好みのタイプは、年齢問わず「鍛えている男」であった。
 本来は顔も男らしい方が好きなのだが、溝口のような地味めでどちらかと言うと可愛らしい系統の顔なのに、もしかしたら凄い肉体の持ち主なのかもしれない、というギャップはそれはそれで気になるのだった。
「いや、俺もこの映画で初めて知ったんすよ。ただ……見た目がすげぇタイプだったもんで」
「へええ。そうだったのですか。確かに精悍で、素敵な俳優さんでしたね」
 溝口の反応は小町にとってよくわからないものであった。
 天然なのか、こちらがゲイであることを見抜いた上で言っているのか。
「あのさぁー……溝口さん? 俺、ゲイだから。男が好きだからって意味でそう言ったんだけどさぁ。わかってます?」
 何となく気が引けて、小町らしからぬ遠回しな、自信なさげな物言いになってしまったが、溝口は暖かい微笑みを全く絶やさない。
「あぁ、そういうことでしたか。私、何か無神経なことを申し上げましたでしょうか? 申し訳ございません」
「別に、そんなこと言ってんじゃないけどさ。俺、隠し事嫌いだから前から言おうとは思ってたんだけど、溝口さんとそういう系の話することって今までなかったじゃん」
「そうでございますね」
 あまりにも反応が薄すぎて、小町はペースを狂わされてしまう。
「溝口さん、もしかして感づいてたとか?」
「いえいえ。全く思いもよりませんでしたよ。私、今内心、なかなかどうして驚いておりますよ」
「ぜんっぜん、そうは見えないけどなぁ」
「執事たるもの、何が起きても平常心を保っておらねばなりませんので」
「へぇー……」
 あまりに平然としている溝口を、小町は少し驚かせてみたくなった。びっくり仰天、とまではいかなくても多少動揺している様を見てみたいと思った。
「溝口さんはそっちの方、どーなの? その齢で独身なんだろ? 結婚する気ないわけ」
 と言ってやると、溝口は少しだけ意外そうな顔をした。
「私でございますか? 結婚の予定はありませんねえ。ここで旦那様に仕えることが、私の生きがいですので」
 普通ならそうそう出てこないような台詞がサラリと出てくる。
 自分を第一に割と自由に生きている小町にとっては理解不能な言葉だった。
「それってつまり、神代さんのことが好きってことか?」
 短絡的にそう思ったので、そのまま尋ねてみた。
 溝口の表情が、柔らかい笑顔から少し困ったような笑顔に変わる。
「そう思っていただいても差し支えはありませんが……。恐らく、青木さんが男性を愛する気持ちとは、少し種類の違うものかと思います」
「……ふぅん?」
 よくわからなかったが、こんな大きな豪邸に二人っきりで暮らすということには、複雑な事情が色々とあるのだろうと思った。そこに首を突っ込もうとする程、小町は若くない。
 そもそも小町にとっては、これは溝口に軽い気持ちで手を出すことなんて出来そうにないんだな、ということがわかっただけで十分であった。
「まぁ、いいや。変なこと聞いたりしてゴメン!」
「いえいえ。何でも聞いてくださって構いませんよ」
 溝口は、またいつもの優しい顔に戻っていた。
「じゃ、お言葉に甘えて、もう一個、聞いてもいいかな」
「はい。何でもどうぞ」
「……溝口さんってさぁ。実は脱いだら凄いっしょ?」
 そう言ってみると、溝口はその日今までで一番、驚いた様子になった。よほど予想外な質問だったらしい。
「確かに体を鍛えることはしていますが……そんな、大したことはないですよ。きっと、青木さんの方が遙かに…」
「いや、どうかな。絶対凄いだろ? どうせなら比べてみたいなぁ。ねぇ、上だけでいいから、脱いでみてよ!」
 せっかくの機会だから食い下がってやれとばかりに、小町はごねてみた。困っている溝口を見るのが面白かった。
「しかしですね、あの……」
「いいでしょ、別に、ここだったら誰も見てないんだからさぁ」

「おい、そこで何してるんだ?」

 厨房の勝手口から、ガウンを身にまとったこの屋敷の主人、神代が顔を出していた。
「旦那様!」
「溝口、何してる。そこのお前、誰だ? ……あぁ、確か青果商の」
「まいど、青木小町っす。べ、別に俺はただ、溝口さんとちょっとおしゃべりしてただけっすよぅ」
「おしゃべりって……仕事中なんじゃないのか?」
 神代の目は、小町を射抜くように鋭く見つめている。
 正直、恐ろしかった。
 単純にこの場でキレられるのも恐いが、怒りを買って契約を切られたりしたら更に面倒臭い。
「はい、神代さんのおっしゃる通りですぅ。じゃあ、俺はこれで失礼しますーっ」
 小町は慌ててその場を立ち去り、駐車しているトラックへと小走りで向かって行った。

「溝口。お前、あの八百屋とそんなに仲良かったのか?」
「だ、旦那様。本当に少し、話をしていただけですから」
「それはわかってる。まぁ、いいけどなー別に。あ、そうだ溝口、一階の廊下の電気切れてるぞ。それで呼ぼうと思って探してたんだ」
「はい、かしこまりました。すぐにお取り換えいたしますね」
 神代がそんなことでわざわざ厨房から裏庭に出てくることはないと、溝口は心の奥で理解していた。
 溝口は、換えの電球を取るために物置へと歩きながら、何だか暖かな気持ちになったのだった。

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