智明が三毅を堕とそうと色々する話(1)※オリキャラモブが数人出てきます(エロには絡みません)

 とある日曜日、渋谷、藤堂ボクシングジム。
「おはようございまーすっ! あっ! 藤堂さん! よかった、いらしてたんですね!」
 トレーニングに勤しんでいた三毅に、後輩ボクサーにあたる男がそう声をかけた。
「ハァ? 俺は朝からずっとここにいたっつーの」
「え、あ、はい、ならいいんです! 何でもありません!」
「何だよ、何か隠してんな? 言えよ!」
「いえ、あ、あの、さっきすぐそこで、"藤堂三毅にそっくりな人が歩いてた"と聞いたものですから……」
 後輩の口振りははっきりしない。
「それなら別に普通にありえることじゃねーか。何が"よかった"なんだよ? あ?」
 三毅は苛つきながら後輩に詰め寄る。
 ここのところ、藤堂三毅はずっと不機嫌な状態であった。
 ある日を境に急に調子が悪くなり、次の全日本チャンピオンの防衛もこのままでは危ないのではないかと囁かれ始めている。
「あの……その、藤堂さんに似てるって人が……すごい格好で歩いてた、らしくて……っ」
「……ふーん?」
 怯えた後輩がしどろもどろに答えると、三毅は少し考える。
「要するに、それが俺かもしれない、って思ったのか。てめぇは」
「すっすみません!! すみません!!」
「……どんな格好だったんだよ? そいつは」
「いえ、あの、本当に、ちょっと話してるのが聞こえただけなんでっ、僕は見てないんで、わかりませんっ、すみません!」
「あ、っそ」
 三毅は掴んでいた後輩の胸倉を離してやった。

 数分後、また別の後輩ボクサーが来て、同年代の者達と雑談をしていた。
「そうそう、さっきそこの通りでさ、すげぇ変な服の男が歩いてて超目立ってたんだよ。思わず写メとった」
「おいおい」
「だってこれだぜ? こっそりだからブレてっけど」
「うわ、何これすげぇ! 何かの撮影じゃねえの?」
「わかんねー」
 等と盛り上がっていると、背後から三毅が現れて言った。
「おい、それ俺にも見せろよ」
「わっ!? と、藤堂さん!? は…はい、どうぞっ」
 後輩から毟り取るように携帯電話を奪った三毅は、その画面を凝視していた。
 人混みの中で無理矢理撮ったのだろう、確かに画面はブレているが、二人の男が斜め後ろから映っている。顔は映っていない。
 一人はごく普通の体型で、学生っぽいカジュアルな格好をしている。
 もう一人は、明らかに背が高く、がっちりして筋骨隆々であることが伺える。しかしその服装は異様なものだった。
 袖の膨らんだ白いブラウス。
 ヒラヒラして裾の広がった紺色のミニスカート。
 腰に見える白いリボンはエプロンの紐だろうか。
 太股の真ん中まで長さのあるソックス。
 ヒールの高い靴がますますその背丈を高く見せている。
「……おい、お前これどこで撮った?」
「えっ!? あ、あのここからすぐのところです。あの駅の方に行く道の途中の……」
「そうか。おい、俺ちょっと出てくるから、適当に言っといてくれ」
 三毅は携帯電話を後輩に投げ返すと、着替えもせずそのままジムから飛び出していった。


 その数日前、神代邸、智明の部屋。
 朝食を食べ終えた智明は、紅茶を藤堂に持ってこさせて部屋に留めたまま、紅茶を飲みつつ新聞を読んでいた。会社役員になるのだから、少しは社会勉強をしようと最近読み始めたのである。
 しかし、やはり社会面を読むのはどうしても面倒になってしまい、結局スポーツ欄ばかり熟読してしまったりするのだった。
「ん……?」
 そのスポーツ欄の、写真は載っていない小さな記事の一つに「藤堂三毅」という名前があることに気付く。
「負けたんだな」
「えっ、ご主人様、何がっすか?」
「藤堂三毅」
「えっ……」
 藤堂は驚いた顔になる。
 その顔を見た智明は、少し嫌な気分になるのを自覚した。
「防衛戦じゃないみたいだから、まだチャンピオンではあるのか? 俺、ボクシングよくわかんねーけど」
「そ、そうっすか…」
 明らかに平静を装おうとしているのが、智明にもわかってしまった。
 あれだけやったのに。
 あんなに苦労して三毅に勝ったのに。
「……気になるのか?」
「い、いえっ。自分にはもう、関係ない人っすから」
「ふーん……もう下がっていいぞ。お茶も飲み終わったし」
「かしこまりました!」
 ティーポットとティーカップをお盆に乗せて、藤堂が部屋から出ていく。
 智明は考えを巡らせ始めた。
 三毅は藤堂を追いかけることを諦めたのだろうが、藤堂の中にはまだ三毅がいる。肉親なのだから、すぐに完全に忘れて他人と思えというわけにもいかないのはわかる。ましてや三毅は有名人なのだから、今日のようにニュースが耳に入ることもあるだろう。だが、智明にはどうしても気に入らないとしか思えなかった。


 再び渋谷、某ファーストフード店のテラス席。
「小峰さんの料理ももちろん好きだけどさ、やっぱ貧乏舌なのかな。たまにこういうジャンクフード食べたくなっちゃうんだよな」
「あぁ、それはわかるっす。何だかんだ言って、こういうのもおいしいっすもんね」
 と言ってハンバーガーをかじりながらも、藤堂は他人の目をチラチラと気にしていた。
 もう家を出てから何時間も経って何百人という人間に見られているのだから、いい加減に慣れればいいのに。と智明は思う。しかし、そんないつまで経っても恥じらっている藤堂が面白いし可愛いとも思っていた。
「あの…これ食べ終わったら、帰るっすか……?」
「え? あぁーどうしようかなぁ。まだ見たいものが……」
 フライドポテトを口の中に放り込みつつそう言っていたが、藤堂の後ろから走ってくる人物が目に留まったので話すのをやめた。
「ご主人様……?」
 智明が自分の後ろを凝視しているので、気になって藤堂もつい後ろを向いてしまう。
「あ…っ!」
 そこには、体中から怒りのオーラを立ち上らせている藤堂三毅がいた。

「てめぇ……!」
 三毅はいきなり藤堂に掴みかかった。
「どこの誰だか知らねえけどな、俺にそっくりの顔ぶら下げてみっともない格好してるんじゃねぇよ!」
「弟とは思わないことにする」と宣言した以上、こう言うしかないらしい。
「ちょっと……何なんっすか…やめてください、っす!」
 しかし、藤堂は以前の藤堂とは違う。自分の服を掴んでいる三毅の手を、自力で引きはがした。
「これは……ご主人様からいただいた、大事な服なんす……! もし汚れたり、破れたりしたら……許さないっすよ」
 藤堂はそう言いながら、ブラウスの乱れた襟元やリボンを整える。
 三毅は心底嫌悪しているような表情でそれを見つめていた。
「……もう帰ろう、藤堂」
 智明はまだ食べ物の残っているトレイを持ち上げながら言った。
「えっ。あ、はいっす!」
 帰り支度を始めた二人を、三毅がそれ以上追及することはなく、そのままその足で帰宅した。


 一週間後、神代邸、藤堂の部屋。
「藤堂! 出かけるぞ!」
 明るい声でそう言った智明の手には、紙袋が握られている。
「お出かけですか? 自分がご一緒していいんですか? わかったっす。どちらへ行かれるんすか」
「またシブヤに行くぞ。ほら、早くこれに着替えて」
「え……?」
 にこにこ笑っている智明は、紙袋から衣服を取り出した。
 それは新しいメイド服であった。先週に着た、比較的スタンダードな物とは異なり、色は淡いピンク色が基調で胸元が大きく開いているデザイン。また、ヘッドドレスが普通のレースではなくウサギの耳の形であった。
 しかし、藤堂の気にかかったのは、衣装がどんな物かということよりも、渋谷に行くということだった。
「この前、あんなことがあったのに…また行くんすか?」
「あんなことがあったからこそ、だよ。大丈夫、危険なことは無い。俺を信じろ」
「で、でも……あ、いえ、ご主人様を信じます! というか、危険なことがあったとしても、自分が絶対にお守りするっす!! では、着替えさせていただくっすね!」
「おう。じゃあ、準備出来たら俺の部屋に来い」


 1時間後、渋谷。
 智明と藤堂は今回も渋谷の街を何時間もうろつき、散々目立ちまくり、勝手に写メを撮られ、何人かに「写真撮ってもいいですか?」と聞かれてはきっぱり断っていた。
「本当は勝手に撮ってる奴もぶちのめしたいんだけどな。見せたい気持ちはあるけど、勝手に記録されるのは面白くねーよな」
「……そうなんすか…」
 藤堂もさすがに慣れてきたのか、先週と比べると歩き方も堂々としたいつも通りのものになってきている。
 それはそれで面白くないので、時折わざとスカートをめくったりして反応を楽しんでいた。下着もいわゆる「見せパン」を用意してやったので、めくったところでただ藤堂が恥ずかしがるだけで、さしたる問題はない。
 そんな風にして三度目の渋谷をつつがなく楽しみ、今回は溝口の運転する乗用車で来ていたので、帰るために駐車場へと向かっていた。都会のど真ん中とはいえ、道を一本外れただけで人通りはぐっと少なくなる。その時だった。
「おい…亜毅ィ……」
 いつから後をつけてきたのか、背後に藤堂三毅がいた。
「言ったよなァ……? 俺と同じ顔ぶら下げて、みっともない格好すんじゃねぇって、言ったよなあ?」
 三毅は目に殺気を宿らせながらにじり寄ってくる。
「何だよ、お前しつこいぞ! 藤堂は別に露出しているわけじゃない! 女装は犯罪でも何でもないだろうが!」
「うるせえ! うろちょろされると迷惑なんだよ!!」
 三毅はいよいよ智明と藤堂に向かってくる。藤堂は智明を守るように、主人の前に立つ。智明は全く怯えたそぶりを見せなかった。それは、藤堂がついているから――ではなかった。
「このッ……うぐっ……!?」
 智明に掴みかからんとしていた藤堂三毅を一瞬で取り押さえたのは、藤堂ではなく二人の大男。
 黒いスーツを着込み、黒いサングラスをかけ、黒い肌をした男達だった。
「えっ…!?」
 捕らえられた三毅も驚いていたが、藤堂も同じくらいびっくりしていた。
「お前には話してなかったな。溝口さんに頼んで、ボディーガード雇ったんだよ」
「え…じゃあ今日ずっと、この人達近くにいたっすか……?」
「ああ」
「全然気が付かなかったっす…」
 身長も体重も大きな、プロのボディガードである二人に挟まれるとさすがの三毅も身動きがとれないらしい。もがきながら、唯一自由だった口でだけ攻撃してくる。
「おい、ふざけんなよっ! 離せ! つぅか何なんだよこいつらはぁっ! こんなのがいるなら、亜毅なんか余計にいらねぇじゃねーかっ!」
「何言ってるんだ? 俺が藤堂に何を求めているかなんてお前には関係ないし…それ以前に、これ見ればだいたいわかるだろ?」
 そう言われた三毅は反射的に藤堂に目をやった。
 不安げな表情の上で、ウサ耳カチューシャが風に揺れている。三毅にはとても直視出来たものではなあった。
「俺が藤堂にこういう格好をさせて渋谷を出歩くの、そんなにやめてほしいか?」
「……ああ、そうだ。やめろよ」
「さっきも言ったが、別に俺は何も悪いことはしていない。もう藤堂とは他人になったお前に、とやかく言われる筋合いは一切無い」
「……」
 三毅は小さく舌打ちをする。智明は苛ついたが、ここからが本題なのだからと我慢した。
「でも、お前がどーーっしてもやめてほしいと言うのなら、条件付きでやめてやってもいい」
「……何だよ?」
 身動きが取れないためか三毅は素直に返事をした。
「とりあえず、ウチに一週間滞在してもらおうかな」
「ハァ!?」
「えっ、ご、ご主人様!?」
「それが嫌なら、やめない。毎週必ず藤堂と渋谷に来る。あぁ、あとはそうだな、実名で写真を載せるブログでも作ろうか。なぁ、藤堂?」
「え、えぇっ!?」
 一度に色々言われて動揺している藤堂を智明は無視して、
「どうする、藤堂三毅? あっ、溝口さーん、三毅のズボンのポケットに多分携帯電話入ってるからさ、取ってよ」
「はい、坊ちゃま」
 溝口は車で待機していたのだが、当然この騒ぎには気が付いていた。智明の言葉に即座に対応すべく、三毅の元へ近づく。
「おいっ、何すんだ、やめろ!」
 溝口の行動はとても素早かった。あっという間に三毅の携帯電話を見つけ出す。
「こちらでしょうか。坊ちゃま」
「おう、ありがと。えーと……」
 三毅の携帯電話を受け取り、着信履歴を見る。一週間留守にさせるのだから、誰かしらに連絡を取っておかないとまずかろうと思ってのことだ。
「実家でいいのかな。ほら、電話かけてやるから適当に理由つけて一週間留守にするって言えよ」
 智明は三毅の返事を待たずに通話ボタンを押した。
「ほれ」
 携帯電話を三毅の耳元に差し出す。
 三毅は智明のその腕に噛みつくのではないかというような凶悪な顔を見せたが、ボディガードのサボとウガン、そして溝口も真横に控えているという安心感から、智明が恐れることは一切なかった。
『……はい、もしもし?』
「あぁ…俺だけど……」
 三毅は智明の言う通りに、一週間家を空ける旨を説明して見せた。智明の顔に自然と笑みがこぼれる。
 ほどなくして通話が終わると、智明は三毅の携帯電話を自分のズボンのポケットに押し込み、言った。
「よし、家に帰るぞ。溝口さん。三毅の拘束よろしく」
「かしこまりました」
 溝口は笑顔でうなずくと、サボとウガンに指示を出しながらてきぱきと三毅の手足を手錠や足枷で拘束し、口にも猿轡をして車に運び、シートと体をしっかりと繋いでいた。
「さすが溝口さん、手際いいなぁ」
「あの…ご主人様……」
「何だ?」
「兄…いや、三毅を、どうするつもりなんすか……?」
 藤堂はとても不安そうだった。
 兄を心配しているのか。
 智明はそうとしか思えず、とても腹が立った。
「これはお前の為なんだよ、藤堂。すぐにわかる」
「……うっす」
 藤堂は納得していないようだったが、趣旨を全く説明していないので当然だと智明は思い、特に咎めたりはしなかった。
 車が神代邸に向かって走り出す。


 数十分後、神代邸。
「溝口さん、お客様は物置にお通ししておいて」
「かしこましました、坊ちゃま」
「藤堂は部屋に戻って、いつのも服に着替えてこい。後で呼ぶから」
「う、うっす」
 さて、どうしてやろうか。
 一人になって、改めて考え始めた。時間は限られている。
 智明は自分の心が高揚していくのを感じていた。
 自分の腕を本気でへし折ろうとしたり、一瞬で気絶する程のパンチを食らわせてきた男を、自分はこれから屈服させようとしている。
 これは勝負だ、と思った。

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