神代一×佐久間朔造

「溝口。今日はもう下がっていいぞ」
 その日は朔造が神代邸を訪れており、溝口が給仕をしていた。よく連れて来られていた恭一は来ておらず、溝口は恭一の相手を命じられることもなく、一の部屋にいたのである。
「はい。旦那様」
 溝口が部屋から出ようとすると、一は付け足すように言った。
「ああ、やっぱりやめた。こうしよう。下がるのはそうだが、しばらく部屋の扉の前に立っていろ。誰も部屋には入れるな。そして、私が部屋から出てもういいぞと言うまで、お前自身も中には入ってくるな。わかったか?」
「は…はい。かしこまりました」
 要するに見張り、ということなのだろうか、と溝口は思う。溝口には意図がよくわからなかったが、受ける以外の選択肢は無い。
「おい、神代――」
 朔造が咎めるような口振りで一に声をかけた。しかし、
「構わないだろ? 朔造」
 名前に力を込めるような言い方で一がそう言うと、朔造は黙った。
「では、失礼させていただきます」
 溝口はそんな二人に一礼をして部屋の扉を開けて、自分が出るとすぐに閉めた。
 ドアの前に、静かに立つ。

「おい、どういうつもりだ」
「どうもこうも。あいつはだいたい全部知ってるからなぁ。何の問題も無いさ」
 朔造はカップの中にわずかに残っていた紅茶を一気に飲み干して一を睨みつけた。
「しかし…私のことまでは知らないのだろう……それにあの溝口って奴は……」
「恭一と仲が良い、って? 別に大丈夫だろ。バラしも感づかせもしないに決まってる」
 朔造はまだ、渋い顔をしたままだったが、一は飄々と笑っていた。
「でも……」
「やかましいな。もう一度呼ばれないと気が済まないのか? 朔造。ほら。朔造と呼ばれた時の挨拶は何だったかな?」
 朔造はうつむいて、すっくと立ち上がると、一の足元にひざまずいた。淀みのない動きだった。
「も…申し訳ございませんでした…ご主人様……二度もお手間をかけさせてしまって……。綺麗にさせていただきます……」
 そう言うと朔造は、一の革靴を両手にとる。一がその足をぴんと持ち上げてやると、朔造はまず靴のつま先の部分に口づけをした。その後、靴底を丁寧に舐め始める。
「ははっ……何度見ても良い眺めだなぁ、さくさく。お前は本当に可愛い奴だよ」
「はふ……ご、ご主人様、朔造と…朔造とお呼びくださいませ……私の名前は、佐久間朔造でございます……!」
「うるさい。お前を何と呼ぼうが、俺の勝手だろう、が!」
 一は勢いよく朔造を蹴り飛ばした。革靴は見事なまでに朔造の顎に入り、朔造はそのまま倒されてしまう。その拍子にテーブルにぶつかり、上に乗っていたティーカップや食器がいくつか、音を立てて割れた。
「もう…しわけ……ありません。おっしゃる通りでございます。罰していただき、ありがとうございます……」
 朔造は口の中が切れて少し流血していたが、言葉を発しているその表情は恍惚と言うほかなかった。正しく座り、土下座をすることも忘れない。
「あぁ……。蹴ったりして悪かったな。ほら、朔造、こっちへおいで」

 分厚い扉越しでは会話は聞こえない。会話があるのかどうかすら、よくわからない。
 ただ、食器が割れるような音だけが聞こえて、溝口は不安になりながらも、気丈にその場で美しい姿勢を保って立ち尽くしていた。


続かない!

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