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=== 小さいわたし。 ===
present by "303E"
 腕を伸ばしてチャイムを鳴らす。数秒の後に内側から鍵を開ける音がして、ドアが開く。

「いらっしゃい、小鳥」

 ドアを開いて顔を出したのは、わたしの大切な人、真くん。少し前にお互いの気持ちを打ち明けて……いわゆる『恋人』同士になった人。
 未だにその、『恋人』という言葉には恥ずかしさを感じるけれど、反面それ以外の言葉では説明したくないと思える人でもある。

「うん。上がっても良い?」
「駄目……って言うと思う?」

 ま、どうぞと言って――ついでにわたしが持っていた買い物袋をさり気なく取り上げつつ――家の中へと通してくれる。
 ……形は変わっても真くんのこういう性格は変わらない。悪戯を楽しむ子供みたいだなと、何時も思う。昔からずっと変わらない、真くんなりの気遣い……みたいな物なんだろうと最近は思う。親しい人は多いけれど、私や唯子みたいに“いじわる”をする人を見た事が無いから、余計に(それに近い事はしていると思うけど)。

「しかし今日も随分と買い物してきたなぁ」

 ビニールの買い物袋の中身は今夜の夕食の元になるものが入ってある。お互いの受験も終わり、良い結果も出て新しい生活が始まるまでの――高校生でも大学生でも無い文字通り最初で最後の――短い春休みを最近は二人でよく過ごす。
 時々は唯子や御剣さんに誘われて一緒に出掛けたりするけど、それも極々たまたま。

『二人の邪魔するほど野暮じゃないからねー』

 唯子がわたしと二人きりの時にそう囁いた事がある。続けて『ほら、わたしも、その……いづみちゃんと……だし。ね?』と言ってきた時には可笑しくて――付け加えた一言が本当に唯子らしくて、少し笑ってしまった。でも気を遣ってくれている事には間違いは無いので、素直に自分の欲求に従って日々の時間を真くんと一緒に過ごしている。

「人参に、海老に、筍に、豚肉……八宝菜?」
「うん。最近和食とか洋食ばっかりだったから久しぶりにやってみようかなって」
「でも豚肉なら家にもあったぞ?」
「あれ? でも前に来た時残り少なかったと思うけど……」

 前にお邪魔したのは一昨日のこと。その時に『また買ってこないと』と言っていた気がするけど。

「そうだったっけ?」

 言って袋を持ったまま冷蔵庫まで移動し、冷凍庫の扉を開く。トレイのままだと場所を取るので一定量で分けてラップに包んである豚肉を確認する。包みの数は一つ。出来ないことはないけど、流石に八宝菜を作るには少なすぎる。

「……参った。家主以上に冷蔵庫の中身を知られてるなんて」

 真くんは苦笑いを一つ浮かべて袋の中身を冷蔵庫の中に入れていく。時間はお昼の三時を少し過ぎた所。凍らせた方が良いけど時間が時間なので豚肉は冷蔵庫に、野菜は野菜室へと手際よく整理する。その動作は手慣れていて、初めて一緒にこの家で料理をした時からは随分と時間が経った事をわたしに思い出させる。……わたし達が初めて出逢ってもう何年経っただろう。ふと思う。
 確かなのはわたし達が友達としてではなく、恋人として付き合うようになった時間に比べれば全然長いという事だけど、友人として過ごした時間と今の時間では流れる速さに違いを感じるのは、やっぱりこうした形で過ごしている事が自分にとって楽しいからだろうか。
 “トモダチ”に“コイビト”。
 言葉の上ではとても分かり易いけれど、自分の気持ちを間に挟むと途端に曖昧になってしまうモノ。

「でも八宝菜だけじゃ足りないよな……他に何作ろうと思ってるの?」
「キャベツとベーコンが有るから、それでサラダと……何しよっか」
「そうだなぁ。八宝菜がメインで、サラダは箸休めみたいなものとして。やっぱスープ辺りかな」
「そうだね。これで決まり……かな?」
「ん、じゃあスープとサラダは俺がやるよ」

 ……だけど、今のわたし達にはあんまり考えるような事じゃないみたい。そういう事を考えるよりも今みたいに二人で何を作るかとか、何をしようかとかを話す方が楽しいし、自然だから。ずっとそうだったから。これからも、そういう方がわたし達には合ってるんだろう。


 二人とも慣れている事だから大した失敗も無くて、予定した料理は上手く出来上がり、二人でそれを食べる。
 『受験も終わったことだし』という事で近所の酒屋で買った缶チューハイ一缶を二人で分け合って飲みながら箸を進める(商店街のおじさんが嫌な顔一つせずに売ってくれる……むしろ売ろうとしているのは何でだろう?)。
 二人とも飲み慣れていない所為もあって、そんなに飲めないし、ビールの苦みも苦手なので『お酒』と言えばこれに落ち着く。果実の甘みと炭酸の刺激が喉に心地よくて、加えて向かい合って話をしながら食べるご飯は普通に食べるよりもずっと美味しい。
 ──そう言えばお父さんはどうするんだろう。何時もならこの時間帯に電話が入るんだけど少し前に買った携帯電話はさっきから黙ったままだ。少し心配になったので、真くんに断って電話をしてみる事にする。呼び出し音が七回ほど鳴った辺りでお父さんが電話に出た。何やら忙しそうな雰囲気を、その声から感じ取る。
 ……その事が何となく分かってしまうのが、少しだけ悲しい。そして予想通り、お父さんは仕事が忙しいから今夜は帰れないと、すまなそうに言ってくれた。それだけで少し救われる。そうして『真一郎君の家にいるのなら泊めてもらいなさい』と言ってきたので、真くんに確認する。
 ……お父さんはわたし達の事や、普段わたしが真くんの家に出入りしている事も知っているのでそんな事を言ってきたんだろうけど──何でだろう。やっぱり恥ずかしい。本当の事には違いないんだろうけど──。

「毎回確認しなくても良いって。前にも言ったけど俺の事は気にしなくて良いからさ」
「ありがとう、真くん」

 会話の内容が聞こえていたのだろう。わたしが答えを言う前に『迷惑だけはかけないようにな』とだけ言ってくれる。

「お父さんも無理しないでね……うん。じゃあ、お休み」

 電話を切って席に戻る。

「おじさん、相変わらず忙しいみたいだね」
「最近は特に……色々立て込んでるみたい」

 わたしも真くんも社会に出て働いた事は無いから、お父さんの気持ちを想像する事はできても理解する事は出来ない。社会に出る厳しさも楽しさも、感じるのはまだ少し先の話だから、何を話して良いのか分からなくなって少しの間会話が途切れてしまう。

「……食べよっか。冷めたら美味しくなく……ならないだろうけど」
「──うん」

 真くんの冗談に少し笑って、食事が再開される。
 今度お父さんと会った時は一杯ご馳走を作ろう。その時は真くんも一緒に、今みたいな時間を一緒に過ごそう──ご飯を食べながらわたしはそんな事を考えて、コップの中のお酒を喉に流した。


 ご飯を食べて、お風呂にも入って、二人同じベッドで横になって肌を重ね合う。
 お酒のアルコールはお風呂に入った事ですっかり抜けきったけれど、真くんの指で舌で触れられてしまえば──不思議な位に体が火照って、頭の中がとろとろになってしまいそうになる。剥き出しの確かな体温を持った肌と肌がお互いの腕に、胸に、お腹に、足に触れる事は恥ずかしいけれど、気持ちいい。
 もっともっと、と。時に手を握り、背中に回してしがみついて暖かさを感じようと体が動く。こういう時に感じるのは一つの喜びと一つの悲しさ。

 喜びは、わたしの小さい体なら、真くんの体にしがみついてもあまり負担にならない事。

 首元に手を回してキスをしても、そのままの体勢で繋がっても。真くんがしっかりと支えてくれるから。それを感じることが出来るのが嬉しくて。

 悲しさは、わたしの小さい体だと、真くんの全てに触れるには小さすぎる事。

 どれだけ体と体をくっつけても、やはり限界があって。わたしみたいな体だと──真くんの胸にすっぽりと納まってしまうぐらいに小さい──真くんの、胸に触れるのが精一杯。もしも、この体がもう少し大きければ真くんあなたの全てを包んであげることも出来るのに、出来ない事がもどかしい。
 出来ない事でわたしの気持ちが真くんに伝わらないんじゃないだろうかと不安に思ってしまって、また抱きついて気持ちを伝えようとする。言葉にしなければ伝わらない気持ちがあるのなら。相手を抱きしめる事でしか伝えられない気持ちもあるんじゃないかなって思いたい。

「真くん……っ」

 肩に顎を乗せて耳元で囁いて、求める。温もりを──真くんの言葉を。腰に手が回されて、動き辛そうにしながら真くんもわたしの耳元で囁いてくれる。

「……小鳥」

 ぎゅっと音がして。二人の距離が零になって、感じた。──伝わってる。名前を呼んで、抱き返してくれたから。愛しい、愛しい、愛しい──大きな気持ちが溢れ返って、頭の中で弾けていく。弾けた気持ちが真っ白になる。真っ白で、感じた全部の気持ちが『同じ』になって、一つになって、とても大きな“スキ”になる。
 見えない涙が流れて、わたしは──わたし達は、繋がった。


 朝になって目が覚めて、眼を開くと真くんの顔が見えなかった。もう起きたのかなと思って体を起こそうとすると、ようやく背中に回された腕の体温に気が付く。わたしの胸元に真くんの顔がある。安らかな寝息さえも聞こえそうな寝顔にわたしは嬉しくなって、もう一度目を閉じた。
 真くんの髪を指で梳くと瞼の裏に真くんの寝顔と、昨夜の言葉が蘇る。

 小さいわたしの、大きな気持ち。何時かそれが真くんあなたを包んであげられるくらいに大きくなりますようにと願いを込めて、わたしはもう一度眠った。





[Fin]



[後書き]

 前回(『Not Free』)の後書きで『今月中にもう一本〜』なんて言っていたのは何処へやら。
 303Eです。

 やはり前回『文章が硬い』と言われたにも関わらず、今回も硬いです。
 読んだ方の多くは『小鳥はこんな話し方しねぇ』って思う方もいらっしゃると思いますが、そこはそれ。こんなこっ恥ずかしい文章を小鳥本来の口調、もとい『とらハ』本編の調子で書いたら、書ける部分も書けませんのでご了承願いたいです(苦笑)。

 作品の内容的な話をすれば、かなり王道的……と言えます。『体は小さいけどこんなに好きだよー』と。言ってしまえば、それだけの内容なのですが、書いた本人としてはその王道の中で如何に萌えそうな要素を取り入れるか、と言う事に苦心しました。
 ──読んだあなたの感想は如何な物でしょうか。

 前作において多数の感想を送ってくださりありがとうございました。よろしければ今回もみなさんの感想をお聞かせ下されば幸いです。
 それでは。

【追伸】
 ちょっと待て……唯子といづみが付き合うのは小鳥ルートだったか……?
 ……いや……念のためだ。(AA略)

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