※18禁ですが実用性は皆無なのでヨロ。ヽ( ´ー`)ノ
人間の思考と思考の間に隙間のような物があるなら、その映像はそこで再生される。暗闇の中で一瞬だけ映り、一瞬で消え、また一瞬だけ。映像の中には自分が映っている。長く、毛先に少し癖のある特徴的とも言える髪の――全裸の自分。
自分の肌は淡く上気し、口元からは短い間隔で吐息が零れている。女は自らの五指を同じく自らの秘裂に伸ばして自慰行為に耽っていた。指が動く度女は喘ぎ、快楽を得る。普段は白と黒の鍵盤の上を踊る指先も今となっては卑猥な淫具と何ら変わりない。より深く、強い快楽を求めて指は奥へ奥へと入り込む。クリトリスから膣口、膣口から膣へと。
彼女は名を呼んだ。愛しい男の名を。快楽に零れる嬌声の合間から滑らすように強く、強く。彼女の傍に男はいない。与えてくれた温もりは無く、自らの指でその温もりを再現するのみ。それは偽物だが、偽物でさえも彼女は欲した。そうしなければ収まらない。誤魔化せないのだ。兎は一匹では生きられない。寂しさに耐えられないから。
だから寂しさに耐えるために誤魔化すしかない。寂しさを、この気持ちを。一時の快楽で満たす事で、自分自身に嘘を吐く。
二度三度、十度百度。彼女は名を呼ぶ。男の顔と、名前を想い出しながら。
***
「……うー……」
番組の収録開始待ちの控え室の中、椎名ゆうひは頭を抱えて思わず唸った。
また“あれ”だ、とゆうひは想う。最近特にあの時の映像が頭の中を過ぎる。大体、三年ほど前だろうか。丁度第二の故郷、海鳴の街から留学の為にイギリスに渡った頃の自分だ。
あの時は何もかもが新鮮で、自分に触れる全ての物に感動を覚えていて日本を離れた寂しさを感じている余裕さえも無かった。しかし三年という時間の中で、寂しさを感じなかったことは勿論無い。同じ日本でも一月離れれば誰もが故郷を懐かしむものだろう。ホームシックという奴だ。
彼女の場合、海を越えて遥かイギリスである。電話をしても愛しい人の声を聞けるのはほんの数十分。出した手紙の返事は週単位で返ってくる。どちらの手段も当時の彼女にとっては非常にありがたいものだったが、暖かいものは離れれば前以上に冷たさを感じさせてしまう。肌に塗布したアルコールのように。聞こえた声や届いた手紙の中身が彼女にとって嬉しければ嬉しいほど以前の自分を思い出し、寂しさが募る。
募る寂しさは消すことが出来ない。忘れるか、誤魔化すか。それとも寂しさの元を無くすかと言った手段を除いては。忘れることなど、ましては元から無かった事にするなどゆうひには出来る訳が無かった。だから誤魔化した。嘘を吐いた。何度も何度も、自分で自分を慰めた。
……おかげで三年の月日が流れてから海鳴に帰り彼――耕介のいるさざなみ寮に帰った時は大変だった。何せ三年分である。帰って夕飯もそこそこに二人は部屋で重なり求め愛し合い、気付けば朝だった。
耕介は『朝食の用意忘れてたー!』と慌てて着替え下に降り、ゆうひは寝ぼけた眼でベッドの中から見送った。
事はそれでは終らない。
一日、二日、三日、四日……以前よりも一日の回数が増えているにも関わらず、二人はお互いを求めることを止めなかった。そうした生活が約一ヶ月続き、徐々に落ち着いていって──今はゆうひがイギリスから帰ってきてから二年ほどが経過している。それにも関わらずあの映像は彼女の頭の中から消えてくれない。まるで焼き鏝で刻み込まれたかのように。
時折浮かんでは自分に嫌悪感だけを残して消えて行く。『厄介な代物や』と、ゆうひは思わず呟いた。
何故今になってもあの時の事が頭の中から消えないのか。寂しさを感じると言う事が一種のストレスだと考えるなら、そのストレスが当時の自分にとって大きな物だったのか。あるいはあまり考えたくない事ではあるが、自身の本性が――所謂、淫乱だとか、慢性的な欲求不満なのだろうか。
しかし海鳴に帰ってきてからの日々を思い出してみても、それは当て嵌まらない様な気がする……仮に当て嵌まっているなら、それはそれで問題だ。あれだけ“ヤって”満足していないのか? そういうことに繋がるのだから。
「どないせー言うんや……」
答えの出ない自問ほど疲れるものは無いのだろう。こつん、と机に頭を軽くぶつけて俯く。一度耕介に相談してみようかと考えながら、出演する番組の収録開始までゆうひは机に突っ伏したまま過ごした。
***
帰宅後。ゆうひは少し、いや、かなり恥ずかしかったが耕介に昼間の事を話してみた。今までにも話す機会は有ったのかも知れないが、何分事が事なだけに話すのが躊躇われていた事など一切合切を含めて、全て、耕介に話してみた。
ゆうひの横に座って話を聞いた耕介は大きめの溜息を一つ吐く。それは寧ろ話を聞いた事による疲労から出たものではなく、話の内容が自分にとって過激――何しろ自分の恋人が自分の事を考えて自慰をしていたと言ったのだ――な物だったためである。
「どう思う?」
「正直コメントし辛い」
耕介の本音はその一言に尽きた。好きな相手だからこそ自分の考えは例え辛辣であってもはっきりと伝えるべき。そう考えていたから。
「……そうやろうなぁ」
「うん……それと一緒に聞いてて嬉しーやら、恥ずかしーやら……」
「あはは……」
ゆうひは苦笑いを浮かべる。話してしまえば意外にすっきりした気持ちではあるものの、耕介の反応を見ていると、先程まで話していた内容を繰り返されているような気持ちになるから。
「んー……じゃあ、その。するか?」
「それは良えかもしれへんけど……なんや、そういう雰囲気や無いような気ぃせーへん?」
「それもそうだな……なんか、違うよな。そういうのは」
はー、とお互い溜息を一つ。気まずい訳ではないが、良い訳でも無い。しいて言えば微妙な間が二人の間に生まれた。耕介もゆうひもこうした状況に慣れている訳ではなく、微妙な空気はそれから暫く続いた。
どれ程の時間が経っただろうか。沈黙に耐えられなくなったのか、それとも浮かんだ考えが妙案であったのかどうか定かではないが、耕介が口を開いた。
「じゃあさ。ゆうひがしてる所見せてよ」
「へ?」
「だからゆうひのしてる所を」
「何をしてる所て?」
「だからさっき話してた事を」
「……何でそないな話になるんかな?」
ゆうひの疑問に耕介はこう答えた。話を聞かされた以上、恋人としては何とかしてあげたいと思うが実際その光景を見てみない限り何が問題なのか分からない……だから目の前で見せてもらって何が問題なのかをはっきりさせたい……。
「耕介せんせー。この場合行為が問題なのではなく、うちの考え方が問題やと思うんですがー」
半分棒読みでゆうひは耕介に提案する。
「却下します」
「──見たいんか?」
「ぶっちゃけると見たい」
「……はー」
ゆうひはがっくりと肩を落とす。それは諦めましたと耕介に宣言している事と同じだった。
***
「え、と。ほな、するけど……」
躊躇いがちにゆうひはそう言って、耕介に確認する。
「……あんまじっくり見やんとってな?」
「ん、了解」
任せておけとでも言うように親指を立てて返答する。その様子に何処か納得出来なそうではあるものの、ゆうひは静かにベッド傍の壁に寄りかかって体育座りの姿勢を取る。
ロングスカートの隙間から白い足と下着が見えた。耕介の視線も無意識にそちらに向き、ゆうひの方でもそれを察する。途端に顔と下腹部よりも下が熱くなり、その部分をゆうひは下着越しに指でなぞった。
「……ん」
素材の手触りの中に僅かに湿り気が有るが、まだまだ濡れていると言う程ではない。外から見ている耕介には湿っている事さえ分からないだろう。
……少しずつ、少しずつ。あの頃の事を思い出す。目の前で自分の行為を見られているという異常を除けば、今の状況は昔と同じだ。
「ん、は……っぁ……あ」
右手は下の下着を、左手は自分の乳房をやはり下着越しに触れて撫でる。自分でしているのだから、これは愛撫とは呼べない。あくまでこれは自分を慰めるための物だから。愛撫は愛する者に触れられた時にしか使えない言葉だから。
――だから、有体な言い方をすれば。身体はこんなにも熱いのに、心が冷たい。
秘裂に触れ、乳首を摘み快感を得れば得るほど心が冷めて、意識が醒める。自分の中からもう一人の自分が剥がれ落ちて、嬌声を上げる自分を見つめているような――そう、あの映像と同じ様に。もう一人の自分の眼は自分の分身とは思えないほどに細く、寒い。しかし快感に喘ぐ自分はその眼で見られて、なお昂ぶる。
嬌声が嗚咽に、眼から涙が溢れても。自慰を止める事が出来ない。そうしなければ壊れてしまう。寂しさに自分が壊されてしまう――。
「耕、介くぅん……」
下着の中に手を差し込み既に濡れそぼち、外からもはっきりと分かる位にびしょびしょになった秘裂の中へ指を差し入れ、鉤の形に指を折る。
「う、あぁっ……!」
全身が熱くなる。膣口からは愛液が、口元からは唾液と愛する者の名が零れ落ちても止める事が出来ない。気持ち良い、なのに切ない、哀しい、寂しい――快楽に比例して、感情が爆発する。今度は目元から涙が零れた。
「耕介くん……耕介くん……っ」
名を呼ばなければこの気持ちは抑えられない。切なさが名を呼ぶという行為で代弁される。息が荒くなり、言葉を出す事さえ苦しくなってもゆうひは名を呼び続けた。昔と同じように。しかし今は現実。頬に触れられた手は自分の物ではない。
涙を流したその瞳は目の前に座る耕介の姿を捉えた。本物。真実。触れた手は暖かく、まるで光明のよう。
「ゆうひ……」
親指で涙を掬うと耕介はゆうひの唇を奪い、舌を差し入れた。互いの唾液が絡まり粘着く。時折じゅる、ぢゅと、音がして繋がった唇と唇の隙間から唾液が垂れた。ゆうひの時間は過去から今へと戻り、与えられた温もりを離すまいと耕介を抱き寄せ、求めた。
耕介も応じる。手早くズボンを脱ぎ、ゆうひの自慰を見ていた時から張り裂けんばかりに勃起していた男根を秘裂にあてがい、挿入した。
「あ……ひ、ぅ──っ──!」
ゆうひの身体が跳ねる。ぞくぞくと膣から痺れが全身に行き渡る。痺れは一度で治まらず、耕介が突き上げる度に襲ってきた。何時果てるだろうか、と考える暇さえ無い。繋がり、求め、愛されて。二人は何時までもその行為に耽っていた。
***
「……大丈夫かー?」
「なんとかー……」
寮の中の浴場でゆうひは耕介に髪を洗われていた。あれから休み無く三度果てて、心身ともに疲れ切った二人は汗を流す事も兼ねて浴場に来ていた。ゆうひの方が疲れていたらしく浴場に着いてからもぐったりとしていたので代わりに耕介が髪を流している。
「流すぞー」
「おー」
お湯を頭から被せてシャンプーを流す。毛先の先や半ばに残ったシャンプーを流すためにもう一度。同じようにお湯を被せる。
「はい、終了」
「おーきにー……。ほな次耕介くん洗ったるわ」
「俺は後で良いよ。先、中に入ろ。風邪引くから」
指先でお湯の加減を確かめてから二人は浴槽に入る。お湯の熱で肌がぴりぴりとするのを感じながら、二人は一息吐く。
「……なんか久々に疲れたような」
「うちもー。気持ち良かったんやけど……えらい疲れたー……」
「搾り取られた、って感じじゃないか?」
「ほんまやねぇ」
「けどさ」
「ん?」
「結局、何が原因なんだろうなぁ……?」
「うーん……」
何だかんだで何時ものように事に及んでしまった訳だが、結局の所問題は解決していない。
何故自分の中であの映像が残っているのか。何故今になっても頭の中から消えてくれないのだろうか。ゆうひは考える――しかし数分も経たない間に止めてしまった。
身体の疲れの所為か、考える事も億劫で。ましてや入浴していて身体がぽかぽかといい具合に暖められて、尚の事思考する事が面倒になる。瞼も閉じかかってきた。
「……耕介くーん……ちょう眠いから胸貸してなー……」
「眠いからって……風呂で寝るなよ、ゆうひ……」
そんな事を言いながらも、うとうとしていたのには気付いていたのだろう。
ほんの数分だけかもしれないが今は寝かせよう……耕介は既に目を閉じたゆうひに自分の胸を貸して、蛇口から水を出してお湯を温めた。寝るには少し熱いだろうから、と考えながら。
それから一週間ほどしたが、以後ゆうひの頭の中にあの映像が流れる事は無くなった。しかし、その代償か否か――前以上に、二人が交わる機会が増えているのは果たして何故だろうか。
その答えは神様ではなく、二人だけが知っている事……かも、しれない。
|