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=== 雨夜夢夜 ===
present by "303E"
※近親相姦物(加えて百合)に付き、不快感を覚える人は読まないで下さい。

 黒衣の死者がぞろぞろと連れ立って、部屋に上がって行く。もちろん、本当の意味で彼らは死人ではない。そう思うのは今の私にとっては自分と、そして双子の妹以外の人間が皆生きた人間とは思えないからだ。
 生きた人間だと思えないのなら、それは死者なのだろうと思う。喪服の黒色も、私にそう思わせるだけの不気味さと、不快さを備えている。
 その光景を直視できずに下を向いている姿が、父の死を悲しむ姉の姿にでも映ったのだろうか。同じ人間が二度も三度も『この度はお悔やみ申し上げます』、『御愁傷様です』――他あれやこれやと亡き父の死を儚んで、声を掛けてくれる。
 その中には比較的親交の有った親戚の顔も有った。今後の事を相談したいから、とただ一言。他の人達の言葉に比べれば気の無い言葉だろうが、今の私には都合が良かった。『ええ』、『はい』といった一言でさえ、返すのが億劫だったから。
 焼香は続く。くゆる煙はまるで幻。香るのは現と夢、どちらの匂いだろうか。

***

 死因は肺癌。以前、医者からそう宣告されたと父の口から直接聞かされた。母のいない私達を残してしまう事になるのが残念だと話す父の渇いた声と言葉が、私達に現実を教えてくれた。
 当時大学を卒業して就職したばかりの私達は少なくとも、生活の面で不便は無かった。これが高校生や、中学生の場合だと私達は生きて行くことすら難しかったに違いない。そうした意味では――父さんに失礼だけれど――幸いだったと思う。
 宣告されてからも父さんは父さんだった。良くあるように、目に見えて荒れるような事も、ましてやアルコールを過剰に摂取するような事も無かった。そう。本当にこれまでと同じ『父』だった。死ぬまで、何も変わらないまま。
 だからだろうか。棺に入れられ、死相を見せる父の顔を見ても感情が沸いて来ないのは。それとも、まだ父が死んでいないのではないか、私が呆然としている後ろから驚かそうとしているのではないか。
 考え、すぐさま否定する。馬鹿げた話だ。病院で、私達の目の前で咳き込みながらも、私達の手を握って逝った父の姿はやはり現実。夢である訳が無かった。

「姉さん」
「……どうかした?」
「そろそろ、御焼香終りそうだから。業者さんに次どうするか確認してくるね」

 私の横に立っていた妹が小声で話しかけてくる。同じ身長、同じ顔、同じ声、同じ髪。違うのはその長さだけで、それを除けば私達は間違いなく双子であろうと他人に確信させるに十分な姿形をしていた。髪の長い方が姉である私。短い方が妹。それ以外は何もかも同じ。たった一人の妹。

「そうね。お願い」

 生前の父が『母に似て綺麗だ』と評した声が二人の間で交わされる。母は私達を産んだ時に亡くなったそうだ。病弱であったとか、そういった話は聞いていなかったが、そうでないとするなら分娩中に何らかの事故かミスが有ったのだろう。
 入れ違いのように産まれた私達を、父はその大きな手の平で頭を撫でてくれた。広い胸の中で抱きしめてくれた。優しい言葉で暖めてくれた。悪さをすれば叱ってくれた。ありきたりの日常の中で父は極々普通に私達を育て、愛してくれた。
 私達も父を父として愛した。――あくまで『父』として。

***

 通夜の終わり頃から降り始めた雨が雨戸を叩く。さほど強くないのが救いだった。この家の雨戸に雨が当たると機関銃の様な轟音になる。台風の時などはそれこそ幾百、幾千の銃弾が撃ち込まれたかのような騒ぎになる。

「棺に傘、入れとけば良かったね」

 夜食を用意しに行っていた妹がリビングにやってくる。不細工でごめんね、と謝りながら出されたのはおにぎりとインスタントの味噌汁だった。

「今頃父さん、濡れて困ってるかもしれないわ」

 そう言えば食事を取る事を忘れていた。思い出したかのように胃が空腹を訴えてきて、きりきりと痛む。このままだと腹の虫が我慢しきれずに鳴きそうだったので頂きますと、一言断ってから夕飯に箸を付ける。
 耳に届く雨音は一層激しくなってきていた。それとは裏腹に、妹との食事は一切の言葉が交わされること無く終わりを告げた。

***

 入浴を済ませ、ベッドに入っても眠気は訪れない。逆に静寂と闇に眠気を奪われているような気さえしてくる。
 私の部屋は和室なので、そのまま布団を引いて殆ど雑魚寝に近い寝方をしている。当然の事ながら一人で部屋を使っている訳だが、今日に限っては妹が横で寝ている。
 妹曰く『今日ぐらいは良いよね』だそうだ。そんな妹の気持ちは、分からないでも無い。私は別として普通の感性を持っている人間なら、自分の身内が亡くなった時ぐらいは人の傍にありたいと願うだろうから。まして私達は双子。自分とより近い者が傍にいるのなら、その傍らに寄り添いたいと思うのだろう。全て私の推測なので真偽の程は分からないけれど。
 ……そういえば妹はもう眠ったのだろうか。ふと気にはなったが本当に寝ていると悪いので声を掛けずに寝返りを打つ。

「……眠れないの? 姉さん」

 まさか布団の衣擦れの音で目を覚ました訳では無いだろう。妹が声を掛けてきた。声ははっきりと聞こえる。どうやら妹も眠ってはいなかったようだ。

「何だか目が冴えちゃっててね」
「私も」

 自然と声のする方にもう一度寝返りを打つと、妹の視線は既にこちらに向けられていた。

「姉さんの隣で寝るなんて、もう何年ぶりかな」

 昔、私達がまだ子供だった頃の事なので、逆算してみると約十数年ほど前の事。その事を伝えると『そんなになるの』と妹は僅かに驚いたようだった。

「考えてみれば、私もいい歳ね」
「そんな事言わないでよ、まだ二十四歳なのに。私まで“いい歳”になっちゃうでしょ」

 くすくすと、小さく笑う。確かにその通りかもしれない。二十四歳でいい歳などと言っていたら、これから先が思いやられる。
 まだまだやるべき事が有る。手近な所で言えば葬儀の用意もあるし、未来の話をすれば今の仕事を続け、そしていずれ――今は顔も知らない誰かと結婚するのだろう。私達の父と母のように。
 そうして子供を産み、普通の日常を過ごして、普通に死――ねる、だろうか。疑問が浮かぶ。この胸の中、消えることの無い罪を背負った私が、果たして普通に死ねるだろうか。父を、父と言う『  』を愛した私に。

「――父さんのこと、考えてるの?」

 妹は私の瞳を見て言った。ええ、と答えた。

「父さんの、何を考えてるの?」

 何も、と答える。私が考えているのは確かに父の事だが、同時に自分の事でもある。妹の眼は以前、私の瞳を捉えたまま。私と同じ顔。同じ瞳。その眼の中の言葉も同じ。
 問い掛ける、問い返す。互いの瞳と、言葉を以って。妹が身体を起こす。身体を寄せてくる。近付く身体。近付く瞳。近付く、顔。

「父さんの事、好きだった?」
「勿論」

 反射的に答えていた。近付いてくる。今まで体験した事が無い距離まで踏み込んでくる。父でさえ近付いた事のない程、近くまで。

「嘘。姉さんは違うでしょ?」
「何が」
「“父さん”じゃなくて、父さんっていう“人形”が好きだったんでしょ」
「――」

 知って、いたのか。誰にも漏らした事の無い、間違いなく私の心の中だけで自問自答を繰り返したその事実を。

「貴女は?」
「私も同じ」

 妹は言った。

「父さんは私たちのこと、娘として好きだったんだろうけど。私は父さんの娘として、父さんを見られなかった。だって何処をどう見ても私達と似ていなかったから。最初はただの勘違いだ、親子でも似ていない所はあるって思ってたけど――どれだけ時間が経ってもその認識は変わらなかった。本当の親子の筈なのに。……自分と違う所を見ていると、その顔がどんどん別人に見えてくるの。別に歪んで見えるとかそういう事じゃなくて、顔はそのままだけど、その顔が自分の知っている父さんの顔に見えなくなるのよ。だから『あれは父さんっていう人の形をしたモノなんだ』って思うようになった」


 その眼が言葉を続ける。『姉さんは?』
 ――父が笑う度、父が泣く度、父が怒る度。自分とは何処を取っても似ていないと気付く度に、妹が言ったように、私の中で『父』という存在は死んで、代わりに父と言う『人形』が『父』となった。
 もしかすると今日父が亡くなった時、悲しみを感じなかったのは胸の中で抱いていたその考えを無意識の内に思い浮かべて、父が人形であると認識していたからだろうか。
 人形に死は無い。修復が可能であれば、何度でも生を受ける事が出来る。何度でも、何度でも。
 だから私はこんなにも父の死に無関心なのだろうか。『父が死んだと思えない』と言うのも、全て。この気持ちの所為なのだろうか。

「父さんの顔はもう思い出せない。写真を見れば父さんだ、って言う事が分かるけど、そこまでよ。記憶は有る。思い出も有る。だけど、自分が触れる事の出来る父さんはもういない。いるのは――」

 するり。妹の指が私の頬を辿る。

「たった一人の、姉さんわたしだけ」

 唇が近付く。触れる。交わる。赤い、赤い、舌と舌。異物と異物が混ざり合う。初めての接触はしかし、予想外に心地良く。拒否する事無く私も身体を起こして舌を絡める。

「姉さん」

 私は“わたし”を抱き締める。

「好きよ」

 ぎゅぅ、と妹の服を掴む。衣擦れ。最後に聞こえたのは、雨音と。

「私は、貴女を」

 自分が発した。

「愛している」

 気持ちことばだけ。





[END]



|後書き|

 オリジナル一本目。初っ端から近親相姦、その中でも稀有な姉妹物(いわゆる百合)で一本書いてみました。
 が、しかし。普段書いているジャンルからはかけ離れているためか書き切るのが困難でした。(;´Д`)
 次に同じ様なジャンルで書く時は明るく楽しく笑って読める物でしょう。たぶん、確実に。

 さて。『近親相姦』と言うと世間一般では禁忌に入るようですが私はむしろ『何故禁忌に属されるのか』と考えてしまいます。
 よくその理由として『近親同士の婚姻で産まれた赤ん坊には奇形や障害を持って産まれる場合が多いから』というような事が言われていますが、実際の所はどうなんでしょうね。検索掛けても詳細なデータが出てきてはくれないし(情報求む)。
 ただ思うのは、例え近親相姦で有っても当人同士が笑って生きていられればそれで良いなと思うんです。大抵の近親物の小説の最後は『天国で幸せになろうねオチ』ですから。

 それではこの辺で。良ければ感想なんぞ、書いてみてやってくださいな。

【第一版:2003/11/07】
【第二版:2005/03/25】

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