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背を向けた自分の耳に聞こえてきたのはザラ隊長の嘆息。先のいざこざに関しての弁解の結果が事実上の交渉拒否だったのだから、まあ無理はないかもしれない。
出会ってからまだまだ短いが、彼が噂──非常に多くの尾鰭の付いた──に聞くほどの人物では無いことは想像に難くない。好人物と言えるだろう。悪い意味で。特に女性に関する話題には。
「馬っ鹿みたい」
私、ルナマリア・ホークは鼻息も荒くザラ隊長の存在を背後に感じながら自室へと続く赤絨毯の敷き詰められた廊下を大股で歩を進める。
──その“女性”の中にやっぱり私は入っていないんだろうな、という失望にも似た感情を胸に秘めながら。
荘厳とも言えるほど分厚い──プラントでは中々見かけることが無い、重い木製のドアを叩きつけるように閉め、制服のボタンを、ドアと同じく荒々しく外していく。
「ああ、もう! 何でこんなに重苦しいのよ、この制服!」
ボタンを外し終え、脱ぎ終わるとベッドに“捨てる”。
彼に対しての態度は、八つ当たりも甚だしいとは自分でも思う。今朝見た光景はラクス・クラインを婚約者とするアスラン・ザラからすれば至極普通で自分が驚きこそすれ、怒りを感じる類のものではないのだ。
休暇中とは言え、同じ舞台の隊員がいる屋敷で“コト”に及ぶのは少しどうかと思うが……一部隊を率いる隊長であり、エリートの象徴でも有る<フェイス>である彼でも自分と年の変わらない少年で、人並みの性欲も有るだろう。しかも相手は軍の皆が羨望を向ける象徴。如何に鋼の意志を持とうとも、あの肉感的な肢体で迫られれば理性という名のモビルスーツから本能が脱出装置で飛び出すだろう。
それはそれは、見ている方が惚れ惚れするぐらいに気持ちよく。──私からすれば彼をカタパルトに固定して海に放出してやりたいが。
「そんなに駄目なのかな」
彼女と年の変わらない私の身体を見ても、彼は何か劣情を抱いてくれたりはしないのだろうか。専用のモビルスーツで降下してきた彼女を見ての動揺を見た事から推察するに会ったのは久し振りのことなのだろう。対して自分は短期間とは言え、常に同じ艦内でコミュニケーションを試みている。
それでも──『人付き合いが苦手だ』と話した彼の言葉は真実で、婚約者への気持ちは、簡単には捨てられないほど強いものなのだろうか。
制服を脱ぎ捨てて、部屋に備え付けされていた姿見に下着姿の自身を投影する。開かれたドアの向こう、ほんの数秒だけ見えた彼女の身体を思い浮かべながら比較してみる。
胸。──僅差で負──、け、た、く、は、な、い、け、れ、ど。恐らく向こうの方が大きいと思う。
腰。──あれはキャミソールの下にコルセットでも付けているのだと自己完結。無理だってあの細さは。うん。
尻。──よし此処は──!
「って勝ってもしょうがないじゃないのー!」
人によっては臀部の大きい女性の方が好みなんて話を聞いたこともあるが、この世の全てには須らくバランスというものが有る。
胸の大きさ、腰の細さで負けて、臀部で勝つということは、彼女と私を身体面で比較してみた場合、私が彼女より優れている部分は無い。つまり。
「分が悪過ぎじゃないの……」
今度は私が溜め息を付く番だった。
相手は一声掛ければ男女問わず心を靡かせる女性。皆の間では戦前の彼女とは雰囲気が変わったというが、身に纏う美しさは不変だ。 もぎたての果実を思わせる瑞々しいまでの輝きを放つ桃色の髪。
セイレーンの如く人々を魅了するガラス細工のような透き通る歌声。こうした美貌を持ちながらも破顔一笑し、兵の皆に大きく手を振る気さくさ。 そして。それらを合わせた上で不動の物となった、あのカリスマ性。 いずれも自分には無いものばかりだ。
髪に至っては一部が昆虫の触覚のように跳ねているし、髪々の隙間から項が見える程の短髪。声は合同訓練の時に教官から『お前の声はよく通るな』と言われたけれど、そんなんじゃ太刀打ちなんて出来るわけも無い(もっとも他の二人があまり大声を出すようなキャラクターでは無かったのだから自然、そう印象付けられたのだろう)。
性格は勝気。これは間違いない。あんな挑発──以外にどう解釈すれば良い?──に乗ってイライラしている事を自覚できるのだから短気も含まれる。 ますます勝ち目が無い。
ラクス・クラインという少女がクイーンとなるべく“女王”の鋳型に流し込まれて生まれた完璧な存在なら。自分は射撃の苦手なモビルスーツパイロットとしての鋳型に流し込まれて生まれた半端な存在なのだろうか。女としても、兵士としても不完全な。
どうすれば良いのだろう。この恋慕と羨望との境界線を行ったり来たりしているような感情に整理を付けるには。どうすればあの人の視線を自分に向けられるのだろう。 どうすればあの人に──、
「──あ……そうか」
浮かんだのは一つの映像。
「私、」
私、あの人の笑った所、見たこと、ない。
社交辞令的な笑顔なら幾度か有る。だけど、本物の、きっと、年相応に声を挙げて笑う彼の笑顔を自分は見たことが無かった。 だから嫉妬したのかもしれない。
昨晩、自分の知らない笑顔を婚約者に向ける彼に。自分の知らない笑顔を向けられた彼女の言葉に。
姿見に視線を向ける。身体でも性格でも負けている自分。だけどもしかしたら──彼女に勝てるものが、自分にも有るかもしれない。
「……よしっ!」
こうしてはいられない。クローゼットに押し込んでいた私服を取り出しコーディネート。選んだ衣服を手早く着込むと私は部屋を飛び出した。こんな所でじっとなんかしていられない。
ラクス・クラインには無く、ルナマリア・ホークだけに有るもの。彼女が気高さを持って彼を引き付けるというのなら、私は彼の笑顔を見る為に頑張る自分を見て貰おう。決して媚びず、決して貶めず、有りの儘の自分を見て貰おう。 それが出来るのは──この私だけだと思うから。
【FIN】
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【2005/03/14:第一版】
【2005/03/17:第二版】
【2005/03/25:第三版】
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