最近のキリコの日課は新聞記事を隅から隅まで目を通すことである。
元々、新聞は読んでいる。
それこそ、英字新聞なども含め何誌も手にしていたのだが、最近は真剣にある文字を探すようになっていた。
ある文字とは『ルパン三世』。
彼の記事が、というか名前すらメディアに載らなくなって数ヶ月経つ。
以前は、新聞に及ばず、雑誌、テレビ、ラジオ、ネット。
あらゆるメディアが彼の起こした事件を報道していたのだが、それが嘘だったかのような現状であった。
最近は「ルパンファミリー解散説」だの、「ルパン三世引退説」などがまことしやかに流れているほど、彼の仕事はピタリと止まっているのだ。
その原因をキリコは知っていた。
そして彼が復帰しない限り、自分が許されることがないことも知っている。
嫉妬に駆られて暴走したあの日以降、BJはキリコと寝ることを拒んだ。
それこそメスを向けてくるほどの拒否だった。
顔を合わせる。口喧嘩する。酒を飲む。会話を楽しむ。
そんな普通の関係はちゃんと継続されているのだが、体に触れたりキスを交わしたりベットインしたり、そんな関係はぶっつりと絶たれた。
そんな雰囲気になりそうになると席を立つ。
どうにか引き止められたとしても、そういう意味で触れようとしただけで拳が飛んでくる。
怒っているのだ、心底。
あのときはキリコの感情を重視して不本意ながらも抵抗をしなかったBJだったが、その後数日間も引き摺った疲労感や倦怠感、そして筋肉痛にじわじわと怒りが湧き上がってきたらしく。
それからは、つれないの一言に尽きた。
冷静になればなるほど自分が一方的に悪いことを自覚したキリコは、そんなBJを責めることは出来なかった。
元々、受ける性でない、という以上にノーマルな男が『男に抱かれる』という行為を甘受してくれてたのだ。
それなのに、暴力に近い行為で強制的に抱いた。
怒るのも当たり前というものである。
会わないなら会わないで何ヶ月も過ごすことがあるから、この数ヶ月セックスできなくても我慢の範囲内だと自分を納得させようとしたが、BJの挑発的な行動にどうしても煽られてしまう。
絶対わざとだと確信できるほど、BJは頻繁にキリコ邸を訪れるし、酔っ払って無防備になるわ、衣服は緩めるわ、目元を酒気で赤らめて視線を送ってくるわ、どうみても誘っているとしか思えない態度をとる。
それなのに。
煽られて手を伸ばそうとすれば、ビシリと拒否される。
まさにご馳走を前にお預けをくらった犬状態の日々がずっと続いているのだ、もう欲求不満もいいとこである。
平伏し謝まり倒した結果、『ルパンが活動を始めたら』とBJは言った。
そう言われて初めて、最近彼の名を聞かないことに気がついた。
BJの意地悪そうな表情に、今回の諸悪の根源のルパン三世になにか仕返しをしたらしきことを理解した。
それがどんなことなのかは知らないし聞かなかったが、あの世間を騒がせまくっているルパン三世が泥棒家業を止めるほどのことなのだ。
きっととんでもない仕返しをしたに違いない。
彼が泥棒家業を再開させるということは、仕返しが終了したということになるのだろう。
それと同時に無体したキリコへの仕返しも終了させるとBJは言っているのだ。
それから毎日のようにキリコは新聞の隅から隅まで目を通す。
彼の名前を見落とさないように必死だ。
誘惑に負けて無理矢理にコトを運べばBJは二度とキリコを許さない。
それがわかっていても修行僧のごとく、誘惑を耐える日々を続けるのはもうそろそろ限界だ。
今日も新聞にはルパンのルの字も載っていなかった。
大きく溜息を吐きながら気分転換にとつけたTVから流れだしたニュースをみて、キリコは顔を輝かせた。
慌ててコートと手に取って、玄関から飛び出した。
行き先はただひとつ。
消し忘れたTVから、たった今入った情報だと同じニュースが繰返し流され続けている。
ワイドショーのコメンターが色々な憶測を語る画面の端には。
『ついに沈黙を破る!ルパン三世からの予告状!』
というテロップが表示されていた。
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