「なんだ、これは」
隻眼の男は険しい表情でBJに詰め寄った。
広げられたシャツの襟を握る手がブルブルと震えているのが伝わってくる。
なんでこんなときに限ってキリコは訪ねてくるんだ。
なんでこんな日に限ってピノコは留守にしているんだ。
タイミングの悪さにBJは心の中で罵った。
怒りの矛先はすべての原因である赤い男に向けられるが、今はそんなことを言っていられる状況ではない。
目の前の男の怒りをどうにかしなくてはならない。
だが、この肌にくっきり残っている忌々しい痕を見た後では、どんな言葉も言い訳にしかならず納得させるのはかなり大変だろう。
自分は被害者なのに。
なんでここまで酷い目に合わなければならないのか。
色々な思考を頭を巡らせていたBJはキリコの問いかけにすぐに反応しなかった。
困ったような表情を浮かべて口ごもったのだ。
キリコの頭にカッと血が昇る。
久しぶりにこの岬の上に立つ一軒屋を訪れたら、運の良いことにお嬢ちゃんは留守だった。
これ幸いと、当たり前のように抱きしめて口付ける。
少し抗うような仕草に「あれ?」と思うが、素直じゃないのはいつものこと。
このまま押し倒してイタシテしまおうか。お嬢ちゃんが帰ってくるまでに終わらせておけばいいのだ。
などと考えながら、首筋に唇を落とそうとした。
そしたら思いかけず強い抵抗を受けて、いつもと違う様子に何かがおかしいと直感が働く。
力づくでジャツを肌蹴させてキリコは呆然とした。
傷あとだらけの肌に残る鬱血した痕。
それもひとつじゃなく、首筋から胸元まで沢山散っていたのだ。
自分じゃない別の誰かがつけたキスマーク。
信じられない思いだが、それは証拠として目の前に突きつけられてる。
BJの様子が少しおかしかったのはこれが原因だったのだ。
体の奥底からどす黒い感情がわきあがってくる。
怒り、嫉妬、めちゃくちゃにしてやりたい衝動。
それに支配されそうになったとき、BJがキリコの手にそっと触れた。
「ちゃんと説明させるか?」
BJの目がキリコの目をじっとみつめる。
困ったような色を乗せているがやましさはいっさいない瞳。
それをみて、キリコは少し落ち着いてくる。
掴んでいた襟を離し、ドサリとソファーに腰を下ろす。
「言ってみろ。最後まで聞いてやる」
そんなキリコをみつめたあと、小さく溜息を吐き、BJは部屋の奥から小さなレコーダーのようなものを持ってきた。
「なんだ、それは」
「俺にもわからん」
「なに?」
あの赤い男が訪ねてきた翌日。小さな小包が届いた。
ムカムカしながらも開けてみると中に入っていたのは小さい機械と
『先生、昨夜はごめんね。反省してまーす。もしも先生の恋人が怒っちゃったらこれを聞かせてあげるといいよ。因みにこれは一回再生したらデータ消去するので気をつけてね』
と書かれたメモ。
あの男が何を録音しているのか確認できてない。
でもどんな内容だったとしても、説明するきっかけにはなる。
「とりあえず、聞け」
とんでもないことを言い出さなければいいが。
だがいくらなんでも反省しているとこんなものを送ってきたのだ。
それなりのものが録音されているはずだ。
・・・と信じたい。
BJは再生ボタンを押し、机の上に置いた。
キリコは訳がわからないまでも、そこから流れてきた知らない男の声に耳を傾けた。
『あーセンセの恋人さん、聞いてますか〜?俺は知る人ぞ知る、ルパーン三世』
「は?」
間抜けな声が出る。
聞いたことのある大泥棒の名前であるが、なぜその名前が今ここにでてくるのか。
『センセの神技でチクチク縫ってもらって復活を果たしました』
ああ、成程。そういうことかと納得する。
そんなキリコの様子をみながら、BJは彼が何を言い出すのか内心ハラハラしていた。
『そのお礼に参上したわけなんだけんども、センセの寝顔についムラムラしちゃって悪戯しちゃいました。ごめんね〜』
ピキッとキリコの体が震える。目つきも鋭くなる。
まるで親の敵みたく、レコーダーを睨みつけた。
『でも悪戯したのはちょこっとです。ABCでいうとBのさわりくらいなのでご安心を』
あのキスマークはこの男がつけたということか。
この言葉を信用するとして、Bのさわりくらいということはそこまえ際どい状況にはならなかったということか。
安心していいのか怒っていいのかわからないが、とりあえずキリコの体から力が抜けた。
『最後までイッチャってもいいかな〜と思ったんだけど、センセが泣いて嫌がるからさ』
「泣いてないっ」
BJがすかさす反論する。
『ちゅーして、ちょっと舐めて、乳首を吸っただけでーす』
意味は違えども同じ反応。
ビキッとふたりの体が硬直した。
キリコのコメカミに薄くではあるが血管が浮き上がる。
『俺が一方的に襲っただけで浮気じゃないから怒らないでね。喧嘩もしちゃ駄目ですよ』
『ということで!ルパン三世でした〜v』
まったく悪びれた様子もないテンションの高い男の声がようやく途絶える。
つまり。
BJの意志に関わらず、このルパンという男に押し倒されキスマークをつけられたということか。
聞く限り、BJは嫌がり抵抗したようだ。
「犬に噛まれたようなもの」だということか、とキリコが諦め半分で納得しかけたとき。
再び男の声が流れ出す。
『あ、言い忘れてた。ぴーえす。』
『俺、男全然駄目なんだけどセンセの色香にちょっと惑わされてしまいました。気をつけないといつか男に喰われちゃうよ、センセ!』
レコーダーがプスプスと燻りはじめ、ポンッと小さく爆発した。
一回しか再生できないという説明通り、これで終わりだということだろう。
キリコは俯いてしばらくじっとしていたが、ゆっくりと立ち上がりBJへ近づいていった。
「話はよくわかった」
「・・・」
あのふざけた説明で納得したのかと、訝しがりながらBJは眉を寄せた。
だが、浮気疑惑が消えたのなら文句はない。
そう思った次の瞬間。
両肩に乗せられたキリコの手がシャツを握り、一気に引き下がった。
ボタンがとんでBJの上半身が露になる。
「なっ」
驚くBJの両腕を掴んで、晒された上半身をキリコは観察するように眺めた。
確かに沢山散らされたキスマークは首筋から胸に散らされているが、胸から下にはひとつもついてない。
あの男の言ったことに嘘はないのだろう。
だが、今キリコを襲っている怒りのような苛立ちは、いつまで経っても無防備なBJに対するものだった。
掴んだ腕を離し、BJのズボンに手をかける。
その動きは間違いなくズボンを脱がそうとしていることに気がついて、BJは逃げようとあとずさった。
「何をするんだっ」
「本当に最後までいってないか確かめるんだよ」
そう吐き捨ててキリコは少し乱暴にBJをソファーに押し倒した。
「ちょっと待てっ」
キリコのことだから、こういう行動に移る可能性が高いと思っていたが、まさかこんな真昼間からリビングのソファーでコトに及ぼうとするとは思ってみなかったBJは慌てて抵抗する。
「体の隅から隅まで、いや奥までしっかりと確認させてもらうぜ」
「ばか、こんな所でっ」
「男に襲われたくないなら・・・その無防備さをどうにかするんだな。そんなだからルパンとかいう男にそんなことされるんだ」
口元はニヤリと笑の形をとっているが目は笑っていない。
「抵抗するとその分長引くぜ。お嬢ちゃんに見られたくないなら大人しくしてろ」
怖ろしげなことを耳元で低く呟いてキリコはズボンのファスナーを引き下げた。
「せ、せめて寝室に」
BJの懇願は聞き入れられることなく、キリコの検査は開始される。
俺は被害者なのになんでこんな目に合わなくてはいけないのか。
無防備なせいだというが寝込みを襲われてどうしろというんだ。
言いたいことは沢山あるが、今キリコを刺激したらどんなことになるかわからない。
とにかく早く済ませなくてはとBJは諦めて抵抗を消し、心の中で赤い男を罵りながら、キリコの執拗な愛撫を身に受けたのだった。
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