告白された虎徹がワヤワヤする話


さて、どうしたものかと虎徹は考える。
昨夜からずっとそのことばかりを考えている。おかげで寝不足だ。
いつもあまり捗らないディスクワークが今日は更に捗っていない。
前に座るおばちゃんの視線がビシバシ刺さって痛い。
視線の痛みに耐えかねて首を竦ませてはキーボードを叩こうとするものの、数タッチですぐに手が止まる。
それどころか思考に囚われるあまり、まるで石になったかの如くすべての動きがピタリと止まる。
そしてまたおばちゃんに睨みつけられて、ハッと我に返る。
ずっとその繰り返しだ。


すべての起こりは昨夜。
出動回数の多さに押され、溜めに溜め捲くった月末締めの書類作成がようやく終ったのは深夜に近い時間だった。
『出動は関係ありませんよね。僕はほとんど終わっていますよ』
バーナビーは呆れた顔をしたものの、なんだかんだ言って手伝ってくれた。
彼のヘルプがなければ日付が変っても半分も終わらせることが出来なかっただろう。
持つべきものは優秀な相棒である。
とはいえ、出逢った頃のバーナビーでは考えられないことだ。
若造の失礼で冷たい態度にもめげず鋼の精神力で接し続けて、少しずつ得ていった信頼は現在ちゃんと形になっている。
出動時の連携もうまくいく。一緒にランチを取ったり飲みに行ったりとプライベートでも仲がいい。
いまや自他共に認めるヒーロー界の『バディ』だ。
差し出されたコーヒーを受け取りながら虎徹は礼を言って相棒に笑いかけた。
こんな小さな気遣いが嬉しい。
バーナビーが持って来てくれたコーヒーを飲み終わって、さて帰宅しようかと立ち上がった、そのとき。


そこまで回想して虎徹はぶんぶんと頭を振った。
駄目だ、駄目だ、これ以上思い出しては。
心臓に悪い、心拍数があがって呼吸困難、挙句に血圧もあがって、倒れそうだ。
思い出さないことが一番。
そう思うのに。
気がつくと横で快適にキータッチしている相棒を盗み見ている。

あの顔、あの腕、あの胸、そしてあの唇が。

あ、しまった、思い出してしまった。
虎徹は慌てて視線をパソコン画面に戻した。
体温があがって呼吸が乱れそうになるのを深呼吸して押さえ込む。
頭がくらくらする。酸素が足りないような気がする。
昨夜は一睡もしてなくって寝不足なのに、全然眠くならない。
それどころか頭が冴え渡ってしまって、昨夜のことがより鮮明に思い出されてしまう。

さて、どうしたものかと虎徹は考える。
一番良いのはなかったことにしてしまうことではないだろうか。
という、完全に逃げの後ろ向きな結論に至りそうだ。

最初はバーナビーが自分をからかっていたのだと結論付けようとしたが無理だった。
あのときの、あの表情、あの言葉、あの瞳。
全身で、本気だと嘘偽りはないと、言っていた。
どんな不機嫌なときでもカメラの前ではハンサムフェイスでマスコミ向けの笑顔を振りまく男だ。
あれも演技であったという可能性は無きにしも非ず。
だが、虎徹はバーナビーがそこまで悪質なことをするとは思わなかった。
となると、あの言葉は本気ということになる。

嫌だとか、迷惑だとか、気持ち悪いとか。
そういう感情は一切湧かない。
ただ単に、困る。
のだ。
今更、どうしろというのだ。
左の指輪は外せない、外す気など更々ない。未だに胸の奥では妻への想いが燻っている。
つまり、どうすることも出来ないということだ。

昨夜のことは忘れてしまおう。
バーナビーには悪いが、記憶からさくっと消去していつもの自分に、いつもの関係に戻ろう。
虎徹はパソコン画面を親の敵みたく睨みつけながら、そう決心した。

「虎徹さん」

当の本人から名前を呼ばれて、虎徹は弾かれたように顔をあげた。
いつの間にかバーナビーは椅子から立ち上がり、虎徹をみつめている。

また、心臓が跳ねる。
だが、忘れてしまうことにしたのだ、と虎徹は己に言い聞かせる。

「僕は取材なのでもう行きますが、貴方はランチはいいんですか?」

そう言われて周りを見渡すと、シンと静まった部屋にはふたりしかいない。
すでに昼休みに突入していたらしい。
いつの間にこんな時刻に?
と驚きつつ、考え過ぎて仕事をしてない!と慌てて机の上をみると、無常にも書類が増えている。
昨夜減らしたばかりなのにおかしい。

そんな虎徹を見つめながら、バーナビーは困ったように微笑んで「虎徹さん」とまた名前を呼んだ。
答えを求められたら困る。忘れたのだ、昨日のことはすっかり記憶から抹消だ。
だからそれをバーナビーにも伝えなくてはならない。
だから。
「昨夜のことですが」
バーナビーがゆっくりと切り出したときにすぐ「忘れた!」と言って話を遮ろうとしたのだが。
虎徹の口が「わ」の字を作るよりも早く、バーナビーは続けた。

「忘れてください」

え?と、虎徹の体が固まる。
こいつは今、なんて言った?
驚いた表情の虎徹を見て、バーナビーはもう一度繰り返した。

「昨夜のことは忘れてください」

忘れて・・・ください?
虎徹の脳内にようやくバーナビーの言葉が伝達される。
その瞬間、ガッと感情が爆発した。
忘れてください、だと?

『貴方が好きです』と言った言葉を?
ゆるりと抱き締めてきた腕と胸の感触を?
掠めるように触れられた唇の柔らかさを?

たった一晩で、前言撤回すると言うのか?
人を散々悩ませておいて、なかったことにしてくれというのか。
なんだ、それは!?なんなんだ!!

なかったことにしてしまおうと思っていたことも忘れて、虎徹はバーナビーが発した言葉に激怒した。

「虎徹さん・・・昨夜の僕の」
「誰が忘れるか!!!」

繰り返されようとするバーナビーの言葉を虎徹は叫ぶことで遮った。
忘れるものか。
あの顔、あの腕、あの胸、そしてあの唇。
絶対、忘れるものか、勝手に告白してきてさっさとそれを引っ込めようとするなんてふざけるな。
この年になってまるで小娘みたいに戸惑い悩んで羞恥した自分をどうしてくれる。
怒りのままに目の前の相棒を睨みつける。
そんな虎徹に、バーナビーは戸惑うでもなく困るでもなく、嬉しそうに笑った。

「ええ、忘れないでください。」
「え?」

虎徹の言葉を肯定するバーナビーに、怒りが削がれる。
事の流れを理解できず、驚き呆ける虎徹にバーナビーは満足そうな声で言った。

「なかったことなんかにしないでくださいね?僕が貴方を好きだということをきちんと心に留めておいてください」

バーナビーはニッコリと微笑んで虎徹の手をとると、甲にそっと口付けた。
「なっ!?」
驚いた虎徹は手を振り払いながら飛び退く。体が机にぶつかり書類がバサバサと散らばった。
「では、また明日。今夜はちゃんとぐっすり眠れるといいですね」
そんな虎徹を楽しげにそして愛しげに見つめてから、バーナビーは軽い足取りで部屋を出て行った。
残されたのは全身真赤になった虎徹がひとり。

「まずは意識して貰わないとね」

今日の虎徹の様子から、全然脈がないわけではないと悟った。
ならば、あとは押しの一手あるのみ。
バーナビーはクスクスと笑いながらそう呟いたのだった。
 

 
  

 

 




■あとがき

バーナビーに告白された虎徹がなかったことにしようとしてワヤワヤして墓穴をほる話(笑)





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