おじさんの変装とその髭


『逢魔ヶ時』という言葉を知っているだろうか。
この日本語を僕が虎徹さんに教えてもらったのは随分前のことだ。
昼と夜との境目の時刻、光と闇が混ざり合う夕暮れ時、この世ならざるもの、不思議なもの、魔と出逢う時間。
独特な感性と感覚を持つ日本らしいと言葉だと、そのとき僕は妙に納得してしまった。
教えて貰うに至る切欠は忘れてしまったけれどこの言葉と意味は僕の心に印象深く刻み込まれた。

そんな不思議な言葉が、ぴったりと当てはまることが今起こっている。
僕はなんとタイムスリップというものを経験しているのだ。
 
復讐に燃え、両親を殺した犯人を追うことだけが人生のすべてだった僕は、20年を経ても辿りつけない犯人への手掛かりを求め、最期の手段として顔出しヒーローになった。
父の名を継ぎ、顔を晒し、それを大々的に世間に広めることによって少しでも手掛かりを掴もうとした。
プライベートと引き替えにすることにまったく抵抗はなかったし、あのときの判断は今でも後悔していない。
けれど、ウロボロスという謎は残っているものの犯人に辿りつき既にライフワークと化していた復讐を終えることが出来て、数ヶ月。
最近になって顔出しヒーローの宿命であるプライベートの皆無が少し苦痛になってきていた。
世界が広がったような清清しい気持ちになった僕は、今までしてこなかった色々なことに興味を持ちチャレンジしようとしたが、一歩表に出れば皆が僕を知っているこの街では、一挙一動がチェックされあまつさえネットに晒されてしまうのだ。ヘタなことが出来ない。
あんなアイパッチひとつで正体を隠せてしまえる虎徹さんが心底羨ましい。
まあ、本当に隠せているのかは不明だけど、少なくともアイパッチをしていないときの虎徹さんが市民に声をかけられているのを見たことはない。
じゃあ、どうしたらいいのか。僕は考え、結論を出した。
ヒントはブルーローズ、ドラゴンキッド。
彼女達はプロフィールや本名こそ公表していないが、他の男性ヒーロー陣と違って顔を隠していない。
フルフェイススーツやマスクを装着せず素顔のままだ。それなのに彼女達はちゃんとプライベートが守られている。
理由はメイクや髪型、そして衣装。それらすべてが普段の彼女達と異なり、結果同一人物に見えないのだ。
顔出しヒーローの僕もそれと同じことをすればいい。
つまり、簡単にいえば変装だ。
特徴的な髪を縛り、眼鏡を度入りのサングラスにして、イメージカラーになりつつある赤主体の衣服を別の色とタイプの異なるものに変える。
それだけで僕のプライベートは随分確保されるようになった。

手足を投げ出し、ベンチにだらしなく座って、赤い夕焼けの中を流れていく雲を見上げる。
夕暮れ時の公園のベンチに腰をおろしぼんやりとしている僕がバーナビーであることに誰も気がつかない。
ヒーローになってからは散歩することすら難しかったことを考えれば、信じられないほどの開放感だ。
公園の隅でドリンクやホットドックを売っていた屋台も店じまいを始めている。
家路を急ぐ人達が目の前を通り過ぎていく。
会社帰りの男性や、子供連れの母親、ボールを転がしながら走る小学生くらいの男の子たち。
真っ直ぐに家に帰るのだろうか、それとも飲みに行くのかな?携帯片手に足早に歩く男を見てそう思う。
あの買物袋をぶら提げた老夫婦は仲良く今から夕食を作るのだろうか。
日が翳って寒くなっているのにまだ遊び足りないような子供達もそろそろ帰らなければ母親に怒られるんじゃないかな。
どうでもいいことを徒然と考えながら、ちょっとした人間ウォッチング。
そんな僕の視界に若い男が入ってきた。

フード付の黒いパーカー、洗いざらしっぽいジーンズにスニーカー。頭には野球帽。
服はノーブランドで新品ではなさそうだけれど清潔感溢れている。
野球帽に書かれてあるチーム名はたしか10年くらい前に買収されてなくなったはずだ。
ベースボールに興味はなかったけど、資金難で買収されたもののチーム名を一部引き継ぐ契約だったのに、それが履行されずに新しい運営会社名を含む名前に改名されそうになって、ファンやベースボール関係者が騒ぎ出し、ワイドショーなどで連日報道されていたので覚えている。
そんな平々凡々な衣服を身に着けている男になぜ意識が向いたのかといえば、見覚えのある顔だったからだ。

年の頃は僕より少し上、20代後半といったところ。
オリエンタルの風貌で黒々とした長めの髪を野球帽の中にギュッギュと納めている。
スタイルが良く、腰位置が高く足も細く長い。
ポケットに手を入れているせいか、ちょっと猫背でちょっとガニ股。
すごく見知っている、というより、毎日見ている姿だ。

僕の相棒のおじさん。虎徹さん。

でも違う、いつもと違う。
服装がラフなのは、休日なのだからという理由で納得できる。
でも違う、顔が違うのだ。
若い、すごく若い。どうみても僕と同じくらいだ。
なんといっても、僕に言わせれば微妙な、虎徹さんに言わせればワイルドで格好いいという、あの髭が・・・ない。
顎がつるんとしている。つるつるしている。あのニャンコ二匹が生息していない。
虎徹さんが髭を剃るとは思えないし、考えられない。
剃れと僕が言う度に繰り広げられる熱い髭トーク。
レジェンドにリスペクトしているとか、この形に意味があるとか、挙句にヒーローの条件に髭を加えるべきだとか、延々と語り続ける彼にとって髭はある意味アイデンティティー。
というか、髭=虎徹さん、虎徹さん=髭、と言ってしまっていいかもしれない。
髭とおじさんは一心同体、髭と虎徹さんは同一人物。

・・・ってマズイ、思考がちょっと跳んだ。
そのくらい目の前の状況についていけてなかった。
この髭のない、若々しい虎徹さんはなんなのだろう。
そっくりさんとかのレベルじゃない。
あの動き、あの顔、あの仕草、若いというのを差し引けば虎徹さん以外有り得ない。
気持ち良さそうに気分よさそうに歩いている彼は、一瞬だけど僕をチラリと見た。
それなのになんの反応もせず、視線をそらし歩いていく。
自然すぎるその表情や動作は知らん振りだとか無視しているというものではなく、ただ公園ですれ違っただけの他人に対するものと同じだ。
つまり、この虎徹さんは僕を知らないということになる。

僕のことを知らない虎徹さん。
髭がなく若々しい虎徹さん。
見たことのないラフな格好をしている虎徹さん。
野球帽は10年以上前になくなったチームのもの。

これらのことから、半分パニックを起こしているとはいえ元々超優秀な僕の頭脳が導き出した答えは。
僕が10年前にタイムスリップ。
虎徹さんが10年後にタイムスリップ。
そのどちらかだ。

NEXTの仕業だろうかとも思ったが、そんな能力聞いたことないし、万が一存在した場合、政府の監視下におかれていそうだ。
そしてすぐに思い出したのが、虎徹さんが以前教えてくれた『逢魔ヶ時』という言葉。
虎徹さん日系だし。
『逢魔ヶ時』という言葉は日本の言葉だし。
そういうことかもしれない。
というより、絶対そういうことだ。

目の前を通り過ぎていく若かりし日の虎徹さんを眺める。
髭がない虎徹さんは新鮮だ。
見慣れない服を身に着けているのも新鮮だし、ラフなだけにちょっと可愛らしくみえないこともない。
声はどうだろう、今と同じだろうか、それともちょっと若い感じなのかな。
10年前はすでに虎徹さんはヒーローデビューしていたから、この虎徹さんはもうヒーローなんだ。
デビューして1年?2年?キャリアは僕と同じくらいかな?

キャーーーーーーーーー!!

遠くから女性の悲鳴。
反射的に僕はベンチから立ち上がって、悲鳴の聞こえた方に顔を向けた。

誰かーーーーーーーーー!!

間違いない、なにか事件だ。
僕が駆け出そうとしたその目の前で虎徹さんは既に走り出していた。

1歩目と2歩目で。
パーカーを野球帽ごと脱いで植え込みに投げ入れた。
下から現れたのは緑のシャツ。タイとベストはないが、とても見慣れた服だ。

3歩目と4歩目で。
胸ポケットからアイパッチを取り出し目元に装着した。
鏑木・T・虎徹からワイルドタイガーへの変身。迷いのないいつもの行動。

5歩目と6歩目で。
ジーンズの両ポケットにそれぞれ親指と人差し指を突っ込んで取り出したものを顎に貼り付けた。
顎にはニャンコ髭。

・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
顎・・・には・・・ニャンコ・・・髭?
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
顎には・・・ニャンコ髭!?!?!?!?!


「こ、ここここここっ虎徹さん!?!?!?」


すでにトップスピードに乗って走り去っていく背中は、僕の相棒、間違いなくいつもの、アラフォーのワイルドタイガー!!


僕の叫び声にチラリと顔を向けた虎徹さんの眼が驚いたように見開かれ、唇が「あ、ヤベ」と動いたのを僕は見た。
確かに見た!
驚くのは僕の方だ、
ヤベってなんですか、
どういうことなんですか、
その髭はなんですか、
いったいどうなっているんですか、
付髭だったんですか、
あんなに熱く髭トークを語ってたのに本物じゃなかったんですか、
僕にも髭を生やせとか言っておいて、
自分は偽物だなんてありなんですか、
よくも騙してくれてましたね!?!?


問い詰めたい衝動をどうにか抑え込み、僕も変装を毟り取りヒーローとしてすぐに走り出した。
つもりだったんだけど。
僕が現場に辿り着いたときには既に事件は解決し、ひったくり犯は警察に引き取られたあとで、虎徹さんの姿はなかった。
彼に続いて走り出したはずだったのに、随分時間は過ぎていたらしく。
その間の記憶が跳んでしまっている。
狐につままれた気分で髭なし虎徹さんと遭遇した場所へ戻り植え込みを探してみたけど、脱ぎ捨てられたはずのパーカーはなかった。


・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やっぱり僕がタイムスリップしていただけなの・・・かな?
 

 
  

 

 




■あとがき

髭のないおじさんを発見して混乱するバーナビーの話。少々残念メンタル絹ごし風。
虎徹氏の髭が付け髭だったら面白いなーと思っただけです、ハイ(^ー^)





戻る


楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル