虎徹は呆然としていた。
ショックのあまりいったい何が起こったのか、よく理解できていなかった。
ずっと彼の頭の中をぐるぐる回っていたのは「なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ」、それだけだ。
目を反らすことは元々許されていなかったが、体も思考もフリーズした状態では目を反らすということすら忘れていた。
『なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ』
そのループする思考がようやく破られる。
ドアを閉めた青年が去っていき徐々に視界が暗くなったことで、すべてが終わったことを理解したからだ。
『いったいどういうことだよ、これ』
遠くでぼんやりと思考が動き出す。
硬直した体はそのままだったが、脳は少しずつ少しずつ今起こったことを反芻しはじめた。
オリエンタル系の黒髪男はタイガーと呼ばれていた。
身に着けたアンダースーツはチャチな作りだったが、髪型も特徴的な髭も一緒でご丁寧にアイパッチまでつけていた。
白人の金髪青年はバニーと呼ばれていた。
顔全体のアップはなかったが、跳ねた金色の髪や丁寧な口調はバーナビーをいやでも彷彿させる。
つまり今、目の前で繰り広げられたのは「タイガー」と「バーナビー」の男同士のセックス。
・・・それもレイプ。
『これってどうなの。これってどうよ!?
著作権・・・じゃなくって、なんだっけ?肖像権?そんなん問題あるんじゃねぇの?いや、絶対問題だろ、コレ。
タイガーとバニーって俺たちそのまんまじゃん!ビジュアルだけならともかく呼び名まで一緒っておかしいだろ?!つうか、なんで俺とバニーちゃんがセセセセセッックス!しなくっちゃならないんだよ。訴えるべきだよね?訴えて勝てるレベルだよね、これ。ロイズさんにお願いして正式な手続きして苦情言って貰うか?
あ、でもそうなるとコレを見せなくっちゃいけないってことになっちまう。ロイズさんに俺たちのセック・・・いやいや違うって!いくら名前を使われてても「俺たち」じゃねぇし!』
ようやく正気に戻り、同時にパニックを起こし始めていた虎徹の目に新たな情報が飛び込んでくる。
ブラックアウトしたはずの画面が一転し【次回予告!】という文字が表示されたのだ。
パッと現れたのは例のオリエンタルの男。
バストアップだけだが服は身に着けておらず、顔や髪にべっとりと白い液体がかかっている。
口淫を強制されたのか、表情は空ろで唇の端からも同じく白い液体が流れ落ちていた。
そして男の横に【MILD 大河】という文字が。
ご丁寧に大河は漢字で書かれていて「TAIGA」とルビがふってある。
『はぁぁぁ?WをMを変えたってか!?つうか、大河ってなんだよ、大河って誰だよ、日系設定か!?あくまでもタイガーとは言ってねえよって言い張るつもりなのか!?』
思わず突っ込む虎徹の前で、画面が切り替わり今度は金髪白人の青年の後ろ姿が映る。
鍛えられた背中から後頭部へと舐めるようなカメラワークのあと、少し横向いたその口元と金髪がアップになる。
オリエンタルの男と違って顔はしっかりと映らない。
そして現れたのは【バニ・ビック.Jr】の文字。
『ははは、バニね、バニ。バニーじゃないってか。つうか、ビックジュニアってなんだよ、ビックなのかジュニアなのかどっちかにしろってーの!バニ・ビック・JrでBBJって、うまいこと言ったつもりになってるんじゃねぇぞ!』
もうどこから突っ込めばいいのかわからない。
声にこそ出てないが突っ込み続ける虎徹の前で、場面がまた展開した。
【BBJが去った医務室に偶然やってきた男達】
医務室のドアが開かれて三人の男が入ってくる。ひとりは手に軽い怪我をしているようだ。
「おいっ、みろよ!」
シャッと仕切りのカーテンが広げられ、そこにはレイプされ気を失ったままの大河が。
三人の男が舌なめずりをして近づいていく。
【犯される大河!ハードな4Pに初挑戦!!】
全裸の大河が男達に押さえつけられている。
薬の効果が切れてきたのか懸命に抵抗しているがそれはとても弱弱しく、男達を退けることができない。
【前から!後ろから!!上から!下から!!】
パパパッ、と短いワンショットが切り替わる。
背後から貫かれ口にも突き込まれているショット。
両手と口で3本の性器に奉仕するショット。
座位で犯されながら口淫を受けているショット。
そして2本同時に挿入されようとしているショット。
【禁断の快楽地獄に大河はどこまで耐えられるのか!?そしてBBJは!?】
バンと大きな音を立てて開かれたドア。
青年の肩越しにベッドのうえで3人の男に犯されている大河が映る。
【乞う!ご期待!】
デカデカとした飾り文字を表示したあと、今度こそ映像は終わった。
何も映さないTV画面。
シーンと静けさに部屋が満たされた数秒後。
「っっ!!だぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!!!」
虎徹は髪を掻きまわし、湧き上がってくる怒りとも羞恥とも悔しさともわからない感情を迸らせるように叫びだした。
頭を抱え咆哮しながら天を向く。
どこからどうみても虎徹をモデルにしたゲイアダルトだった。
それも相手はバディであるBBJ似の青年。
薬を盛られ、自由を奪われ、NEXT能力も封じられレイプされていた。
こんなもんどこに需要あるんだと問いたいが、実際に実在するのだからどこかに需要があるのだろう。
つまりこれを観てシコる男がこの世に存在しているということだ。
「なんでこうなったーーーーーーーーーーーっ!!!」
虎徹は叫ぶだけ叫ぶと、糸が切れたようにソファーに倒れこんだ。
*
バーナビーは耐えていた。
耐えて、耐えて、耐え続けていた。
逃げ出すことは許されていなかったが、それを別にしても目を背けることが出来なかった。
画面に映し出されているのはゲイアダルト。
それもタイガーと呼ばれる虎徹似の男が、バニーと呼ばれる自分似の男に犯されるストーリーだ。
無防備すぎて薬を盛られるとか。
体の自由が効かなければハンドレットパワーなど役に立たないとか。
男を煽る躯つきをしているとか。
いつ誰に襲われても知らないぞとか。
性犯罪者は何をするかわからないんだからとか。
ヒーロー古参組が虎徹に散々忠告していたことが集約されている内容だった。
百聞は一見にしかず。
その言葉の通りの効果を虎徹に与えることが出来そうだ。
だが。
だからいって相手役のモデルが自分でなくてもいいのではないか、とバーナビーはこれをチョイスしたネイサンを恨む。
この作品の主役はタイガーだ。
いかに彼を攻めたて、陵辱するかに重きがおいてある。
その証拠に、相手役の男はほとんど映っていない。
手だけとか、口元とか、背後からのショットとか、あくまでカメラの中心はタイガーだ。
まあ、自分ほどの美形を用意することが出来なかったのも一因だろうが。
それにしてもタイガー役の俳優はかなり虎徹に似ている。
体も鍛えられているし(虎徹の細腰は再現できなかったようだが)、顔の作りや、言葉使いや声の調子もうまく似せている。
バーナビーでさえ、一瞬本物ではないかと錯覚させられることがあったのだから、素人はもっと簡単に錯覚するはずだ。
それにカメラワークが特殊だった。
タチの男の全身をほとんど映さず躯の部位だけ映すその手法は、タチ=視聴者視点で作られていて、観ている側が自分自身でタイガーを犯しているような気分にさせるものだ。
ヒーローであるワイルドタイガーの自由を奪い、組み敷いて愛撫を与えレイプする。
擬似的なそれは普通のアダルトより衝撃的で興奮を煽るものだ。
こんなものが発売され、マニアックな男達の手に渡り、視聴され使われていると思うと気分が悪い。
バーナビーは顔出しヒーローだ。造詣は自分で言うのもなんだが整っている。
予想できる通り、バーナビーをモデルにしたアダルトモノも作られネット上で発売されている。
だが美形でネタにしやすいバーナビーモノより、ワイルドタイガーモノの方がはるかに多いのだ。
目に見えるヒーロー人気からいくとどこに需要があるのかと問いたいところだが、とにかく作品数が半端ない。
類似品の多さは売り上げ減に繋がる。そこで業者間の切磋琢磨が始まり、結果本物に近い俳優を使い豊富なシュチュエーションに沿った作品が量産されるようになった。
その中でも人気の高いシリーズが、今視聴している作品だ。
存在は知っていたが、いくらなんでも観たことはなかった。
好奇心を擽られなかったとは言わないが、心の奥底から警告してくる何かがあった。
だから本能に従って絶対観るつもりはなかったのに。
観てしまった。
バディーだから、虎徹への警告の意味を理解できるから、それだけの理由で虎徹のお目付け役にされた。
その役目はファイヤーエンブレムでもロックバイソンでも良かったはずなのに。
「一番迷惑をこうむるのはバディーであるハンサムでしょ?それにいいの?このままじゃ、タイガー本当に誰かに食われちゃうわよ。私は別にいいのよ、実害はないし。でもアンタは違うでしょ?ホントにいいの?大事なバディーなんでしょう?」
貴様、脅迫か!
意味深に微笑みながら記録媒体を差し出すネイサン相手に心の中で叫んだが、結局受け取ってしまった。
なんで、僕が。
なんで、僕まで。
そう思うが、どうしても拒絶しきれなかった。
その結果。
ワイルドタイガーとバーナビーをモデルにしたゲイアダルトを鑑賞するハメに陥ったのだ。
それも虎徹の隣という特等席で。
*
僕の家でなくって本当によかった。
バーナビーは画面の中で喘ぐ男を見つめながらしみじみと思った。
虎徹宅の、ちょっと粒子が粗く画面が小さいテレビでもこれだけインパクトがあるのだ。
もし、自宅の性能の良いあの大画面でコレを観ていたら、とんでもないことになるところだった。
いや、既に充分とんでもないことになっているのだが。
だいたい悪いのは虎徹だ。
ぜんぶぜんぶ虎徹が悪い。
最初は不審そうに不思議そうにしてTVの前に座った虎徹は、自分たちに似た男優を見て
「あ、コレもしかしてタイガー&バーナビーをモデルにしたヒーローモノ!?こんなんがあったんだ!」
と、嬉しそうに身を乗り出して鑑賞し始めた。
しかし不穏になるストーリーに、乱立するエロフラグに、
「なに?これ、バニーちゃん、これっいったい・・・」
と、戸惑い出し、タイガー役の男が青年に押し倒されるに至ってようやくこれがなんなのか理解したらしい。
怒ることも恥ずかしがることも逃げることも忘れ、呆然とTVを見続けている虎徹はきっと思考が完全にフリーズしてしまったのだろう。
そして画面の中の男が弄られ喘ぎ犯され啼くごとに
「ひっ」だの
「なっ!?」だの
「あっ」だの
反応するのだ。
まるで犯される男にシンクロするように。
バーナビーでさえ錯覚しそうなほど虎徹に似た男優。
タチ視点のカメラワーク。
それなりに似ているタチ役の青年の体の部位。
自分たちをモデルにしたゲイアダルト。
隣からは虎徹の、本物の虎徹が発する声。
いくらそのケがないといえど。
四半世紀の人生の中で男を恋愛対象としてみたことは一度もなかったといえど。
最近は虎徹に対する古参組の忠告の意味がわかるようになってしまっていたのだ。
つまり、虎徹に対し大なり小なり性的な要素を見い出していたということで。
その結果。
本人の意思に反して躯が反応してしまった。
股間の愚息が起き上がり布を押し上げていて・・・はっきり言って少々痛い。
いや、痛いのは股間だけではない。心も相当痛い。
なんで、男同士のセックスをみて勃起しなくてはいけないのか。
なんで、こんなおじさんを相手に勃起しなくてはいけないのか。
全部虎徹のせいだ、と責任転換したいが、反応したのは紛れもなく自分自身。
死にたい。
それが出来ないなら、もう開き直るしかない。
なかなかハードな内容の予告編が終わり、ようやく我に返ったのか虎徹が叫び出した。
頭を抱えて絶叫している。
気持ちはわかる、充分わかるが、自分の気持ちもわかって欲しいものだ。
さて、これからどうすべきか。
半分パニックに陥っている虎徹が正気に戻る前に、こっそりトイレで処理してそ知らぬ顔をするか。
勃起していることを知らしめて「ノーマルな僕でもこんなにことになるのだから」と古参組の忠告に更に現実味を持たせるか。
どっちにしろバーナビーにとっては最低最悪、人生の汚点だ。
二者択一なら正解は前者だと思うのが、毒を食らわば皿までという日本の諺通りに後者を取るか。
いくらバディーとはいえ、虎徹のためとはいえ、なんで僕がここまでしなくちゃいけないのか。
ガクリとこうべを下げたバーナビーの視界に入るのは、テントを張った股間。
グリーンの瞳に涙が浮かび視界が霞む。
とにかく逃げは許されない。
どちらかを選択しなくては。
タイムリミットは虎徹が正気に戻るまで。
バーナビーは死にたい気分をどうにか押しとどめ、悩みに悩んだ。
*
「あら、タイガー。ねぇねぇ、アレ、どうだった?」
トレーニングセンターのロッカールームで虎徹と顔を合わせた途端、ネイサンは挨拶も抜きで問うてきた。
含みのある笑みを浮かべ、大きな瞳は興味津々といった色を浮かべキラキラしている。
「最悪」
不機嫌を隠すことなく吐き出すように言った虎徹に、ネイサンはゆっくり近づく。
「最悪って・・・・・・どれが?」
どれと聞かれても虎徹は何も答えない。
完全に無視を決め込んで、ロッカーを開け着替えはじめる。
「ちょっとーー、答えなさいよ、見せたかいがないじゃない」
くねくねぐりぐりと体を押しつけてくるネイサンを片手で押し返し、じろりと睨みつける。
寝不足なのか目元が腫れている。
顔色も少々悪い。
いつもの元気溌剌さがなく、怒りと不機嫌が混ざった表情の奥に疲れが浮かんでいる。
「それとも・・・他になにかあった?」
「・・・他ってなんだよ」
「それを聞いてるのよ」
バンッ
大きな音を立てロッカーを閉めた虎徹はネイサンに向き直った。
「よくもあんなもの見せてくれたな」
「アーラ、アンタのためよ?どんなに忠告しても聞く耳持たないからいけないのよ?」
それは確かだ。
男に性的な眼で見られているから気をつけろなんて言われても、中年男になにいってやがるんだくらいにしか思わず、最近はすっかりただのネタと化していた。
右から左に聞き流して無視。よくってもカカカと笑い飛ばす程度だったのだが。
「今後はモノズキや変態がいるってことを心に留めます。・・・ってこれでいいか!」
やけっぱちな感は否めないが、少しは役に立ったらしいとネイサンは微笑んだ。
だが、本当に聞きたいのはこんなことじゃない。
一緒にこれを鑑賞したハンサムはどうだったのか、虎徹自身はどうだったのか、そして鑑賞したあとのふたりはどうしたのか、それを知りたいのだ。
だが、虎徹はこれ以上何もいうつもりはないという態度を示し、背を向けトレーニングルームへと向かう。
ネイサンの後ろでことの成り行きを見守っていたアントニオを、擦れ違いざま虎徹は「覚えてろよ」と呟き睨みつけた。
「・・・おまえ、何を見せたんだ?」
「さあ、ね」
バチンとウインクをよこす上機嫌なネイサンと、さっきの虎徹の様子を思い出し、アントニオは追及することをやめた。
とにかく虎徹に自覚させることが目的なのだから、手段は気にしないでおこう。
というか、気にしない方がよさそうだ。世の中知らない方がいいこともある。
そう結論づけたのだが。
5分後、現れたバーナビーの反応や様子は虎徹とほぼ同じで。
虎徹とバーナビーが見せられたものの内容をロックバイソンが知らないと知ったバーナビーは不穏な笑顔を向けてきた。
「是非ともバイソンさんも見てください。今の僕の気持ちがよくわかって頂けますよ?」
例の記憶媒体を押しつけてニッコリ笑うバーナビーの眼はちっとも笑っていない。
「み て い た だ け ま す よ ね?」
「ああ」
なにやら嫌な予感がする。
興味がないといえば嘘になるが、なにか見てはいけないような、本能がヤメロと訴えてきているのだが。
一言ずつ区切って言うバーナビーに迫力負けしたアントニオはソレを受け取ってしまった。
ネイサンの「あらら」という楽しそうな呟きが聞こえ、速攻返したくなるが、もし見なかったことがバーナビーにばれたらどうなるかわからない。
まあ、どんな内容でもふたりとも観たのだから。
ネイサンの所有物で3人とも観たのに自分だけ観てないというのもなんだし。
あの虎徹がようやく忠告を忠告として受け取った内容に好奇心が擽られることも否定しない。
そう自分自身に言い聞かせて、鑑賞することを決めたのだが。
その後、ロッカールームでお互いを意識し過ぎて妙にギクシャクしているバディヒーローを見て、やっぱりどうしようもなく不安になったアントニオだった。
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