バディのバニーをとりあえず観察してみた


ワイルドタイガーは10年を越すベタランヒーローだ。
最近はロートル、落ち目と口汚く表現されていたが、実は救助重視の姿勢や活動内容はデビューしたときからまったく変っていない。
ただ、ここ数年TVショー化著しいヒーロー活動や採点方法に対応できずに、カメラ範囲内で活躍できなかったりポイントが取れていないだけなのだ。やっている内容は破壊も含めて何も変っていない。
順位をつけられ他のヒーローと比較されるのはあまり気分良くなかったが、ヒーローを続けられるなら虎徹にとってそんなことは些細なことだった。
それなのに。
いきなりのリストラ、突然の移籍、そして強制された新人とのバディヒーローとしての活動。
本当は嫌だった。
新人のひよっこ、そのお守りを押し付けられ、彼が一人前になるまでの捨石扱いなのはミエミエだったし、そのうえその新人は、虎徹のヒーロー論に反する、顔出しヒーローなんてことをはじめてしまった。
能力はあるし優秀だが、ポイント重視のTV映え中心のヒーロー活動は虎徹にとって論外だ。
とんでもない、もう嫌だ。そう思っても哀しいかな、ヒーローとはいえどもサラリーマン。
これも仕事と諦めて、大人の対応でルーキーちゃんを鍛えるつもりだったが、これが一筋縄でいかない。
大の先輩を「おじさん」呼ばわり、人の話は「古臭い」と聞かない、話題を見つけて話しかけても「うるさいです」の一言で会話のキャッチボールも出来ない。
あまりにもむかっ腹が立ったので、大人気なく「バニー」なんてあだ名をつけてしまった程だ。
マジむかつく、ありえねぇ、あのクソガキ。何度そう思ったことか。
バーナビーは賢く優秀で人当たりも良いから、結局虎徹だけが貧乏クジを引いている状態だった。
それでも、コンビを組むからには少しは歩み寄らなくてはならないと虎徹は虎徹なりに頑張った。
まあ、一回りも年下の若者と共通の話題なんてないし見つからないから「メシ喰ってるか」「寝てるか」とかそんな言葉をかけるしかなかったのだが。
それさえ「プライベートには口出ししないでください」とバッサリ斬られた。
しかし、そんなことでめげる性格でもないし、軟な人生を送ってきた訳でもないから、培ったスルースキルを駆使しつつ、接触を図り続けた。
誕生日だと聞けばサプライズを計画実行し、子供を預かることになれば色々理由をつけてマンションに押しかける。
そんなことを繰り返し、共に戦い、コンビ活動を積み重ねているうちに、お互いの性格や事情を知り、少しずつであるが歩み寄っていくことに成功した。
そしてジェイク事件。
あれを切欠に、ふたりの距離は一気に近づいた。
「おじさん」呼びオンリーだったバーナビーが「虎徹さん」と呼んだときには驚いて、そして心底喜んだ。
なんというか、血統書つきのプライドもお値段も高い猫がようやく懐いて擦り寄って来てくれたような気分だ。
純粋に嬉しかった。
その頃にはバーナビーの事情もそれまでの辛い人生も、なぜヒーローになったのかという理由も、孤高にも誰にも頼らす一人で立ち続けようとする意思も、奥に隠された孤独も、知ってしまっていたから尚更だ。
一人じゃないと教えたかった。皆がいると、自分がいると、いくらでも頼って良いことを知って欲しかった。
空は青く澄んでいて太陽は温かく、そよぐ風は気持ちいい。
そんな当たり前のことを当たり前として感じて、笑って欲しいと思った。幸せになっていいんだと言いたかった。
だからバーナビーが心を開きはじめているのがとても嬉しい。
まあ、未だ虎徹への呼び名は「おじさん」と「虎徹さん」を行ったり来たりしているのだが。
それでも表面上は、出会った頃のツンツンが嘘のように、慣れて笑い話しかければ応えてくれている。
そんな平穏な日々を過ごしているうちに虎徹はふと思ったのだ。
バーナビーはどこまでバディとして、虎徹個人として、受け入れてくれているのか、と。
直接に聞いたからといって、本当のことがわかるはずもない。ならどうすればわかるのか?
単純なことだ。接触してみればいい。
人にはパーソナルスペースというものがある。これ以上人が近づくと不快だ、と感じるラインのことだ。
新密度が高かったり、心を許していたりすると、このパーソナルスペースは狭くなる。
つまり、接近して、体に触れて、どこまで許されるかで確認しようと虎徹は考えたのだ。

*

シャワーブースを出ると、偶然にもバーナビーもちょうどブースから出てきているところだった。
腰にタオルを巻いて、ほぼ全裸だ。人間がもっとも無防備は状態。
試すなら今だ!!と虎徹は早速、計画を実行することにする。
さて、どうやって始めたものか。

「バニーちゃんって本当に真っ白だなぁ」

特別考えていた台詞じゃなかった。
よし開始!と思ったのと同時に脳裏に浮かんだことがそのまま口に出た。

「なんですか、いきなり」
「いやぁ、バニーの裸みてなんかしみじみと思っちゃったんだよね」

振り返ったバーナビーは特に警戒していない。
自分にしてはうまく会話を始められたと思う。あとは近づいて触れてみてみればいいのだ。
裸の体に触られるなんて、女性相手ならまだしもあまり嬉しいことではないはずだ。
虎徹に触れられたバーナビーがどこまで我慢するか。どの時点で嫌な顔をするか、それが判断材料になる。
少しずつ接近するが逃げる様子も避ける仕草もしない。
手が届くところまで来て、虎徹の方が歩みを止めなくてはならないくらい、バーナビーは無防備だ。

「触ってみてもいい?」

この距離までの接近はOKのようだ。
しかし、実際に触られるとなると話は違うだろう。さてバーナビーは何と答えるのか。
ここで終了なんていうのは避けたいところだ。少しくらい触らせてくるといいのだが。
期待を込めてバーナビーを見つめていると、虎徹の意図が掴めないということを隠しもせず、それでも「どうぞ」と答えてくれた。

「じゃ、遠慮なくー」

はっきり言って嬉しい。
心情を隠さず顔に出している若者らしい素直なところも、訳がわからずとも触れることを許してくれることも。
じゃ、せっかくだから、嫌がるまで思う存分触らせて頂きますか。
そう心の中で呟きながら、虎徹は遠慮なく手を伸ばし、最初は無難にと両腕を掴んでみた。
前々からこの青年がどこまで体を鍛えているのか知りたかったし、見ていて筋肉だということはわかっていても、あまりにも白い肌は柔らかそうに思えることもあった。
だから目的とは別に、興味津々といった気持ちも隠さない。

筋肉に包まれた二の腕は弾力があって、触りがいがある。ぐいぐいと揉むと反発がくるのが面白い。
そのまま指を広げ、ラインを辿るように掌で手首までなぞった。
張りのある瑞々しい肌だ。シャワーあがりの水滴は肌の上で弾かれ流れ、表面には水分はあまり残っていない。
若さだ、と思う。俺だって昔はこうだった。あまり弾かなくなったのはいつからだったか。
自分の年齢を改めて感じて、ちょっぴり切なくなった。
いやいや、誰でも通る道だ。誰だって昔は若者だ。それが中年になって壮年になって老人になる。
こいつだって10年後は俺と同じだ、気にするな!
そう自分に言い聞かせながら、腹筋に触れる。
誰よりも真面目にトレーニングをしているだけはある。虎徹より割れている。
でもいいんですー、筋肉のつき方は人種の差でもあるから、俺の腹筋よりバーナビーの腹筋の方がしっかりしていても問題ないんですー。
悔し紛れにぐいと拳を押し込んで、ちょっとすっきりする。
バーナビーはぴくりとも動かず、虎徹の好きなようにさせている。
胸板に触れてもそれは変らず、振り払う様子も身じろぎする仕草もみせない。
死角である背後に回ってもそれは変らなかった。嫌がる素振りさえなく、虎徹は無性に嬉しくなった。
バーナビーはかなり虎徹を受け入れてくれているのだ。
一周して正面に戻り、2歩ほど引いてバーナビーをみる。
触られた理由がわからず少し表情を歪めているが、嫌悪感はまったく持っていないようだ。

「で、なんだったんですか」

すごく嬉しい。バディとして信頼を得ている、懐いてもくれている。そんな気がした。
だが、聞かれても正直に答えるつもりはない。というか、どのタイミングで嫌がるか確かめてみました、なんて言ったら怒られそうだ。

「いやぁ・・・やっぱ、かてぇなぁ」
「・・・は?」

少しは柔らかいかな?と思ったことを思い出し、そう言ってみると、バーナビーがまぬけな返事をした。
年相応でちょっと可愛くみえる。

「こんなに真っ白ならわりとふんわり柔らかいんじゃないかなーと思ってたんだけど、やっぱヒーローだわ。かてぇかてぇ」

真っ白いのは兎と一緒だが、ふわふわ感は全然ない。筋肉に覆われた男の、ヒーローの体だ。
そんなことを考えている虎徹の前で、バーナビーの表情は徐々に歪んでいき。
最期には呆れを通り越して、馬鹿にしたような顔になった。
おいこら、なんだ、その顔は。お前絶対俺のこと、今ものすごく馬鹿だと思っているだろう。
心の中で盛大に突っ込むが、そう言葉にすれば、肯定されますます馬鹿にされそうなので口には出さない。
その代わり。最終確認だとばかりに虎徹は再び大きく一歩前に踏み出した。
体も顔も触れ合わんばかりの距離だ。
あと一歩踏み出せば、きっと唇も触れてしまう、そんな際どい距離。
それなのにバーナビーは一歩も引かなかった。反対にじっと虎徹の眼を覗き込んでくる。
あまり意識したことがなかったが、ここまで近づくとバーナビーの方が身長が高いことがよくわかる。
視線が上に向いて軽く見上げるような姿勢になっている。

「・・・今度はなんですか」

逸らさず挑むように見つめ返してくる様子が、青くって若くって可愛いと虎徹は思った。
自分がとっくの昔に通り過ぎてしまった道を、バーナビーは今歩いているのだ。
ちょっとくすぐったい気持ちになりながら、覗き込んでくる瞳を見返す。
綺麗なグリーンだ。見つめていると吸い込まれそうな程の、美しい宝石みたいな色。
復讐心を燃やして、ただそれだけに向かって歩いてきた青年の瞳は本当はこんなに綺麗だったのだ。
これからはこの色に合った、明るく美しい世界を見て進んで欲しい、と虎徹は思う。

「やっぱもの凄く綺麗なグリーンだよな」
「・・・は?」
「ちゃんと普通に見えてんのか?お前の世界って薄いグリーンで覆われてたりしない?」

そんなことはないとわかってはいる。わかってはいるが、自分と全然違う、エメラルドのようなグリーンを見ているうちに子供の頃のことを思い出した。
沢山持っていたビー玉。青や緑や黄色、色々な色があった。
グリーンは特に気に入っていてビー玉ごしなら、グリーンがかった世界が見られるのではないかとワクワクと覗き込んでみたが、強い色に遮られ向こう側が見えることはなかった。
だからなんとなく、バーナビーの見る世界はあの頃想像した色彩なのではないかと、そんな疑問が湧いてしまって、つい言葉にしてしまった。
そしたら、案の定。
バーナビーは呆れて果てた、という表情を浮かべた。

「馬鹿ですか、貴方は」

ふう、と大きくため息をついて、吐き出すように言われた。
心底馬鹿だと思っている口調だ。

「なんだよ、それ。素朴な疑問じゃないか」

自分だって馬鹿なことを言った自覚がある。
だが、そんな言葉が出てきたのはバーナビーの瞳の色のせいだ。

「その法則だと、浅黒い貴方の肌は硬く、貴方が見ている世界は茶色に染まっていることになりますね」

ぶすくれようとしていた虎徹は聞こえたバーナビーの言葉に瞑目した。
何を言っているんだ、この子。こんな真面目な顔していう台詞かね。

「そんなはずないでしょ、バニーちゃん馬鹿だねぇ」

自分のことを棚にあげて、ついそう答えるとバーナビーが怒った気配が伝わってきた。
ああ、マズイ。バニーが気分を損ねると色々面倒くさいことになるんだった。
さてどうしたものかと最善の策を探す虎徹に向かって、ナーバビーはにっこりと笑いかけながら言った。

「じゃあ、僕も確認させてもらいます」

許可ではなく、決定事項だ。虎徹の返事も待たずに白い手が伸びてくる。
当然の権利を主張するように、躊躇いや遠慮などまったくない動きだ。
肩にかけられているバスタオルが払われ、パサリと軽い音をたてて床に落ちる。

「おい」

まだ使いかけなのにタオルが濡れる、汚れるじゃないか。
抗議の声をあげながら、タオルを追って床に向けた顔をぐいと掴まれ、正面を向かされる。

「はい、顔はこっち」

両手で頬を挟み、顔をあげさせられる。
するりと耳の後ろから首筋を指で撫でられて、愛撫を思わせる動きに驚くが、バーナビーのしてやったりという表情をみて可笑しくなった。
スタイリッシュなハンサムという外面が剥がれて、まるで子供のようだと思ったのだ。
自分も散々触らせて貰ったし文句をいうつもりはない。好きにさせることにしてじっとする。
バーナビーは虎徹が触ったときと同じ動きをそのまま返してきた。
こんなことでも優秀な記憶力を発揮してくるんだなぁと変なところで感心している虎徹の体を遠慮ない動きで触って、撫でて、掴んでくる。
違うのは、虎徹よりも時間をかけてゆっくりと触れてきているところだ。
腕や肩だけでなく、首筋や腹や胸板。
日常生活を送るうえで普通なら他人に触れられることがない場所だ。
そこをペタペタベタベタと男に触られているのに嫌だとか気持ち悪いとかいう、嫌悪感がひとつも湧き上がらないことに虎徹は自分のことながら驚いた。
バーナビーの虎徹に対するパーソナルスペースを確認するつもりが、虎徹のバーナビーに対するパーソナルスペースを確認することになってしまった。
この若い相棒を気に入っている自覚はあったが、まさかここまでとは。

「じゃ、最後は後ろです」

いきなり腕を取られて、くるりと後ろを向かされる。
さっきの手順を辿っているのなら次は背面ということになるが、少なくとも俺は自分で背後に回ったぞ、と虎徹は抗議の声をあげた。

「バニーちゃん、無精!」

勿論、バーナビーはそんな抗議は歯牙にもかけず、背中を触りだした。
バーナビーの姿が見えなくなった分、次にどこをどのタイミングで触られるかわからなくなって、つい過剰に反応してしまいそうになる。
擽ったいというこそばゆいというか。まあどちらにせよ、同じことなのだが。
とにかく、それを気取られないようにぐっと腹に力を込める。
この手が女性なら色っぽい雰囲気や気分になるのだろうが、なんせ相手は一回り下の男。ちょっと残念な気持ちになる。
虎徹だってまだ枯れてはいないし、健康な『男』なのだ。

「ひゃっ!!」

突然、腰を、脇腹を掴まれて虎徹は飛び上がった。
実は虎徹はココが弱い。
さっきバーナビーの体を触ったとき腰には触れなかったから、まさか触られるとは予想していなかった分、過剰に反応してしまった。
腰に添えられている手を振り切って、虎徹は逃げた。2、3歩走って離れてからくるりと振り向く。

「バニー、触るの長い!」

つい情けない声をあげてしまったことと、弱点を知られたということを誤魔化すように、そう叫んだが、バーナビーはにっこりと笑った。

「虎徹さん、脇腹が弱いんですね」

まるで子供が楽しいことを発見したような笑顔だ。
『こいつ!』
心の中で叫ぶが、この妙なスキンシップを始めたのは虎徹の方だから文句はいえない。

「セクハラ反対!」

そんな馬鹿な捨て台詞を吐いて、ロッカールームへ逃げ込む。
閉めたドアの向こうからバーナビーの笑い声が聞こえてきて、虎徹はフッと笑った。
あの相棒はすっかりと自分に慣れて、随分と受け入れてくれているらしい。
あんな子供のような表情を、悪戯が成功したような笑顔を、楽しげな笑い声をあげるくらいには。
まあ、自分も人のことを言えたものではないが。
思っていた以上にバーナビーを懐深くまで入れていたことを自覚してしまった。

「これからもよろしく頼むぜ。・・・・・・・相棒」

虎徹は楽しげに呟いて、柔らかく優しい笑みを浮かべた。
 
 
 
  

 

 




■あとがき

「バディのボディをじっくり観察してみた」の虎徹視点。
虎徹がバーナビーのデレ度(?)を確認しようとして、自分のデレ度(?)も一緒に確認しちゃった的な話です(^^)





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