遠かった願いは

 
「シンちゃん、髪伸びたね。切らないのかい?」
親父にそう言われて改めて自分の髪が相当長く伸びていることを自覚した。
親戚一同、髪を伸ばす傾向があるから俺が髪を伸ばしていても特に違和感はないはずだ。
だが、尻どころか太腿に着くくらい長くなると話は別らしい。
確かに5年以上、伸ばしっぱなしで一度も切っていない。
随分伸びたものだと思うものの、それは自分の無力な時間の証だから少し情けない気分になった。
「シンタロー?」
たぶん深い意味があって問うたわけじゃないであろう親父は俺の微妙な表情に気がついたのか、少し訝しげな顔をした。
その青い目を真正面から見据えながら、俺は髪を切らない理由に思いをはせた。

6年前。
コタローが生まれたとき、俺はもの凄く嬉しかった。
自分と違ってちゃんと青の一族の色を纏っていたことに安堵し、そして赤ん坊の愛らしさに心奪われた。
小さい何も知らない無垢な赤子は本当に可愛かった。
だが、コタローと名づけられた弟を少し気の毒に思わないわけでもなかった。
親父の俺に対する『溺愛』としか言いようのない過ぎた愛情表現には、反抗期を越えた俺はかなり辟易していた。
幼い頃はわからなかったが成長すると共に親父の俺への態度は普通ではないということに気がつかざるえなかった。
小さい子供に対する愛情表現ならまだしも、10代後半になっても変わらぬ親父の『溺愛』ぶりは異常だった。
俺さえ辟易する『愛情』が同じくコタローに与えられるのだ。
「お前も苦労するぞ。いやなことにこんな変態でも俺たちの父親だ」
と語りかけたりさえした。
親父の『溺愛』が弟に移ることに少し寂しさを覚えなかったといったら嘘になる。
でも、成人に近い息子より可愛い赤ん坊を親父が可愛がるのが当然だと思ったし、あの『溺愛』からようやく逃れられると安堵する気持ちもあった。

だが。
親父のコタローへの態度は俺の予想に反した。
あまりにも冷淡だったのだ。
ほとんど抱くこともなく、ビデオやカメラを片手にコタローの周りをうろつくこともなかった。
最初は確かに愛情のようなものを感じた。
それなのに、時が経つにつれ親父のコタローへの態度はよそよそしくなり接触を図らなくなったのだ。
コタローを生んだことで母が亡くなったと聞いたからそのわだかまりかとも思った。
だが途中でそうではないことに気がついた。
親父はコタローに対して何か戸惑っているような、どういう態度をとっていいのかわからないというような雰囲気だったのだ。
どうして、と思った。
俺に対する親父の溺愛ぶりは相変わらずだ。
息子を愛する方法がわからないわけではないはずなのに、どうしてコタローに対して普通の愛情さえ注ぐことができないのか。
俺にはどうしてもわからなかった。
親父の愛情を受けられないコタローが不憫で俺はまるで親父のようにコタローを溺愛した。
親父が溺愛する俺がコタローを溺愛することで、親父の愛情がコタローに移らないかと期待した。
俺が、俺たち三人を家族として纏めなければならないと思った。
親父をコタローに、コタローを親父を繋ぐ絆にならなければならないと思った。

そんなときTVか何かで『願をかける』という行為をみたのだ。
俺も願をかけよう。
単純だが、そう思った。
何にかけようかと考えたが、ちょうど散髪の頃だと思っていたこともあって、髪を伸ばそうと決めた。
俺に髪を伸ばす趣味はない。短い方がすっきりするし、長いと洗髪だのなんだのと手入れが面倒だからだ。
だが、髪ならば忘れることはない。
伸びれば伸びるほど自分の努力の足りなさを、求めるものがまだ手に入っていないことを自覚できる。
親父がコタローを愛し、コタローが親父に愛され、俺たちが普通の家族になれたとき髪を切ろう。
そう決心したのだ。

俺の髪の長さは願った年月の長さでもある。
俺の髪の長さは願いが叶えられなかった時間の証でもある。

コタローが親父によって監禁されて。
願いが叶うどころか最悪の事態になったときに、俺は絶望した。
もう駄目かもしれないと思った。
親父が大事にしている、コタローよりも大事にしている家宝の青い石を、親父が誰よりも溺愛している俺が盗んで逃げる。
親父に訴えたかった。
それだけ俺は追い詰められていると。





そして俺はあの楽園に辿りついたのだ。





伸ばし続けた髪を片手で掴んだ。そして考える。
俺の願いは叶ったのだろうか。
この長さの分だけ祈っていた、努力し続けていた願いは叶ったのだろうか。

まだ、叶ってはいないと思う。
だが、叶いつつあるのは事実だ。
あの頃にはなかった、いやなかったようにみえた親父のコタローへの愛情は、今は確かに存在する。
コタローへの戸惑いもわだかまりも消して、親父はコタローを息子として受け入れている。
やり直そうという確固たる意志が俺にもしっかりと伝わってくる。
眠り続けているコタローが目を覚ましたとき、俺達家族の再構成がはじまるのだ。

髪から視線をあげ、黙って俺をみつめる親父を見返す。
「そうだな。ずいぶん伸びたし・・・切るか」
まだ全部は切ることはできないけど。
半分は叶ったんだからなら、半分くらい切っても許されるだろう。
「え?切るのかい?」
「は?駄目なのかよ?」
思いがけない親父の反応に少し驚く。
「駄目じゃないけど、もったいないじゃないか。シンちゃん、長い髪、すごく似合ってるのに!」
この親父、なに言ってやがる。
人の気も知らんで、とコメカミがぴきりと痙攣したのを感じた。
「それに」
「・・・あんだよ?」
「髪が短いと隠せなくなるよ?」
「なにをだよ」
親父は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
「キスマーク♪」
笑みをみた瞬間すごく嫌な予感がしたが、それは間違いではなかった。
頭と顔に一気に血が昇るのを感じる。
ホントに、この親父、なに言ってくれやがる。
「眼魔砲」
溜めなしで遠慮いっさいなしの一発をくれてやる。
もうもうと爆煙があがる中、親父がどうなったのかも確認しないまま、俺はとっとと部屋をあとにした。



まだ全部は切れないけど。
半分くらい、太ももまである髪を背中を覆うくらい程度の長さまで切ることにしよう。
髪を切れる現在を嬉しく思いながら、俺はそう決心した。
 
 
 
 

 
■あとがき■
『南国』のあとの話。
シンタローが願掛けで髪を伸ばしてたら面白いなー♪
と思いまして(笑)
コタローが生まれる前までは短髪だったんだしネ
ちなみに私はシンタローの黒髪長髪がめっさ大好きです!






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