秘密

ぐっすりと寝入っていた次元はふと目を覚ました。
仕事の打ち上げでかなり深酒してからの就寝だったせいか、目を覚ましたといってもぼんやりとして夢現ではあった。
目をあけると黒い影が覆いかぶさるように覗き込んでいた。
次元が起きたことに気がついた影はゆっくりと離れていったが、まだ横にいる。
「・・・五右エ門?」
目はまだ闇に慣れず詳細までは見えない。しかし醸し出す雰囲気も体の輪郭もすべて覚えのあるものだ。
「起きたのか」
小さく呟く声はいつも通りだが微かに動揺したような色を載せていた。
付き合いが長いだけあって次元はそれに気がついた。だがそれよりもなぜここに五右エ門がいるのかということが気になった。
「どうした?」
体を起こそうとするのを五右エ門の白い手が止める。
「挨拶にきた」
「挨拶?」
ポスンと敷布に背中を預け、次元は寝たまま五右エ門を見上げる。
いつも唐突に修行の旅とやらに出かける五右エ門だが、こんな風にわざわざ声をかけにきたことは一度もない。
どうしたんだ、と訝しげな声色に気がついた五右エ門が小さく笑った。
「ルパンがな」
「ルパン?」
「拙者の秘密を握ったのをいいことに、それを盾にアレしろコレしろと強要するのだ」
秘密?
意外な言葉に少し驚くが、そういえば最近の五右エ門は乗り気じゃないのは見え見えなのに決して仕事を断らなかったことを思い出す。
不二子絡みの仕事でもブツブツ文句を言いながらも手を引かなかった。
「秘密ってなんだ?」
頑固で一本気な五右エ門をいいように動かすことが出来る『秘密』とやらに興味がわく。
暗闇に慣れたせいか、五右エ門が苦笑を浮かべるのが次元にはわかった。
「秘密だから秘密というのだ」
「そうか」
「そうだ」
素直に頷く次元をみて五右エ門がクスクスと笑う。
笑われているのはわかっているが、たっぷり残っている酒気のせいで頭が良く働かず、怒る気にもならない。
「これ以上、脅されるのはかなわないのでな」
「ああ」
「仲間を抜けることにした」
「・・・はっ!?」
さらりと言われて一瞬呆けた次元だったがすぐに言葉の意味を理解し、驚いて飛び起きようとした。
だがまた五右エ門の白い手がそれを止めた。
ぐい、と肩を押されてふたたびベッドへ押し返される。
「そんなことで!?」
「そんなことではない。重要なことだ。仲間であるなら秘密を盾にする必要はない。だが、それをネタに強要するなら、既に仲間とは呼べぬだろう?」
次元はグッと詰まった。
五右エ門の秘密とやらが何かは知らないが、確かにそれを盾に色々強要するのは間違っている。
いつばらされるかと冷や冷やしながら脅され続けるくらいなら、仲間を抜けて二度と会わない方が良いと五右エ門が判断しても仕方がないのだ。
ルパンの奴、なにを考えてるんだ!と、次元は心の中で相棒を罵った。
五右エ門は嘘や冗談でこんなことは言わない。夜中に挨拶に来るくらいだ。決心は固いのだろう。
「お前がいなくなったら、ルパンは腹いせに秘密をバラすかもしれねぇぜ」
どう言って引きとめようかとグルグル考えて出てきた言葉がコレで次元は自分自身にガッカリした。
これも一種の脅迫じゃないかと自分に突っ込みを入れる。
「かまわぬ」
「は?」
「拙者が仲間を抜けたあとにバラされるのなら問題ない」
いったいそりゃなんだ、どんな秘密だ。と次元は呆れてポカンと口をあけた。
「じゃ、別にバラされてもいいじゃねぇか」
「駄目だ。その秘密はな、次元」
五右エ門がゆっくりと顔を近づけてくる。
息がかかるほど至近距離まで近づくと、五右エ門は次元の目を覗き込んで言った。
「仲間でいるために必要な秘密なんだ」
意味がわからない。いったいどんな秘密ならそういう括りに入るのか。
五右エ門がまたゆっくりと離れていく。
何を言っていいのかわからないまま、それでも何か言おうと口をあけた次元の目を五右エ門の掌が覆った。
一見白くスラりとした手は冷たそうだと思っていたが、触れてみると意外に骨ばった手で温かい。
その手に視界が覆われて、じんわりとした熱が伝わってくるのを感じる。
とりあえず落ち着こうと次元はいったん体から力を抜いた。
だがそんな考えとは裏腹に、酒気に侵された体は温かい体温と暗闇を得たことによりふたたび眠りに引き込まれていく。
「眠れ、次元」
聞いたこともないような優しい声が心地よく耳に響き、次元の意識は薄れていく。
止めなくてはと思うのにまるで夢の出来事のようで現実味が失せていく。
完全に眠りに捕らわれる寸前に唇になにかが触れたような気がしたが、次元はそのまま眠りについた。


朝になり、二日酔いに痛む頭を抱えて起き上がった次元は、深夜の五右エ門の来訪をぼんやりと思い出した。
夢だったような気がして現実味はまったくなかったが、とりあえずリビングに駆け込むとルパンが慌てた様子で右往左往している。
その手に握り締められているのは五右エ門以外が使うことはない和紙。
次元を見てばつの悪そうな表情を浮かべたルパンに、次元は五右エ門が本当に去ったことを悟ったのだった。


 
■コメント

ゴエジケじゃないですよ?
正真正銘、ちゃんとしたジゲゴエです!!(断言)

祭りに投稿した作品の中で一番感想を頂けたお話です。
・・・・せつない?<聞くな
 

 
 
 

 

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