がちゃり。
肩をしょんぼり落としたルパンは静かにアジトのドアをあけた。
いつものパターンとはいえ、『俺様はね、おまえらみたいに寂しいクリスマスを過ごす気なんざ更々ねぇんだよ』と言い放って意気揚々と出かけた手前、堂々と帰ってくることは憚れた。
深夜零時にも回らない時間帯に戻ってきたのだ。
なにも言わずとも察するだろうし、察したら察したで慰めどころか揶揄され大笑いされること間違いなし。
まあ下手に慰められるより笑われた方がマシなのだが、アジトに帰らずにはいられないほどのダメージをうけたルパンにはそれは致命傷にもなりかねないのだ。
せめてふたりが飲みにでも出かけていてくれれば、と期待していたが車は駐車されたままだしリビングの窓も煌々としているからいることは間違いない。
「くそっ、色気のねぇやつらだ」
八つ当たり気味にぶつぶつと文句を言い放ち、抜き足差し足で廊下を歩く。
見つかったらそのときはそのときだと開き直りの心境ではいたが、気配を消している現状では開き直れていないことにルパンは気がついていない。
リビングのドアはきっちりと閉じられていて、その隙間からは光が漏れている。
さっさと通りすぎて自室に戻ろう。
そう考えながら息を潜めたルパンがドアの前に差しかかったとき。
「ちょ、まて」
「今さら嫌だとかいうなよ」
ふたりの声が漏れ聞こえてきた。
なんだか調子がいつもと違うような気がする。
付き合いが長い分、ちょっとした声色の違いにはすぐに気がつくルパンなのだ。
「そ、そんなことはいわぬ。拙者も男だ」
「じゃあ、大人しくしてろ」
「だが」
「黙ってろって」
誰がいるわけでもなさそうなのに、なんだかヒソヒソと低い声で言い合っている。
興味をひかれたルパンはこっそりドアに偲びより、耳をそばだてた。
途端に会話が途切れたが、変わりに少し荒い呼吸音とゴソゴソなにかをしている音が続いた。
「あっ」
暫くすると慌てたように五右エ門が小さく叫んだ。
「黙ってろって」
「だが、それは」
「なにが駄目なんだ、優しくしてやってるだろうが」
「しかしその縛り方は」
(縛り方?)
思いもよらぬ単語にルパンの目がぱっちり開かれる。
「こう、根元をキュッと締めれば」
次元が愉しげにかつ密やかな声でそう言うと、五右エ門が小さく息を飲む気配がした。
「しかし・・・」
「いい感じだろ?俺はみてて気持ちいいぜ。お前は気持ちよくないのか」
「気持ち良い悪いの話じゃない」
「そんなこというと」
(根元?気持ちいい?)
ルパンは次元の言葉を頭の中で反芻しながら部屋の中の様子を、息を呑んで探る。
「っ、それは!イタイぞ、次元っ」
慌てたように五右エ門が小さく叫んだ。
「イタイか?」
「もう少し考えろ、それでは全然よくない」
「だからさっきのがよかっただろうが」
「・・・うむ」
五右エ門の声のトーンが落ち、大人しくなる。
その間もゴソゴソと何かをやっている気配が伝わってくるが、ルパンには次元がなにをやっているのか皆目見当がつかない。
「愛しい奴に優しくそっとこうやって・・・」
「なんだか厭らしいぞ」
「愛がこもってるからな」
「おぬしの愛=欲か」
「そんなのわざわざ言わなくってもわかってるだろが」
いや、違う。
なんだか妖しい不穏な空気にルパンはなにをやっているのか想像はしていた。
だが、それをどうしても認めたくないのだ。
頭では否定しようとしていても体はそうはいかず、ダラダラと脂汗をかきはじめていた。
「ほーら、綺麗に縛れた、どうだいい感じだろ」
「・・・ああ」
「じゃ、次はおまえね」
「拙者か」
「そうだ、そういう約束だろ?俺がやったらお前もやる」
「たしかに言ったが」
「男に二言はないはずだぜ、さあ、どの紐つかう?」
(紐!?今、次元の奴、紐って言ったよな!?)
ルパンはくらりと眩暈を感じた。
信じたくないし、想像もしたくないが、このドアの向こうでは相棒たちによってナニかが繰り広げられているのだ。
「色とりどりのリボンもあるぜ。縛るだけじゃ面白くないからな。見て楽しくしないとな」
(次元、お前わざわざリボンなんてものを買ってきたのか。そんないかがわしいことをするため、このクリスマスに!)
ルパンの目になぜだか涙が滲んでくる。
「じゃあ、その青いのを」
(選ぶな、五右エ門!)
心の中で突っ込むが、次元が追い討ちをかけるように言う。
「キュッと縛れよ、ちょっと動かしたくらいじゃほどけないくらいにな」
「わかった」
「もっと、こうキュッとだよ。柔らかいならまだしもこんなに硬いんだから力を込めろよ」
(硬いってナニが!?つうかもう硬いのかよ、次元!)
部屋の中はみえないというのに、リアルに想像してしまいルパンは激しく突っ込んだ。
「こうか」
「あ、いい感じだぜ。よし、じゃあ根元や先っぽも縛るか」
(根元・・・先っぽ・・・)
ガクリとルパンの頭が落ちた。ふるふると全身が震えだす。
「そんなにか」
「やるなら徹底的にだ」
「わかった」
「楽しくなってきたろ」
「・・・ああ。やるからには徹底的にだな」
「ルパンが帰ってくる前に終わらせちまおうぜ」
もう耐えられなかった。
このまま黙ってここを通り過ぎることもできたのに、もうすでに半分パニック状態のルパンには「やめさせなくては!」なんていう衝動しか湧き上がらなかったのだ。
みたくない光景が広がっているはずだか、もう黙ってはいられない。
「ヤメローーー!!!」
絶叫しなから、バターンとドアを壁に叩きつけるように大きく開けてルパンはリビングに飛び込んだ。
突然の乱入に驚いた次元と五右エ門が振り向く。
「え?」
目の前に広がる光景にルパンの体がピキーンと固まった。
トレードマークの帽子もスーツも脱ぎ去った次元の顔は赤く染まり悦楽とした表情を浮かべている。
同じく着物を着崩した五右エ門は頬を染め、笑みを浮かべ目はトロンと夢心地だ。
どうみても。
どこからみても。
頭から足の先まですっかりと。
酔っ払い。
「なんだ、ルパン帰ってきたのか」
「ワルサー置いていくほど豪語しておったのに情けない」
ルパンを認識したふたりはゲラゲラと笑いはじめた。
確かに、女とのデートに銃は不要だ、今夜は男と女の愛の夜だ。銃は無粋。
といって銃を置いていったのはルパン自身だが、その銃が目も当てられぬ状態になっていた。
「・・・なにやってんだ?」
想像していた最悪の事態でなかったことに安堵したルパンは毒気を抜かれて唖然として問う。
「飾りつけ」
「なかなか綺麗であろう」
ほらと差し出されて受け取ったワルサーは色とりどりのリボンでぐるぐる巻かれ、銃口や撃鉄は丁寧にリボン結びされている。
呆然と愛銃を眺めていたが、顔をあげてリビングを見渡すといつの間にかクリスマスらしい雰囲気になっていた。
ルパンが出かけるときにはなかった小さなクリスマスツリーが綺麗に飾りつけられて部屋の中央におかれ、テーブルのうえにはチキンやらちょっとクリスマスっぽい食事、というか酒のつまみにもみえないこともない食料が置かれ、足元にはゴロゴロと日本酒と洋酒のビンが転がっている。
そして相棒たちの手の中には、ワルサーと同じくそれぞれの愛銃と愛剣が色とりどりのリボンやモールでぐるぐる飾りつけられていたのだ。
絶対正気じゃない。
次元もだが、特に五右エ門が普通の思考回路なら斬鉄剣をこんな風に扱うはずはないのだ。
「おまえらなぁ」
大の男がふたりでツリーやリボンを買ってきて飾りつけをしたのかと想像すると、なんともイタイ。
だが本人たちは酒気のせいですっかり陽気。
ゴタゴタと飾りつけられた武器を眺めてご満悦の表情だ。
「さてと」
「じゃあ、あらためて」
ニヤニヤ笑いながら次元と五右エ門はたっぷり酒が注がれたグラスを高く掲げた。
「ルパンの愛の夜とやらに!」
「お約束の展開に!」
「「かんぱーーい」」
カツーンとグラスがぶつかりあう音と一緒に叫ばれた容赦ない言葉。
すでにダブルでダメージを受けていたルパンはガックリと膝をつき、そのまま床に沈みこんだのだった。
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