ぐい、とBJが俺の襟首を両手で掴みあげた。
俺はすぐ近くにある男の顔を悠々と眺める。
「また人を殺すのか」
「誰を殺して来た」
「命をなんだと思っている」
何度も繰り返し聞かされた言葉だ。
偶然に、必然に、出会う度にこの男は俺に向かってこう叫ぶ。
「なに綺麗ごとを言ってやがる」
「よく知らないくせに勝手なことを言うな」
「ただ生きていればいいってものじゃない」
最初はそう思い、そしてそのまま喧嘩腰に返してきた。
睨みあい、罵りあい、まるで親の敵のように。
いや、立場的には本当に仇と同じだ。
だが、付き合いが長くなるにつれて。
偶然に同じ患者の依頼を受けて。
まれではあるが共に命を助けようと尽力して。
お互いの意思、信念、立場を理解した。
まあ、理解したからと言ってそれを受け入れるか否かは別ではあるが。
俺はBJという男がどういう男なのか知った。
BJも俺という男がどういう男なのか知った。
それでも俺たちの道は交わりそうで決して交わらず、平行線を辿る。
俺という男を理解してもなお、BJは俺に言う。
「また人を殺すのか」
「誰を殺して来た」
「命をなんだと思っている」
何度も繰り返し、繰り返し。
この男は知っている。
俺が闇雲に命を奪うわけではないということを。
助かる命なら助けたいと思っていることを。
だから、繰り返す。
まるで洗脳するかのように。
正しいと思っていても、否定され続けていると一瞬判断に迷う。
自分の正しさに自信がなくなることがある。
BJの狙いはまさにそれだと、俺は思っている。
お互いを理解しあうことは、俺たちにとって吉と出るのか、凶と出るのか。
それはわからないし、きっと未来永劫わからない。
だが、BJの考えの片鱗を感じることが出来る俺は、奴の喧嘩を買わなくなった。
自己嫌悪に陥っているときや精神的に落ち込んでいるときは神経を逆なでされるので、勿論買う。
しかし、今日のように平常心が保てる場合は、BJの言葉は俺の心の奥には届かない。
街に流れる音楽と同じようなものだ。
文句を言い続ける男の顔を見下ろす。
俺の方が背が高いから、自然とBJは顔をあげ、上目使いで俺をみることになる。
睨みつけてくる鋭い視線を放つ瞳は真っ黒ではなく、茶色がかかっている。
否定する言葉を吐き続ける唇は少し薄めで、ほんのりと赤く染まっている。
顔をよぎる大きな傷跡のひとつひとつの縫い目がは一定感覚で綺麗に縫ってある。
モノトーンの髪は硬そうにみえて意外と柔らかそうだ。
きっちりとある場所を基点にして色が左右に分かれているのも面白い。
こう間近でみてみると割と整った顔をしている男だ。
「おい、聞いているのか!?」
俺がだんまりを決め込み、反応もせず、ただじっとみつめていることに焦れたのか、BJは眉に皺を寄せて、掴んだ襟首を今まで以上に締め上げてきた。
犬みたいな奴だな、と一瞬思った。
俺をみればキャンキャンと吼えてくるところなんか、いつまで経っても慣れない犬みたいだ。
吼え声のように罵詈雑言を吐き出すこの口をどうすればいいのか。
どうすれば黙らすことができるのか。
「な、なにをするっ!」
ドンと胸を押され、少しよろめいた隙にBJは後ろへ飛びのいた。
目が大きく見開かれて、驚きに虹彩さえ縮んでみえる。
手の甲でゴシゴシと唇を拭くのはちょっと酷すぎやしないか、俺は黴菌か。
奴の問いには答えず、そう言うと、射殺しそうな視線が戻ってきた。
「・・・黴菌以下だ!」
どんなときでも俺の悪口を言わないBJが可笑しい。
俺が大口をあけて「アハハ」と笑うと「笑いごとじゃない!」と顔を真赤にして怒鳴ってきた。
顔が赤いのは羞恥か、怒りか。
まあ両方、どちらかといえば怒りの方が強いか。
「もうされたくなければ、今後はそんなに顔を近づけるなよ」
ニヤリと笑いながらそう言うと、一瞬呆けて、そしてワナワナと震えだした。
ああ、怖えぇ。
こいつは意外と喧嘩っ早い。そして意外と腕が立つ。
拳が飛んでくる前に、俺はヒラリと後ろに飛びのいて「じゃあな」と手をあげ、踵を返した。
後ろから来るのは罵詈雑言の嵐。
本人は追いかけてくるつもりはないらしい。
「また人を殺すのか」
「誰を殺して来た」
「命をなんだと思っている」
いつもならこうだ。たった今までもこの言葉だった。
だが今は。
「色魔」
「変態」
「ホモだったのか」
聞いたことがなかった言葉ばかりだ。
俺は色魔でも変態でもホモでもないが。
どうしてあんな行動を起したのか自分でもわからないが。
さっきの経験はなかなか面白かった。
俺はまた「アハハハ」と大きく笑いながら、そのままBJと分かれたのだった。
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