【 Stormy night 】
 
 
 
 

温暖化が叫ばれている昨今だが、今年の夏の気候もおかしかった。
ひどい暑さが続き、夕立も少ない。
だが、一度雨が降り出せばそれは嵐といえるような雷を伴った大雨となる。
今夜も例に洩れず、その嵐だった。
ようやく寝ついたピノコの頭を何度か撫で、部屋を出る。
カーテンのない廊下の窓をみれば、ガラスには大粒の雨が叩きつけられていて今にも窓を破りそうな勢いだ。
雷も酷い。稲妻と轟音の間隔の短さから、かなり近いことがわかる。
ドーンと腹の底にくるような雷が落ちる音が響いてくる。
崖の上の一軒屋のこの家は、雷が落ちる絶好のポイントではないかと思うが、今まで一度も落ちたことないから大丈夫だろう。
自分の部屋のカーテンをあける。
元々私の部屋の窓からは大きな木と遠くに海しかみえないのだが今日はその海すらも見えない。
雨と暗闇だけの世界だ。
稲妻が駆け抜けると、世界が真っ白に染まった。
ピノコのような子供には雷は怖いものなのだろうが、俺にとっては一種のショーだ。
音はいただけないが、光が闇夜を駆け抜ける様子はみとれるほど美しい。
人間には作れない、使いこなすこともできない、巨大な電気の塊を自然はなんなく作りあげ、あっという間に消滅させるのだ。
こんなとき自分がとてもちっぽけな存在であることを自覚する。
そして雷をただ綺麗だと思う。
繰り返される白と黒の光のショーを鑑賞していると、ふと視線の片隅に何かが映った。
見間違えかとも思ったが、次に外が光った瞬間、それが勘違いではないことがわかった。
嵐のような、何もかもを叩きつける激しい雨の中、雷の光を浴びて佇む男がいたのだ。
いつも通りの黒い服を着ているのだろう。体は輪郭も見えないが、銀色の髪と白人特有の日本人とは違う白い顔がまるで灯った明かりのように浮かび上がっている。
なぜ。
そう思いながらも咄嗟に窓をあける。雨が容赦なく降り込んできてあっという間に床を濡らした。
「おい、なにをしている」
そう言おうとして私は固まる。
この男がなぜここにいるのか私は知っているのではないか。
こんな嵐の夜にこの男がやってくるのがわかっていたのではないか。
一瞬、そんな問いかけが私自身の声で頭の中に響きわたった。
そんなはずはない。
この男の訪問は突然のもので、理由など私が知っているわけがない。
そう抵抗する一方、それではなぜ私は今夜に限って雷を怖がるピノコに睡眠導入剤を与えたのだろうか。
いつもなら放っておく。
泣きながらやってきたら抱いて一緒に眠ってやるくらいだ。
それなのに。
今日はなぜ、薬を使ってすぐに眠らせてやったのだろうか。
いつも以上の激しい嵐にピノコの心が恐怖に耐えられないと思ったからか。
それとも明日は用があるから、ピノコにつきあって寝不足になるのは困ると思ったからか。
吹き込む雨で全身ずぶぬれになっている私の前に、いつのまにかキリコが立っていた。
窓の中と外、立っている場所は違っているがずぶ濡れなのはふたり同じだ。
男が窓枠に両手をかけた。
玄関からでなく窓から中には入るつもりなのだ。
この男はいつも正攻法ではこない。いつも思いも寄らぬ手を使い私を翻弄する。
中にいれたら最後。
なにが起こるのかなど私にはとうにわかっている。
とめるのなら今だ。手を伸ばし、この男の肩を押しやればいい。
拒否されればこの男はあっけなく引く。驚くほどの引き際のよさだ。
ただ、押せばいい。
私には用がない。入ってくるな、帰れと。
私は手を男に向かって右手を伸ばした。



窓が閉まった部屋の中にはずぶぬれの男。
水溜りが出来た床の上。
天上を見上げている私が濡れているのは、雨か、汗か、それとも。
 
 
 
 
 

    
 
 
 

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