【 愛しい子供 】
 
 
 
 

少年は死にたいと言って俺を呼んだ。
機器に繋がれてどうにか保たれている命。この先には苦しみによる死しか少年には残されていなかった。
少しでも長く子供に生きていて欲しいという願いと少しでも苦しむ時間を短くしてやりたいという想い。
相反する想いに引き裂かれながらも、少年の両親は少年の望みを叶えるために俺を呼んだ。
それなのに。
少しでも、1%でも可能性があるなら生きたかった。
どんなに苦しくっても辛くっても治る見込みがあるのなら死にたくない。
少年は俺にそう言った。
そんな希望は残されていないことを自覚したうえでの遺言のような言葉だった。
だが、少年は俺にそう言ったのだ。

だから、そんな僅かな希望を叶えるためにあいつが来た。

手術室に入る前に少年は俺に大事にしているという本を渡した。
「先生、ありがとう。もし助かったら僕はこの本の男の子のように一生懸命生きます。絶対弱音は吐かない」
そう言って少年は嬉しそうに笑った。
はじめて会ったときの絶望に満ちた顔とはまったく違う、希望に輝いた顔だった。
少年を見送ったあと、俺はロビーの椅子に座り、渡された本を開いた。
題名にも著者にも覚えがある。昔読んだことがある本だ。
詳細は覚えていないが、身障者になったひとりの少年の記録だった。
少年を待つ間、時間潰しになるだろう。
俺はゆっくりとその本を読み始めた。

手術室から出てきたあいつは肩を落とし、ゆっくりと首を横に振った。
少年の両親がその場に崩れ落ちる。
わかっていたことだ。
いくらあいつでも奇跡を起こすことはできない。
だが、ほんの僅かだが可能性はあった。
だから少年もその両親もその可能性にかけたのだ。
少年を助けられなかったのはあいつのせいではない。
その証拠に、泣き崩れながらも両親は感謝の言葉を口にしていた。
「あの子は絶望でなく希望を胸に逝くことができた」
と、繰返し繰返し。

屋上にいるあいつをみつけた。手すりに置いた腕に顔を埋めている。
泣いているようにはみえない。
だいたいあいつは医者だ。患者が亡くなる度に泣いてたらきりがないだろう。
悔しいのだろうか、助けたかったのだろうか。
可能性はほとんどないことをあいつは理解していたし、実際そう言った。
それでも少年が望み、両親が望んだから執刀したのだ。少年と同じくほんの僅かな可能性にかけて。
そして失敗した。
だが、それはあいつのせいではない。

きっと助けたかったのだろう。
子供の頃に助けられた自分のように、どんなに苦しくっても辛くっても生きていく道を作ってやりたかったのだろう。
本をふたたび読んだ俺は頭が殴られた気がした。
本の少年はあいつだ。
バラバラになった体を縫い合わされて、動かない体を血を吐くようなリハビリで回復させ、ひとりで旅をした少年。
その少年が成長をして、健常者と変わらぬどころか神の手を持つ、天才外科医になったのだ。
信じられないほどの回復、自分に厳しい強固な意志だ。
少年の執刀を承諾したのは、子供の頃の自分を助けるような感覚だったのではないか。
回復せず亡くなったという母親を助けるような気持ちだったのではないか。
人は神ではない。
死は誰にでも平等に訪れて、助けることが出来ないことの方が遥かに多い。
そんなことはわかっていても、助けられなかったことが悔しいのだろう、苦しいのだろう。
俺がゆっくりと近づいてもあいつは顔をあげなかった。
いつもなら噛み付いてくるが、今回は俺も少年を助けたいと思っていたのを知っているから何も言わない。
ただ、組んだ両手に顔を埋めたままだ。

ツートンカラーの髪。
横顔を横切る大きな傷。
裾が捲くられた腕にもいくつもの傷がある。

本を読んだばかりだからなのか、横にいる男が一瞬小さな少年に見えた。
なにかが心の奥底から湧き上がってくる。今まで感じたことのない感覚だった。
それがなにか自覚するまえに、俺は無意識にツートンカラーの頭を撫でた。

よくここまで来たな。
よく頑張って諦めず生き抜いてきたな。
救えなかった命を哀しむ心を持ったままよくここまで成長したな。

なんだかそんな気分だった。
一瞬ぴくりと反応したが何も言わず撫でられている。
不思議な気分だった。
俺は無言のまま数回撫でた頭から手を放すとゆっくりと背を向けた。

ドアを締める寸前、視界の端にちらりとみえたあいつは、顔をあげ背筋を伸ばし遠くをみつめていた。

 
 
 
 
 

    
 

 
 

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