今秋コレが訪れるのは何度目だろう。
今回はいつもより勢力が強く、厳重に注意しろ、というニュースがひっきりなく流れている。
岬の上にあるこの家も風で飛ばされるのではないかというほどガタガタと音を鳴らしている。
いつもならピノコが怖がって一緒に寝ようと訴えてくるのだが今日はすでにぐっすりと寝入っていた。
客が来るからと掃除も夕食もいつも以上に頑張って、食後はトランプ遊びなどに興じはしゃいでいたからすっかりと疲れてしまったのだ。
ピノコが楽しそうだから文句は言わなかったが、この男を客扱いするのをBJは苦々しく思っていた。
おかげで追い返すことができなかったのだから。
「なぁ、ブラック・ジャック」
「なんだ」
リビングで冷めたコーヒーを飲んでいたBJは顔をあげた。
目の前には目を細めて機嫌のよさそうな死神が一匹。
「今夜は泊まっていいんだよな」
「仕方ないだろう。この暴風雨の中を追い出すほど俺は非情じゃない」
窓を叩く横殴りの雨。
風も強く、外に出たら一瞬でびしょ濡れ、そのうえ視界が悪く数歩も進めないだろうことは想像するに容易い。
いくらBJでもこの嵐の中、帰れとは言えなかった。
「ふふ。台風さまさまだな」
「お前さん、台風来てるの知ってるのにわざと来たろう?」
「ふふふ。よくわかってるじゃないか」
ギロリと睨みつけるが、ニヤリといやらしく笑い返される。
嵐がひどくなる前に追い返したかったBJは見事に失敗した。
ピノコを取り込んだキリコの作戦勝ちといったところだ。
「・・・さっさと寝ろ」
カツンとコーヒーカップをテーブルに置き吐き捨てるように言う。
「どこでだ?」
「ピノコが客間を用意してると言ってただろう」
BJの冷たい態度を気にする風でもなく、キリコは心底楽しそうだ。
「ふ、知ってるくせによ」
クスクス笑いながらキリコはソファーから立ち上がった。
意味深な台詞と意味深な視線をBJはあえて気がつかないふりをする。
「なにがだ」
「俺がこんな天気の夜に来る理由をだよ」
「知らん」
「素直じゃないなぁ」
ゆっくりとBJに近づいたキリコは、手を伸ばしBJの腕を優しく掴む。
「さ、触るなっ」
その手を払いのけ弾かれるように立ち上がり逃げに入ろうとしたBJの腕を力いっぱい引き寄せ、その体を抱きこむ。
「まさか。これが目的で来たのによ」
抵抗する間も与えず、体重をかけ再びBJをソファに押し戻す。
というより、押し倒しその上にのしかかった。
「キリコ!」
身に危険を感じてBJが暴れようとするが、自分より大きな男に、その全体重で押さえ込まれて押し戻すことができない。
それどころか、手首を拘束され、仰け反った首筋に男の唇が落ちてくる。
「ん?なんだ?」
「ふざけるなっ」
「今更わからないふりすんなよ。さあ、ブラック・ジャック楽しい夜を過ごそうぜ」
レロリと大きく喉元を舐め上げられ、ゾクリとした感覚が背筋を貫く。
慣れた体臭、慣れた重さ、慣れた唇、慣れた手。
太腿に押し付けられた男のモノが徐々に硬くなっていくのが伝わってきて、否が応でもBJの体も反応してしまう。
快楽の予感に無意識に体が悦び震えだす。
だが、簡単にキリコの手管に落ちるのは悔しいと、理性がまだ抵抗しろとBJに指示するのだ。
「ピ、ピノコがっ」
それでも拒否の理由としたのがピノコであることろで、すでに勝負がついていた。
「雨と風の音に紛れてなんにも聞こえやしないって」
自分の完全勝利に満足しながらキリコは、その理由を簡単に無効にした。
「だから今夜は遠慮なく声をあげていいぜ。沢山いい声で鳴いてくれ」
「・・・この変態」
「なんとでもいえ。お前さんは滅多に声を聞かせてくれないからな。せっかくのチャンスを逃せるか」
シャツごしに乳首に噛み付き、大きな手で股間を覆うと遠慮ない動きで揉みほぐす。
「あっ!」
嬌声に近い甘い声が発せられる。
この男はいつも声を抑える。
抱かれることへの羞恥、または抵抗かと思っていたが、どうも無意識に周りを気にして声を抑えてしまうらしいと気がついたのはいつのことだったか。
「そう、その声。さ、ベットへ行こうぜ」
こんな嵐の日は、その暴風雨に声が紛れるせいか、その音で自分が声が聞こえずらいのか、気が抜けるらしいBJはいつもよりも沢山声を出してくれる。
相手の感じる甘い声は、聴覚経由でキリコの性的興奮を強く刺激してくれる。
今日は楽しい夜になりそうだと、キリコはBJに深く口付けながら体を引き起こし、そのまま客室に連れ込んだのだった。
キリコが目を覚ますと、リビングからTVの音が聞こえてきた。
明け方になって自室に戻っていったBJだったが、既に起きているようだった。
『日本列島を襲った台風の爪あとは・・・』
服を着てリビングに入るとBJがTVのニュースを見ていた。
「なんのニュースだ?」
「台風の被害状況。いろいろと大変だったみたいだなぁ」
画面をみると、倒れた木々や警戒域まで達した川の映像が流れている。
いろいろな地域で被害があったらしい。
「すごい台風だったからな」
BJが納得顔でそう呟いた。
あんなに乱れてたのに台風を気にする余裕があったのか、と突っ込みたかったが、それよりも言うべき楽しいことがあるのでそこは流した。
「俺のとこも相当な被害があったぜ」
「え?そうなのか?」
驚いた表情を浮かべ、TVからキリコへパッとBJは顔を向けた。
「ああ」
大きく頷くキリコを見ながら、男の診療所兼自宅を思い浮かべる。
「ふっ。かなりボロイ家だからな」
気の毒な話のはずだが笑いが込み上げてくる。
「お前さんが言うか」
BJのこの家も同じようなものだ。
まさに目くそ鼻くそを笑う、といったところだろう。
「ま、台風のときうちにいてよかったじゃないか」
顔は笑ったままだが、一応慰めっぽい言葉をかけたBJにキリコはニヤリと笑いかけた。
「このうちにいたから被害があったんだがな」
「ん?」
「家じゃねぇよ」
「は?じゃ、なんの被害だ?」
意味がわからず訝しげな表情を浮かべたBJに、キリコはくるりと背中を向けた。
そして。
「ほら、これさ」
シャツから片腕を抜くと、パサリと半分肩から落とした。
「!!!!!!!!!」
現れた裸の背中をみて、BJは息を飲み顔を真っ赤に染めた。
「愉しかったな♪お前も相当ヨカッタみたいだしよ」
肩越しに振り返ったキリコはいやらしくニヤニヤ笑いながらBJをみた。
「ば、ばかっ!!!さっさと隠せっ」
ぜんぜん覚えていない。
だが昨夜の情事の痕を赤裸々に見せつけられてBJは慌てた。
朝食を作っているピノコがいつこの部屋に来るとも限らないのだ。
シャツを着込むと嬉々としてキリコが迫ってきた。
「治療してくれよ。わりと痛いんだぜ?」
「し、知るか!自分でやれ!!」
背中に走る幾本もの爪あと。
自らの快感の証をまじまじとみて治療するなんて恥ずかしすぎる。
「背中の傷をどうやって自分で治療できるんだよ」
「知るか。だいたい自業自得だ」
台風の晩に、ソレ目的で訪ねてくる男にはそれなりの罰だろう。
「ふーん。じゃあ、お嬢ちゃんにやってもらおうかな」
「なに?」
「彼女はなかなか腕のいい看護師なんだろ?オーイ、おじょ」
「や、やめろ!!俺がやる!!!」
ただの脅しと思いきや、本当に声を張り上げピノコを呼ぼうとするキリコの口を、BJは大慌てで立ち上がりながら掌で押さえ込んだ。
朝っぱらから血圧が上がった気分だ。
驚きと焦りに跳ね上がった心臓に、息を荒げているBJをキリコは愉しげにみつめならが囁いた。
「そうそう、自分のつけた爪あとを娘に治療させたくはないよなぁ?」
「くっそーーー!!」
悔しそうに叫んだ声を聞きつけて、ピノコが「先生どうちたの?」と顔を出す。
それを慌てて誤魔化しながら、BJはキリコを診療室に連れ込んで。
一番沁みる消毒液をぶっかけて手荒く治療したのだった。
そして、どんな治療をしたのか、その傷跡はその日一日中キリコの背中をヒリヒリと痛ませ続けたのだった。
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