どうも自分はこの男に欲情するらしい、と気がついたのはいつのことか。
男相手に冗談じゃないと怖気がたつのに躯は反応する。
そんな自分をコントロールできず、嫌で嫌で死にたくなったものだ。
どうも自分はこの男に欲情するらしい、と己の欲望を認めたのはいつのことか。
認めたというよりも諦めたという表現の方が近い。
だからいってどうなるものではないと自分自身を嘲笑したものだ。
どうも相手もまったく自分と同じ感情と欲望を抱いているらしい、と知ったのはいつのことか。
心底驚いた。信じられなかった。
だが、同時に困ったことになったとも思った。
堰きとめるものがなくなったのだ。
知ってしまった以上、知られてしまった以上。
もう抑えることはできそうになかったからだ。
まず、戸惑った。
はっきり言って自分には男を相手にした経験はまったくない。
どうも相手も同じようだった。
なんでノーマルなのに、お互い欲情するのか己のことながら理解に苦しむ。
だが躯は理性を意思を無視して反応する。
こうなるとこのまま立ち止まってはいられないと自覚した。
男の体だ。
見れば萎えるかもしれない。
触れば萎えるかもしれない。
気の迷いだったと、躯も気がつくかもしれない。
そう思ったから。
実験することにした。
当然、素面でなんかできない。
偶然会って、酒を飲んで、仕事もない。
そういうときに、少しづつ少しづつ実験を重ねた。
第一回目。
抱き合ってみた。
そして触れるだけの口付け。
固い筋肉質な躯。女とは全然違う、力の強さ。
だけどすぐに夢中になった。
触れるだけじゃ我慢できず、気がつけばお互い貪りあうように唾液の交換をしていた。
ヤバイと相手を引き剥がし、全然嫌じゃなかったことにガッカリしながら、その日は分かれた。
第二回目。
服を脱ぎ合ってみた。
とりあえず上半身。そしてそっと胸板に触れてみる。
緊張のためか興奮のためか、少し汗ばんだ肌なのに気持ち悪いどころか離せなくなった。
ベタベタ触りあう。
興奮のままにお互い相手の下肢に手をやりジッパーをおろしスラックスを引き下ろした。
現れたのは男の性器。
普通は萎える。ゲッと思う。
なのに、視線が離せずゴクリと唾液を飲み込んだ己に気がついた。
飛びのくように離れて、お互い逃げるようにして、その日は分かれた。
第三回目。
触りあってみた。
今度は全部服を脱いで、全裸になる。
ベッドに向かい合って座って、お互いの性器に手を伸ばす。
最初は自分も相手も恐る恐るといった具合だった。
触れた瞬間にビクッと手を引き、でも変な吸引力があるのか触れずにはいられない。
お互い握り合って、擦りあげる。
脱いだ時点で半勃起状態だった性器が手の中でどんどん固さを増してくる。
ぬるぬるとした先走りが流れ、くちゅくちゅとイヤらしい音が握る掌から発せられる。
興奮した。
頭に血が昇って何も考えられなくなった。
どちらのものかわからない、荒い息遣い。洩れる低い快楽がこもった呻き。
気持ち良かった。
相手も気持ちよくしたかった。
膝立ちになって、ふたつの性器をまとめて擦ったら、信じられない快感にあっという間に絶頂を迎えた。
手を濡らすふたり分の体液。
荒い息使い。
目を見合わせて、お互い困ったように顔を歪めた。
躯を拭いて簡単に後始末して、一言も口を聞かず、その日は分かれた。
第四回目。
「今日はどうする」
BJが言った。
「この前は手だったから・・・今度は口かな」
キリコが答えた。
今までの実験はすべて失敗。
行為に対する抵抗感も嫌悪感も一度も起こらない。
ヤメロ、ヤバイ、と制止しようとする理性を無視して躯は暴走し、精神はそれに引き攣られていく。
そろそろ実験を成功させ、こんな馬鹿げた行為を終了させなければならない。
それがお互いの一致した意見だ。
躯に触っても、キスしても、性器を擦りあっても、全然平気だった。
だが、『口でする』つまりフェラチオなら嫌悪感が湧き出しそうな期待がある。
他人の男の性器を、勃起したグロテスクな形状を間近で見なければいけないのだ。
そのうえそれを口に含む。
ヘタすれば相手の精液が口内に吐き出される。
考えるだけで気持ち悪い。ゲッソリする気分だ。
きっと今日こそは上手くいく。
そう期待しながらも、すでに半勃ちとなった己の性器が現実を突きつけているようで、少し怖い。
「どっちからする?」
「せっかくなら一緒にしようぜ」
キリコはBJをベットに横たわらせ、自分は逆方向に寝転ぶ。
相手の顔は見えない。足がみえるだけだ。
成る程、と思ったBJの耳にキリコの問い。
「どっちが上になる?」
頭の中で状況を想像してBJは黙り込んだ。
少ししてキリコが顔を下に向けると、BJとパチリと視線があった。
「横向きになって向かい合った方が不利有利がなくっていいんじゃないか」
意外と冷静に答えるBJは視線を逸らさなかった。
「なるほど。じゃ、はじめるか」
キリコはニヤリと笑いかけて、左腕を下にして寝転んだ。
BJも同じく続く。
躯を寄せ合い、下にずらすと、目の前に男の性器。
こんな異常な状況下ですでに勃起しているそれは、さあ咥えてくれと言わんばかりだ。
だが、自分の性器も同じ状態だ。固く反り返っていることがよくわかる。
今更なにを戸惑うことがある。
BJとキリコは口をあけ、眼前の性器をゆっくりと咥えこんだ。
ゾクリとした感覚が背筋を駆け上がる。
それが性器から発せられた快感なのか、咥えた興奮から発せられたものなのかはわからない。
とりあえず吐き気はもよおさないか、抵抗感はないか。
確認するように、検査するように、咥えた性器に刺激を与えはじめる。
まず亀頭部分だけ咥えこみ、先端を舌先で舐める。
広がる苦味に眉を顰めるが、耐えられないほどではない。
そっと頭を寄せ、ゆっくりとゆっくりと入るところまで飲み込む。
大きな肉の塊が口内をいっぱいに広げる。
頭を前後に振り、出し入れするとゾクッと快感が走った。
下肢では相手が同じように性器を咥え、舌と唇で刺激を与えている。
性器から全身にかけて快感が走り抜ける。
熱くて狭い口内に包まれて無意識に腰が揺れる。
咥えているのは、柔らかくって甘い香りのする女ではない。
今、自分が咥えている性器の持ち主、まぎれもない男だ。それも若くない。
それなのに今までのどんな口淫よりも気持ちがいい気がする。
男同士だから、ツボのありかを知っているのだろうか。
そう思いながら、自分だって負けられないと舌と唇を動かす。
自分ならここを責められれば気持ちいい。
ここをこうされると我慢できなくなる。
そしてここはこうだ。
せっかくの手も動かさないと勿体無い。
腰を、太腿を撫で、ふくろをやわやわと揉む。
ますます硬くなり、先走りを溢れさせる、性器の反応を口内で感じて満足感が湧く。
自分の口淫で相手はこんなに感じているのだ。
咥えた唇の端からたまに洩れる声がまたいやらしい。
夢中になってしゃぶる。
側面を舐め、ふくろを咥え、喉の奥まで飲み込み、しゃぶり咥え舐め回す。
しゃぶられている性器から、しゃぶっている口内から、信じがたい快感が迸り躯をぐるぐると巡る。
思考力が低下しそうだ。
男の性器をしゃぶって興奮して快感を得ている自分の姿は当たり前のもので、抵抗するだけ馬鹿馬鹿しい感じがしてくる。
ああ、もう駄目だ。
イク。
そう思ったときに、口内の性器が弾けた。
全身を貫く快感に身を任せながら、注がれる精液を夢中になって飲みくだす。
自力で出なくなると吸引して残りもすべて吸い尽くす。
もうなにも出ないと確認してから、ゆっくりと咥えた性器を開放した。
ドサリと躯を倒し上向きに寝転ぶ。
はぁはぁと荒い息が口から絶え間なく発せられ、胸板が大きく上下している。
駆け巡る快感が引いていくのを感じながら、息が落ち着くのをゆっくりと待つ。
その間、目を瞑って思考する。
もう駄目だと思う。
フェラチオをするのもされるのも、全然嫌じゃなかった。
それどころか興奮しまくりで感じまくった。
今まで得たことがないのではないかと思えるほどの、興奮と快楽だった。
相手は男なのに。
自分と真逆の道をいく奴なのに。
実験は失敗だった。
ここまでやっても嫌悪感が湧くどころか、もっともっとと求めてしまう自分を発見しただけだった。
キリコが動く気配を感じてBJが躯を起すと、目の前には胡坐を組んだキリコがいた。
お互いの表情で、どちらも同じ結論に至ったことを察しあう。
「あーあ、どうするよ、ブラック・ジャック」
「キリコ、それは俺が聞きたい」
男なら、認めてしまえば腹を括るしかない。
とは思うものの、なんでこんなことになったのかという気持ちは消えない。
キリコは苦笑を浮かべると、そのままベッドへとダイブした。
BJを抱き込んで。
圧し掛かってきた男に慌てるBJを抱き締めて、キリコは耳元で呟いた。
「とりあえず、このまま一緒に寝よう」
「なに?」
「一晩寝てさ、朝になってから考えようぜ。今はもう脳みそが上手く動かん」
「・・・たしかに」
BJがキリコの躯を押すと、その躯は抵抗なくゴロンと横に転がった。
ベッドの脇でクシャクシャになっている掛布をひっぱり、BJは自分とキリコのうえにかぶせる。
「こんな躯のどこがいいのかねぇ」
小さくブツブツと呟きながらキリコの手がBJの躯を弄る。
「お互いさまだ」
その手をパンと払いのけ、苦々しげにBJが呟いた。
「お互いさまか」
「そうだ」
「だったらしかたないなぁ」
苦笑する気配が伝わってくる。
「考えるのは明日だろう」
「そうだったな」
部屋の照明が消され、部屋に沈黙が訪れる。
だが、それは決して居心地の悪い嫌なものではない。
目を閉じる。
とりあえず今夜は寝る。
すべては明日、太陽が昇ってからだ。
意外と早く眠気が訪れる。
眠りにつく瞬間、男同士のセックスとはどういうものだったろうか、という疑問が頭を過ぎったが、すぐに眠りについてしまい、そう考えたことは忘れてしまったのだった。
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