【 Wind 】
 
 
 
 

 
風が強い。
ピューーと風が吹き抜ける音と煽られて揺れる木々のざわめきが一面に響く。
ばさっという布のはためく音がして、キリコはふと隣の男に視線を投げた。
肩に羽織っただけのコートの袖が風に吹かれパタパタと音を立てている。
風は強く、体ごと持っていかれそうな勢いだ。
それなのに。
BJは顔にかかる髪を煩そうにかきあげるだけで、あまり普通とは変わらない。
意外と鍛えてるんだな、と考えながらBJを横目で眺めていたキリコだったが。
「あれ?」
足をとめて、BJをまじまじと上から下まで眺めなおした。
「なんだ」
不躾な視線にBJは眉を寄せながら足をとめ、立ち止まっているキリコを振り返る。
黒いスーツに身を包み、コートを肩に羽織っただけの、いつもと同じ格好。
だが、いつもと同じ過ぎるのだ。
この強い風の中、はためくのはツートンカラーの髪とコートの袖だけ。
普通ならコートごと風に持っていかれるはずなのに、コートはずしりと重力に添って下へと垂れ下がっている。
「ブラック・ジャック、お前・・・」
「なんだ?」
「コートになにを入れてるんだ?」
風になびかない理由はどう考えてもひとつだけ。
強風にも負けない重いものがコートの中に仕込まれているということだ。
「いきなりなんだ?」
突然の質問に少し驚いたのか、BJは目をパチクリさせた。
重さを確かめようとキリコが手を伸ばすと、一歩下がって「触るな」とBJは言った。
「企業秘密だ」
「企業秘密ということは・・・医療関係のものだな?」
「まあ、メスとか・・・そんなところだ」
メスにしたって1本や2本、いや5本や6本でも今の状態にならないだろう。
いったい何をコートに忍ばせれば、強風にも負けないズッシリとしたコートが出来上がるんだ。
キリコは呆れながらも、こいつとやりあうときはとりあえずコートを取り上げることから始めないといけないな、と心に刻んだ。

それからしばらく無言で歩いていたが、一度気になるととことん気になるキリコである。
BJはキリコ同様『闇の医者』だ。
普通の医者とは違い、常に危険と隣り合わせなのだ。
大立ち回りをすることもあるだろうし、呼ばれれば足場の悪い場所に行くこともあるだろう。
そんな状況でこのコートは。
「・・・転んだら危なくないか?」
かなりな時間差での質問だったが、BJは気にした風もなくあっさりと
「危ないだろうな」
と答えた。
そうか、あぶないのか。そう思いながらもうひとつの質問。
「肩は凝らないのか」
「凝る」
やっぱり凝るらしい。
淡々とした会話をしながら、ふたりは風の中を歩き続けている。
「お前さんの・・・」
「なんだ?」
BJは少し口ごもったが、意を決したように続けた。
「あの安楽死のマシンだが」
脈絡のない、話題の転化。
またいちゃもんをつけてくるのか、とキリコは身構える。
「あれは電気だろう?肩凝り治療に使えないのか?」
「・・・は?」
「そういう使い方の方が人のためになると思うんだが・・・どうだ?」
頭っから悪しきことと決め付けてギャンギャン騒ぐなら、いつも通りに軽くあしらえばいい。
だが、今日はいつもと違う手できたあげく、どうだ?と聞かれても。
ただ単に肩が凝っているのか、それとも攻撃方法を変えてきたのか。
どちらにせよ、突然のことでなんと答えていいのかわからない。
とりあえず。
「・・・あとで肩揉んでやるよ」
そういうと。
「・・・頼む」
とBJは答えた。
 
 
 
 
 

    
 
 
   
 ■あとがき■
風がものすごく強い日に妄想したキリジャ。
 あまり意味のない淡々としたアホ話になりました。

なんでふたりが仲良く並んで歩いているのかの
シチュエーション的突っ込みはご遠慮ください。
私にもわかりません(笑)

 
 
 

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