【 Valentine's Day Kiss 】
 
 
 
 

 
「小包です。印鑑お願いします」
珍しく誰かが訪ねてきたかと呼び鈴の音に玄関の扉をあけると、愛想のいい見知らぬ男が立っていた。
その手元に視線をおろすと小さな小包を両手で持っている。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
仕事柄、そして土地柄、あまり人が訪ねてくることがない、この日本の家。
人が来ない以上に小包が届くなんてことも滅多にない。
不思議に思いながらも、玄関の脇に置かれた小さな卓からペンを取る。
日本の家庭なら印鑑のひとつやふたつは必ず置いてあるのだろうが、あいにく俺にはそんなものを持つ習慣はない。
「印鑑はない。サインでいいか」と聞くと、男は愛想よく「はい」と答えた。
伝票にサインを書き込みながらチラリと差出人を確認するが、住所は書いてない。
なんだ、いったい誰だ、と思いながら、小包を受け取ると男は軽く頭をさげて帰って行った。

部屋に戻りながらじっくりと差出人を確認すると「ピノコ」と書いてある。
ピノコ?
BJの娘の、あの小さなお嬢ちゃんか?
奴ならまだしも、彼女が俺にいったい何を送ってくるというんだ?
いや、BJが俺に物を送ってきたことは今まで一度もないが、あの子が送ってくるよりも可能性は高いと思う。
ま、その場合、モノグサが理由の貸してやった品物が送り返されてくるとかだろうが。
ソファーに座り、組んだ足の上に小包を置いて梱包をとく。
包装紙の下から現れた箱をあけると、その中にクッション材と可愛らしい箱が入っていた。
同時に甘ったるい香りが漂ってくる。
この匂いは。
可愛らしい箱の蓋を取ると予想通り、小さいチョコレートが並んでいた。
ころころとしたチョコレートの形はいびつでいかにも手作りといった感じだ。
「なんであのお嬢ちゃんが俺に?」
添えられたカードを開くとあまり上手ではない文字で『ハッピーバレンタイン』と書いてある。
そして言い訳のように、BJ用の本命チョコを作ったが良いできなので俺にも送る、といったことが書いてあった。
最後に奴の文字で小さく「心優しい娘だろ?」と添えてある。
その言葉で、去年のクリスマス時期の奴との会話を思い出した。
そうか、俺はまだ『妻も子もない寂しい中年』だと思われているのか。
がっくりと肩が落ちる。
クリスマスディナーに招待されたとき、何気ない感じでそれを否定してみたのだが彼女には通じてなかったようだ。
彼女が俺にチョコレートを送ると言い出したときの、そしてこの一筆を書いたときのBJの顔が思い浮かぶ。
こみあげる笑いを必死に押さえ込んでいたんだろうな、きっと。くそっ。
まあ、どんな理由にせよ、存在を気にして貰えて、こうしてチョコレートまで送って貰えたということはかなり嬉しい。
日本のバレンタインの慣習は俺には馴染めないが、なかなか面白いと思う。
本命だの、義理だの、友チョコだの、贈る理由は多岐に渡るらしい。
この場合はどれに当たるのだろうと取りとめのないことを考えながら、可愛らしい箱を取り出すと、一緒に何かがコロンと転げ落ちた。
「ん?なんだ?」
カードとチョコレートの箱しか入ってなかったと思ったが、と不思議に思いながら床をみると、銀色の小さいものが落ちている。
拾い上げてみて、それが何か思い至って、俺はニヤリと顔を綻ばせた。
可愛いことをしてくれる。
小さかろうが、安かろうが、一個だけだろうが、これは間違いなく奴からの本命チョコ。
篭められた意味はないかもしれない、偶然テーブルにあったのを気まぐれで入れただけかもしれない。
それでも俺はこのチョコレートが『キスチョコ』と呼ばれているものだということに、特別な意味を探ってしまう。
チュッと軽く銀色の小さいチョコレートにキスをして、俺はこみあげるまま声をあげて笑った。
とりあえず、ホワイトデーという日本ならでわのイベントに今年は参加してみようか、と思いながら。

 
 
 
 
 

    
 
 
   
 ■あとがき■
題名に誤りあり?(笑)
キリジャのバレンタイン。
色気ナッシング。
というか、カップルの片割れブラックジャックでさえ未登場(笑)
 
中年男のカップルに色気があっても気持ち悪いだけじゃ?
とか思ったら、こんな感じになりました(^^;)
 
 
 
 

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