「・・・まさかこれを登れってぇのか。」
目の前のとんでもない傾斜を見上げ、次元は盛大なため息をついた。
観光客たちがふうふう言いながら登っていくのを見つめ、汗をひと拭いしてから、仕方なく自分も歩き出す。
寺の入り口が坂だとは確かに言っていたが、こんな心臓破りの坂とは聞いてない。あの侍にとっては朝飯前なのだろうが。
ようやく登りきり、観光客達が向かう方向とは逆の方へ足を向けた。木立の間、人目を忍ぶようにして建つ東屋を見つける。
「・・・来たのか。」
気配を察したのだろう、扉を開けると驚いた顔が出迎えに立っていた。
「ご挨拶だな。平泉にいると言ったじゃねえか。」
「まさか来るとは思わなかった。お主は確かブラジルだと。」
「ちょっと興味が湧いてな、日本の墓参りとやらに。」
嘘をつけ、と五右エ門は笑った。奥へと振り返るその首っ玉に今すぐかじりつきたいところだが、足が言うことを聞かない。情けないことに、さっきの坂が思いのほか効いたらしい。
「どうした。」
振り返る侍に何でもねえと手を振ってみせ、おぼつかない足取りで次元は歩いた。よろよろと座る様子を黙って眺め、五右エ門が茶の支度をしに奥へ行く。心なしか笑っていたような気がする。
「・・・あの坂か。」
「馬鹿言うな、あんな坂、何でもねえさ。」
くつくつと笑いながら冷たい茶を差しだし、なぜか五右エ門は次元のすぐ隣にあぐらをかいた。
「どうした。」
「・・・。」
黙って茶を一口飲み、侍が湯呑みを置く。
「・・・来たのか」
「・・・ああ、来たぜ。」
少し笑って、二人は目を交わした。何も言わないが次元には分かる。
侍は喜んでいる。
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