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俺はもう腹くくったぜ。
だから五右エ門。
おまえも次に会うときまで覚悟きめとけ。
別れ際、すれ違いざまにぽんと五右エ門の肩を叩いて、次元はそう言った。
ほんの少し足を止め言うだけ言って離れていく次元の気配が消えるまで、五右エ門は微動にせず立ち竦んでいた。
答えることも振り返ることも、反応することすら出来なかった。
ずっとこのままでいられるはずはないことはわかっていた。
だが、出来ればこのままでいたい、現状維持でいられるならと願っていたのは、お互い様のはずだ。
それなのに次元は一歩踏み出すことを選んだ。
目を逸らすことをやめ、誤魔化すことをやめ、気がつかない振りをやめ、ちゃんと向き合い受け入れると宣言したのだ。
この件に関して次元と五右エ門は一蓮托生。片方が受け入れるというのならもう片方に拒否権はない。
声にも言葉にも、迷いも戸惑いも感じられなかった。それは確固とした覚悟を決めた男のものだった。
爪先から頭の天辺までゾクゾクとしたものが駆け上がる。
それが怯えなのか悦びなのか五右エ門にはわからない。もしかしたらその両方かもしれない。
とにかく今わかっているのは、次に会うときがすべての終わりで始まりだということだけだ。
「次に会うときまでに･･･」
口の中で次元の台詞を復唱した途端、全身の熱が一気に上昇した。
重度の熱病にかかったかのように頭がクラクラして倒れそうだ。
とにかく覚悟を決めなければならないらしい。
ぬるま湯状態で満足していたのに、突然腹をくくって向き合うことを強制された五右エ門としては充分な時間が欲しい。
「･･･くそっ、次元めっ」
既に気配もない男に対して、五右エ門は忌々しげに悪態をついた。
のが、数ヶ月前。
『仕事だ』とルパンから連絡が入ったのは数日前。
それまでも何度か仕事の誘いがあったがすべて『修行中』の一言で断っていた。
修行というのは嘘ではないが、ただの修行ではなかったのは確かだ。
覚悟を決めるのは並々ならぬ精神的修行が必要だったのだ。
情けないと思わないでもなかったが、今までの概念や己の常識を打ち破るためにはそれなりの時間がかかるのだから仕方がない。
そしてようやく心が決まり、呼び出されたアジトにやってきた。
ドアノブを握りゴクリと喉を鳴らす。
まさしくこのドアは新しい世界への扉。これを開ければもう引き返せない。
だがもう決めたのだ。
覚悟を決めて腹を括った。男なら後はそれを貫き通すだけ。
「御免」
ドアの向こうには久々に会う仲間ふたり。
･･･と、見知らぬ赤子。
ルパンがミルク片手に赤ん坊を抱きあげ、その後ろに次元が寄り添うように立っている。
その様はまるで、そうまるで、男夫婦だ。
「…御免」
顔が赤くなるのを自覚しながら、どうにかもう一度同じ言葉を口にして、開けたばかりのドアを再び閉めた。
次元が追ってくるとは思わないが、とにかく五右エ門は足早にアジトを後にした。
決めた覚悟が揺らいだ。貫き通す前に折れ曲がった感じだ。
とにかく居たたまれなかったのだ。
「やはり修行が足りん」
勿論、ルパンと次元がどうこういう関係だと邪推した訳ではない。
馬鹿みたいに阿呆みたいにベッタリでツーカーなふたりだが、そういう間柄ではないことは長い時間仲間として共にあった五右エ門は良く知っている。
かといって、金髪の赤子が次元の子ではないかと疑った訳でもない。
１００％あり得ないとは思わないが、どちらかといえばルパンの方が可能性は高いし、それよりも何か厄介ごとを抱え込んだと考える方が現実的だ。
だが、あのとき。
ドアを開けて目の前の光景を見たとき。
赤子がいるせいか、『男夫婦』という言葉が思い浮かんだのだ。
途端、ひどい羞恥に襲われた。
覚悟するということはそういうことだ。
腹を括って受け入れる現実というのはそういうことなのだ。
自分達にはわからずとも自覚がなくとも、ヘタすれば傍からみればそういう風に見えてしまうこともあるということで。
恥ずかしくって居たたまれない。
五右エ門は俯くことで真っ赤になった顔を隠しながら、元来た道をそのまま戻っていく。
終着地点は、出発地点だった日本だ。
修行のやり直しとまではいかないが、とりあえず心を落ち着かせる必要があった。
先はまだ長い。
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