■7年目の7月7日■

 
 
 
 
 

剣豪坊やとルパンが呼んだ青年が仲間に加わってまだそんなに経っていない、梅雨のとある日。
赤く染まった空を見上げた五右エ門が「今夜は晴れそうだな」とぽつりと呟いた。
7月の梅雨のまっただ中。毎日毎日鬱陶しい程、しとしと降り続ける雨に辟易していたから久々の太陽にほっと一息ついたのは次元も同じこと。
だからそんな五右エ門の呟きは普段なら聞き流す程度のものだったはずなのだが、その声色がいつもの無愛想で突っ慳貪なものではなく、なんだか嬉しそうな優しいものだったから、次元の耳を捕らえたのだ。
何を考えているかわからない、堅物な侍。生きベタで古くさい慣習にがんじがらめになっている青臭い若者。
でもつきあってみれば、単純で素直な性格なのが言動の端々から伝わってくる。
まあ、それが反作用を起こして一度こうと決めたら信念を曲げない、扱い辛い人間になってしまっているのだが。
ルパンはすでに攻略方法をマスターしつつあるらしい。
頭の回転の速さと口の達者さではルパンに勝てる者はなかなかいない。結局五右エ門もなんだかんだで丸め込まれつつある。
次元はまだそこまで達観していないが、なんとなくこの新しい仲間の扱い方がわかってきていた。

「こんな郊外だと星も綺麗そうだ」
独り言に返ってきた言葉に五右エ門は一瞬驚いたように次元を見たが、すぐに表情を緩めて「そうだな」と答えた。
笑っているようにみえるその表情をよく見ようと目を凝らしたときには、五右エ門は次元の横をすり抜けてアジトの中に吸い込まれていた。
その夜。
夕方に自分自身が発した言葉が頭にあったのか、次元は久々に庭に出て空を見上げた。
予想した以上の満天の星だ。光害がない分、星がよく見えるとは思っていたがここまでとは。
煙草1本吸う間くらい鑑賞してもいいかと、火をつけ煙をくゆらせながら顔をあげる。
そんな次元の視線の端で何かが動いた。屋根の上だ。
ハッと身構えて木の陰に隠れる。
最近ルパンが気に入ってよく使っているこのアジトは、洋風の三階建てだ。
日本家屋と異なり、瓦など敷いていない平坦なコンクリート打ちの屋根の上に何かがいる。猫などでない、人間のサイズだ。
だがすぐに次元はおかしいと感じた。
敵にしては気配を隠さなさ過ぎる。殺気も敵意もない。それにこの気配は。
「・・・五右エ門?」
木陰から一歩出て声をかけると「なんだ?」という返事があった。
「驚かせやがって」
ふう、と吐息して拳銃から手を離す。
「なにがだ」
野生動物みたいな奴だと感じることがあったが、それは間違いではなかったらしい。
この距離で独り言もきちんと聞き取り、返事してくる。
「そんなところで何してやがるんだ」
背と首を反らして見上げると、覗き込むように見下ろす五右エ門と視線があった。
「星見酒でござる」
「星見酒?」
月見酒なら聞いたことがあるがと首を捻る次元に、「おぬしもどうだ」と五右エ門から珍しいお誘いがかかった。
「バーボンあるか」
「あるわけがなかろう」
「じゃ、ウイスキーは?」
「洋酒は薬くさくてかなわぬ。拙者は日本酒一筋でござる」
ちょっと照れくさくなって入れた茶々に律儀に応える五右エ門に次元はつい笑った。
「なにを笑っておる」
「いや別に。ま、せっかくだから馳走になるぜ」

五右エ門とはじめてふたりで酒を交わしたのは、アジトの屋根の上。
その日が七夕だったということに次元が気がついたのは、数日後のことだった。
侍は意外とロマンチストだったらしい。
翌年も偶然にも同じアジトに滞在していた次元と五右エ門は同じように屋根の上で星見酒と洒落込んだ。
ちなみにルパンはというと、「一年に一度だけ逢えるなんてロマンチックだよね〜v」を口説き文句に女に逢いに出かけていて七夕の夜はいつも不在なのだ。

その数か月後、追う銭形警部から海に逃れたルパンたちはそのままファミリーを解散した。
『ルパン三世』は健在だが、よく報道されていた『ルパンファミリー』の名はその日を境に聞かれなくなった。
それから5年近くが経つ。
郊外の人気のない建物に一年に一度、人の気配が戻る日がある。
その建物の存在を知っている近隣の人々は幽霊談義に花を咲かせているが、そんな訳はなく。
「また来たのか」
侍の亡霊がでる!と噂の元凶になっている五右エ門は、笑いながら一升瓶からお猪口に酒をついだ。意外と豪快である。
「たまたま近くに来たからな」
次元はそう言いながら座り、屋根の上に置かれているお猪口を手に取ると五右エ門に差し出した。
「たまたまか」
「そ。お猪口が二個用意されてるのと同じようにたまたまだぜ」
空を見あげると満天の星。
梅雨時期だというのに、このアジトでは七夕の夜はいつも晴れる。
昼間に雨が降っていようとも夜には晴れて星が瞬く。不思議といえば不思議である。

確かに5年前、最初の年は本当にたまたまだった。
去年までの賑やかさを懐かしむ気持ちがなかったとは言わない。近くまで来たからなんとなく寄ってみただけだ。
そしたら五右エ門がいた。そしたら次元が来た。
偶然の再会に驚くも、自然な流れで次元と五右エ門は酒を酌み交わした。
それから毎年。なぜかふたりはこのアジトに足を運ぶ。
「酒の肴を持ってきたぜ」
塩だけで酒を飲む五右エ門につきあったのは1回だけだ。
五右エ門が用意しないなら自分が用意すればいいと、次元は酒は持ってこないがツマミは持参する。
もちろん五右エ門もあれば食べる。お互いに遠慮はない。
毎年黙々と酒を飲む。
近況をひとつふたつポツリポツリと話すだけで、基本的に無言の酒盛りだ。
それがもう5年。一緒に仕事をしていた頃から数えれば7年続いている。
「来たか?」
月も傾き、酒も肴もほとんど残っていない。
「うむ」
ぐいと一気に飲み干したあと、一升瓶を持ち上げればちゃぷんと小さく音がして、終わりが近いことを告げている。
「行くか?」
一升瓶をひっくり返して、ふたつのお猪口に残りの酒をすべて注いだ。
「無論」
5年は長い。
それなのにあの男は昨日別れたばかりのように、何もかわらずいつも通りの文面と気安さで船上の再会を告げてきた。
あの、ルパンに振り回される馬鹿らしくも愉快で、スリルに満ちた日々が戻ってくるのだ。
それを拒絶する理由はなにもない。
「また会おう」
「今度は来年じゃなく、来月にな」
カツンとお猪口を合わせて、最後の一杯を同時に飲み干す。
このアジトに幽霊がでるという噂はもう流れなくなるだろう。幽霊ではなく、生身の人間の騒がしさが戻ってくるのだ。
だけど。
一年に一回くらい、ふたりきりで飲み明かすのも悪くない。どうせルパンは七夕の夜は留守にするのだ。
一緒に仕事をしていても、休閑中で離ればなれになっていても、別のアジトに滞在していたとしても。
きっとまた、このアジトでふたりきりで星見酒と洒落込むのだろう。


そんな予感を胸に抱えながら、次元と五右エ門はアジトを後にした。
 
 
 
 
 

■7NENME NO 7/7■

 
 
 
■あとがき■

7周年御礼SS。

自サイトながら「もう7年!?」と驚いたので
今回のテーマは『7年目』です。
やっぱり七夕は絡んじゃいましたが(笑)

ファーストとセカンドの間の5年間も
次元と五右エ門は逢ってたんだよv
という妄想の産物です(^ー^)

  

 

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