■公衆電話の日■
 
 

外はバケツをひっくり返したような雨。
突然降られて慌てて走り出したものの、まっすぐに続く田舎の道には、軒を貸してくれそうな家ひとつなく、路肩に植樹された木は小さく、雨から隠してくれそうもない。
下水道さえ通り道にする泥棒とはいえ、仕事中でもないのにずぶぬれになるのは御免だった。
男ふたりが収まるには狭いとわかっていたが、雨を凌ぐ少しの間ならいいかとばかりに、飛び込んだ場所は想像以上に狭かった。
「おい、もう少しつめろよ」
少しでも後に下がれば、背中がドアを押してしまい、雨が降り込んでくる。
嫌でも前傾姿勢になってしまう。
問題なのはその先に、向かい合うように五右エ門が立っているということだ。
「無理を言うな。これ以上は背中が痛い」
高さは充分だ。180センチの男が立っても頭の上には悠々と空間がある。
だが幅はどうかというと、狭いの一言に尽きた。
ほぼ正方形のその場所は、元々ひとりで使うように出来ているのだから仕方がない。
雨宿り用などではない、四面がガラスで出来たここは電話ボックス。
その主が、五右エ門の後ろにデンと居座っているのは、次元にもちゃんと見えている。
電話と台と湿気で膨らんだ電話帳。
ガラスのスルリとしたドアと違って、デコボコしたそれは背中に当たれば痛いだろう。
それはわかっているが、正面から向かい合い、手の場所さえ違えば抱き合っているようにしか見えないこの体勢はなんとも都合が悪い。
いつも顔をつきあわせている仲間とはいえ、ここまで文字通り顔をつきあわせることは滅多にない。
すでに数十分経つが、雨がやむ様子はないどころが、ますます雨足が強くなっている。
足下の狭い隙間しかない中、ふたり分の体温でガラスはすでに曇っている。
挙げ句に上下左右に叩きつけらる雨の音に囲まれて、すべてから遮断された気分になってくる。
狭くて薄暗い空間にふたりきり。誰も何も邪魔するものはいない。
息苦しいのは狭い空間にいいるからではないことは理解している。
ここから飛び出したいような、ここにいつまでも留まっていたいような相反する気持ちがせめぎあう。
もう一歩踏み出して、おろしたままの手を持ち上げてそっと背に回せば、どうなるだろう。
今なら狭いから仕方ないという理由付けが出来るかもしれない。
それなら仕方ないと相手の手が同じように自分の背中に回されるかもしれない。
まるで抱き合っているように。まるで恋人同士のように。
甘い誘惑に頭がくらくらする。
たった一歩踏み出すだけで。だが、その一歩が踏み出せない。

ジリジリジリ。

突然響き渡った音に、次元と五右エ門はビクリと震え、一気に現実に引き戻された。
五右エ門の後ろの電話が鳴っているのだ。
公衆電話だというのにいったい誰がなんの為に?
驚きつつも次元は手を伸ばして受話器をとった。
一歩踏み出したことにより、密着度が更に高まる。
お互いの肩にお互いの顎が乗り、前身がぴたりと重なりあった。
胸を叩く心臓の音が二倍になった。同じように力強く同じくらいの速い鼓動が重なりあう。
「雨はとっくにやんでるぜ。いつまでいちゃこらしてんだよおまえら」
受話器から、聞きなれた脳天気な声が楽しそうにおかしそうに言ったが、相手の温もりと心臓の音に意識をもっていかれたふたりの耳には届かなかった。

 
 
■9月11日■
  

 
 
 

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