■キスの日■
 
 

27回。
キスと聞いて思い浮かぶ単語である。
あのときはパニックを起こしてかなりひどい態度をとった自覚はある。
目をあけたらキス顔の五右エ門のアップ。そのうえ裸。
半裸の男にのしかかられていたらパニックを起こしても仕方ないと思う。
その男が、密かに憎からずと思いつつも、そんな感情を認められず必死にその感情を否定していた相手だったら尚更だ。
知らないうちに27回。
意識がない間に27回。
記憶はなくとも、直前まで触れていたのだ、感触は残っていた。
それがますます次元を混乱させ、いろいろな感情がない交ぜになった結果、命の恩人のはずの五右エ門にあたった。
最低である。
己の言動を思い返すと、ただひたすら五右エ門に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そして次に思うのは。
「もったいないことしたな」
の、一言に尽きる。
本当にもったいないことをした。
ちゃんと自覚し受け入れて開き直った今なら、絶好のチャンスとばかりに28回目、29回目を堪能しただろう。
「5月23日はキスの日」なんて、低俗な雑誌のちいさい記事から馬鹿話がはじまったのが10分前。
ルパンにからかわれた五右エ門がぶすくれて席をたったのが10秒前。
リビングから出ていく後ろ姿を見送っていると、ローテーブルの向こう側のソファーを陣取ったルパンが笑いながら言った。
「次元、キスの日はキスを強要したりキスを迫っていい日じゃねぇからな」
キス話の間中、帽子の陰に隠れていたはずの視線の先を、察しが良い男は気がついていたのだろう。
まだ五右エ門を自分のものにはしていない。
じりじりと距離を詰めている最中であるが、五右エ門は妙に鈍いのか頑ななのか、なかなか思い通りになっていない。
キスの日を口実に、いっそのこと強硬手段に出てやろうかと考えたのが読まれていたらしい。
「あーあ、おまえにそんなこと言われるようになるなんて俺も落ちたもんだなぁ」
否定はしない。
ルパン相手に否定しても無駄だからだ。変に突っ込まれ遊ばれるよりさっさと認めた方が楽だ。
「ま、わかってても男なんてそんなもんだろ」
ヒヒヒと笑うルパンも、不二子あるいは最近知り合った女相手に同じことを考えていたのだろう。
五右エ門も同じ男のはずなんだけどなぁ、と次元は煙草を灰皿に押しつけつつ、ため息と共に呟いた。
その声をすかざす拾って大笑いはじめたルパンをリビングに残し、次元は五右エ門の後を追った。
とりあえず実行に移してみることにする。
進展するか後退するか運任せてだ。とりあえずどこかの方向に進展はするだろう。
という、期待を胸に。

 
 
■5月23日■
  

 
 
 

   
■こんにゃくの日■
 
 

ぷるんとした弾力はあるが包丁で簡単に切れる。
大根や鶏肉などと一緒に煮込んで、煮物にすると味がしみていて美味だ。
ぐさっと箸で刺さるし、歯でも噛み切れる。
そりゃ簡単に。なんの抵抗もなく。
それなのになぜ。
五右エ門は箸にこんにゃくを突き刺した体勢で、クッと呻いて頭を垂れた。
何を考えてるのかいやというほどわかるぜ、と思いながら、次元は俯いた頭をポンポンと叩いた。
「復讐の方法はあとで教えてやるから、メシは旨く喰おうぜ」
「・・・復讐?」
「そ。こいつに復讐」
次元は箸に突き刺したこんにゃくを一口でガブリと食べて笑う。
言っている意味はわからないが『メシは旨く喰う』ことに異論はない。
とりあえず今は修行と未熟という単語を頭から追い出して、食事に集中することにした五右エ門は、
ルパンにアイコンタクトを送る次元と、げんなりした表情を浮かべたルパンに気がつかなかった。

さてその夜。
次元の次元による次元のための、『こんにゃくへの復讐』は成された。
真ん中に切り込みを入れられたまんまるい田舎こんにゃくは五右エ門によって陵辱されたのだ。
後ろに挿入され前も擬似挿入させられ、突かれ擦られ抽送され、息も絶え絶えになるほど乱された五右エ門は、翌朝になって激怒した。
食べ物で遊ぶな、無駄にするな、というのが怒りの原点であったのだが。
お前のを咥えてしゃぶって飲む俺に、お前が使ったこんにゃくを調理して食べるなんて訳ないと、反省の色なく嘯く男に、絶句したのは五右エ門だけではなく。
絶妙なタイミングで朝帰りしたルパンの耳にも届いてしまい、昨夜同様げんなりとした表情を浮かべたのだった。

 
 
■5月29日■
  

 
 
 

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