「やっかいな仲間が増えちまったな」
ルパンが五右エ門を仲間に引き入れることに成功した様子を遠くから眺めながら次元は呟いた。
やっかいな仲間。
石川五右エ門という男を知るかぎり、間違ってはいない表現だ。
いまどきどこに和装に袴に草履、晒まで巻いたうえ、仕込みの日本刀を得物にする男がいるというのだ、それにあの言葉使い。あまりにも古めかし過ぎる。
信じられないほど腕は立つが、妙にすれていない真っ直ぐな性質は、裏街道を歩く人間にとっては邪魔にしかならないと思うのだが、そんなところにルパンは惹かれたようだ。
自分にないものを欲しがるのは人間のサガだ。次元自身もその気持ちはわかるし、やっかいだとは思うが嫌だとは思わない。
それに「やっかい」なのは五右エ門自身ではなく、五右エ門と次元の間に起こった、一年以上前の出来事なのだ。
五右エ門の持つお宝を狙い、変装して潜入した次元は、五右エ門を抱いた。
抱きしめたとかではなく、ずばり『セックス』をした。男である五右エ門を組み敷いて、その身を愛撫し貫らぬいて、存分に揺さぶり、吐き出した。
薬に侵され性衝動を止められなかった結果とはいえ、あれは葬り去りたい記憶ナンバーワンだ。
だが、忘れられない。
今までの人生の中で最高に良かったせいだ。良くって良くって、もう一度欲してしまいそうなほど強烈なセックスだった。
薬のせいだと自分に言い聞かせる。じゃなきゃ誰が男など抱くものか。
そう思うが、思いたいが、思い込もうとして無事成功したと思っていたのに、五右エ門と再会して思わず欲情した。まるでパブロフの犬だ。
自分で自分が信じられない。男の体を欲しいと思うなんて。だが、どんなに理性が嫌がっても体は正直に反応してしまう。
これから仲間としてやっていかないといけない相手だ。ルパン同様毎日のように顔を合わせることになる。そんな状況でいちいち欲情していたら肉体以上に精神が持たない。ダメージが大き過ぎる。
「ああ、本当にやっかいだぜ」
ルパンと肩を組んで大笑いしている侍を眺めながら、次元はがっくりと肩を落とした。
*
五右エ門を仲間に迎えて数ヶ月。
お互いがお互いに慣れて来た。性格や行動パターンを把握し合った結果、最近は仕事もスムーズに進む。
三人になったことで二人では難しかったヤマも踏めるし、いつ裏切るかわからない輩を一時的に仲間に加える必要もない。仲間としての信頼関係も築きはじめている。
それに五右エ門の剣は凄腕で、退路確保は勿論のことサポートを安心して任せることができる。その分大きなヤマが増え、スリルも手に入るお宝の質にも大満足だ。
ひとつ問題が残るとすれば、未だに五右エ門の存在に煽られることがあるということか。
日頃から肌蹴られた胸元は目の毒だったし、しっとりと汗をかいた肌の匂いをかぐとクラリと眩暈がした。裸を見れば目を背けたし、仕事中に密着することがあれば伝わってくる体温に体が熱くなった。
最初の頃は意識せずにいられず、セックスの記憶がフラッシュバックすることが多々あったが、最近はどうにか慣れて、煽られることはほとんどなくなった。とはいえ、皆無というわけではないから困る。
男に欲情する自分自身も嫌だが、男に欲情される五右エ門も堪ったものではないだろう。
そんな次元の事情も、薬に侵されて自分を抱いた男が次元だということも、五右エ門に知られていないことがせめての救いだ。
そう思っていたのだが。
その日は気候も良く、次元は煙草を燻らせながら屋根の上に寝転んでいた。
ルパン不在のリビングに五右エ門とふたりきりなのが耐えられなくなったからだ。
未だに燻る劣情が腹立たしい。それを回避するためにはそれなりの努力もいる。
何気なさを装って席を外し、気分転換に屋根の上に出た。太陽に照らされ清んだ空気を吸い込むうちに劣情は収まったが戻る気分にはならない。
何本目かの煙草に火をつけた頃、ようやくルパンが戻って来た。
偶然にも、屋根の下は五右エ門がいるリビングで、開けはなれた窓からふたりの会話が途切れ途切れに聞こえてくる。
特に聞き耳をたてることなくただの雑音として流していたが、あるキーワードが出た途端、次元は驚いて体を起こした。息を潜め耳を欹てる。
なぜその話題に至ったのか経緯は聞いていないのでわからない。だが確かに五右エ門は『指南書』と言ったのだ。あの、次元が五右エ門を抱く原因となった指南書。なぜその話題が出てくるのか。次元の米神に汗が一筋流れ落ちる。
「ああ、役にたったぜ。って五右エ門ちゃん知ってたの?」
「拙者が気がつかないとでも思っておったのか。顔を隠し声もくぐもっていたが、口調や身のこなしをみればそのままはないか」
「あーらら。お侍さん相手なら忍者ルック!とか珍しく遊んでみたんだけど、バレバレだったんだ」
楽しげなルパンの声と、馬鹿にされたと感じたのか少し不機嫌そうな五右エ門の声。
会話の内容からすると、あの日五右エ門の屋敷に忍び込み、秘伝書を奪った男がルパンであることに気がついていたらしい。
だがあの時点ではまだ面識はなかったはずだ。つまり気がついたのは再会してからということになる。
「いつから気がついてたんだ?」
「行動を共にするうちにな」
「そっか、俺の口調や身のこなしってそんなに特徴あるのかー、問題だなぁ」
「いや」
「ん?」
「そういう前提で観察してみて、そういえば同じだと思っただけだ。気づいた原因はおぬしではない」
ふたりの会話が進むにつれ心臓の音が煩いほど大きくなっていたが、五右エ門の言葉に心臓が口から飛び出しそうになる。
聞きたくない、聞いてはいけない、そう思うのに体は動かず、その間にも会話は進む。
「え?じゃあ」
「次元は・・・あれで変装していたつもりなのか」
「あれって?」
「服を変えて髪を後ろで縛っただけで、髭も声も口調もなにも変えておらん」
「まあ、そういうなよ。あいつも殺し屋から転職してそう間もなかったんだからさ。アレで精一杯だったんだろ」
「アレでか」
「そうアレで」
ルパンがクスクスと楽しげに笑う。五右エ門は少し呆れたような声色だが、やはり面白がっているようだ。
あの夜になにがあったのかルパンは知らないはずだ。知っているのは当事者である次元と五右エ門だけだ。
だが、万が一ルパンに知られても、五右エ門にだけは気がつかれたくはなかった。
それなのに。
知られていた。気がつかれていた。あのときの男が次元だと知ったうえで五右エ門は何気ない顔をして接していたのだ。
予想外の現実に、次元はショックをうけて屋根のうえに倒れこんだ。
脱力した体はズルリズルズルと屋根の傾斜を滑っていき。そのままドサリと植込みの上へ落下した。
「どうしたんだ、次元」
窓から乗り出したルパンが次元の姿を発見して目を丸くする。
「また落ちたのか。よく落ちる男でござるな」
ルパンの肩越しから覗いた五右エ門が可笑しそうに言った。
「また、って?」
「あのときも次元は獣取りの罠に落ちて足を痛めたのだ」
ブブッと噴き出すルパンの背後にいる五右エ門を睨みつけるが、動じる様子はない。だがそれ以上のことをバラするつもりはないらしい。
「俺は落ちやすいんだよ!」
開き直り、怒鳴りながら起き上がればルパンは更に爆笑した。
自分がどのタイミングで古臭い侍に落ちたのかわからないが、落ちていることには間違いはない。
覚えているならそれはそれでいい。もう遠慮する必要はない。
唐突に自分の気持ちを自覚した次元は大いに開き直り。五右エ門の視線を捕らえてニヤリと笑ってみせた。
|