ここは外国である。
仕事をいくつか梯子して、あちこちの国を転々としているが、日本には一度も立ち寄っていない。
昨今、大きな街であればスーパーに日本の食材が売っていたりするのだが、いま潜んでいるこのアジトは超田舎。
つまり、日本の食材は手に入らない。
つまり、最近日本食を作れていない。
つまり、五右エ門は和食に飢えている。
つまり、そういうことなのだけれど。
「なんであんなこと言ったんだ」
ひそひそと、だが断固たる抗議を込めて詰め寄る男は次元大介。
「だってよう、エイプリルフールだからいいかなーって」
たらたらと汗をかき、眉を八文字にしている男はルパン三世。
「ふたりでなにをしておるのだ?」
嬉々としてテーブルの前に座り、背中を向けたふたりの男に声をかけるのは石川五右エ門。
いつものルパンファミリーである。
だがしかし。
いつにないほどおどおどヒソヒソとしているルパンと次元。
いつにないほどうきうきワクワクしている五右エ門。
五右エ門の笑顔が、ルパン、ひいては次元の心を罪悪感で抉る。
「言っていい嘘と悪い嘘があるだろうがっ」
噛みつきそうな勢いで次元は小声で怒鳴るという器用なことをやってのける。
「かるーい嘘のつもりだったんだよう」
花を撒き散らさんばかりに上機嫌な五右エ門にチラリと視線を送ってルパンはぼそぼそと言い訳をした。
エイプリルフールだから。
かるーい冗談というか、嘘というか。
すぐにバレる嘘だし、「ごめんごめん」と軽く謝って許されるレベルだと思っていたのだ。
五右エ門の表情がパアアと明るくなって嬉しげにするのを見てしまうまでは。
「どうすんだよ、ルパン」
「どうしよう、次元」
たった、ひとこと。
あのとき、あんなこと言わなきゃよかった。
もし嘘だと知ったら五右エ門はどん底まで落ち込むだろう。
そして、怒りは落ち込みに比例するものだ。
最悪、五右エ門はここから出ていってしまう。
今回の仕事は五右エ門抜きじゃ始まらない仕事だというのに、それでは困る。とても困る。
ちいさな嘘だ。罪のない嘘のはずだったのだけど。
『五右エ門ちゃん、今日の夕食は和食だぜー』
ここは外国の片田舎で、日本の食材は手に入らず、最近日本食を作れていなくって。
五右エ門は白いご飯とみそ汁と沢庵に飢えている。
その状態でつく嘘にしてはタイミングと性質が悪かったのだ。
たかが食べ物、されど食べ物。
食べ物の恨みは怖い、という諺があるくらいだ。
食べ物の恨みは単純なだけに根深く強いものなのだ。
「あああ、どうしよう」
背中を小さく丸めて、ルパンは情けない声で呟いた。
ヒソヒソコソコソと頭を寄せ合うふたりの男を後ろから眺め、
満面の笑みを浮かべて嬉しそうな雰囲気を撒き散らしている五右エ門の眼は、実は一切笑っていない。
ルパンの言葉に一瞬本気で喜んだ五右エ門だが、直後のルパンの表情を見てすぐに嘘だと見破った。
だが、性質の悪い嘘に腹が立ったから、そのまま気が付かない振りをしたのだ。
食べ物の恨みは怖いのだ。
もう少し怯え慄いていればいい。
五右エ門はにっこりと嘘の笑みを浮かべながら、心の奥で意地悪くほくそ笑んだ。
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