■to try the patience of a saint■

 
 
 
 
 

五右エ門から発せられた言葉が脳に届くまで次元は間抜けな顔をしていたに違いない。
ようやく意味を理解したら理解したで続くリアクションも相当間抜けだっただろう。
信じられなかった。
仲間として長く共にいた、背中を預けられる数少ない男が、まさかと思った。
だが、慌て慄く次元を見つめる五右エ門の眼にも態度にも嘘はない。
それでもまだ真意を探ろうと切れ長の目を覗き込んだ次元はその瞳を見て、自分の中でなにかがストンと落ちたのを感じた。
短くはない人生を歩んできて、色々な女と出会い恋だの愛だのを繰り返してきたが、こんなにまっすぐで何も求めてこない告白は初めてだった。
五右エ門の中には同じ感情を求める気持ちも受け入れて欲しいという想いもなく、普通なら持ちえる感情の迸りがまったく伝わって来ない。
ただ事実を述べただけ。
まるで『今日は天気が良いな』と青空を見上げて呟くように、次元に対して次元へ向かう感情を口にした、ただそれだけ、そう感じた。
そこまで考えて次元はすぐにそれを否定した。
何も求めていないわけではないのだ。
五右エ門はひとつの応えを求めている。彼が欲しているのはたったひとつ。
次元による完全な拒絶だ。
その結論に辿りついた途端、激しい衝動が次元を襲った。
咄嗟に手を伸ばし五右エ門の腕を掴む。無意識だった。
意外と力が篭っていたのか五右エ門の顔に微かに苦痛の色が浮かぶ。
だが、掴まれた腕を振りほどくことはしない。
頭は妙に冷静なのに体内の血が一気に沸騰したような錯覚に次元は陥った。
五右エ門が自分に求めているもの。
嘲笑、嫌悪、慄き。
どんな表現方法であろうが拒絶だけ。
それはすぐにでも与えてやれるはずなのに唇は一文字にキツク結ばれたまま、動かすことができない。
次元は掴んだ腕を遠慮ない力で引き寄せた。
抵抗はない。
組み敷かれ、服を剥ぎ取られ、女のように躯を押し開かれても、五右エ門は抵抗らしい抵抗をしなかった。
苦痛に眉を寄せても、快楽に顔を歪ませても、ただ揺さぶられ、一方的といっていい行為を受け入れる。
その代わり、ただひとつの問いかけだけが次元に向けられた。
「なぜだ」
なぜこの身を抱くのか、なぜ拒絶しないのか、なぜこの行為を繰り返すのか。
五右エ門が問いたい気持ちはよくわかる。だが次元は明確な答えを与えなかった。与えられなかったと言ってもいい。
最初の夜は「なんでだろうな」と答えた。
二度目目の夜は「わかんねぇ」と答えた。
五右エ門の告白で始まったふたりの関係は次元の仕掛けた行為により歪んだ。
繰り返す毎に慣れる躯と増す快楽。
それだけが事実でそれ以外のことは何も考えられない。
ただ只管その躯を掻き抱き、隠されていた熱を吐き出させ、次元自身も侍の奥底に吐き出した。
誰にも汚されたことがなかった場所を思う存分に汚し、溢れんばかりに注ぎ込む行為は、暗い悦びを次元に与えた。
「なぜだ」
三度目の夜は答えなかった。

そして五右エ門は次元の前から、姿を消した。
一仕事終えたあと、五右エ門はアジトに戻ることなくそのまま立ち去った。
ルパンには一言あったようだが、次元には何もなく去る素振りさえみせずいつも通りであったというのに、気がついたらいなくなっていた。
三度目の夜の数日後のことだ。

それから半年以上経っても五右エ門は帰って来なかった。ルパンも呼び戻す様子がない。
『仕事だ』とルパンが呼ばなければ、修行中の五右エ門は戻って来ない。
たまにふらりと姿を現すことはあるがそれは本当に稀なことだ。
だから最初はいつものことと軽く思っていたが、こうも長く会えないと色々と考え込んでしまう。
「なぜだ」と問いかけられて答えられなかった。問いかけられてもわからなかったからだ。
それなのに湧き上がる衝動に身を任せるだけ任せ、意味を考えないようにして、行為を繰り返した。
その結果がこれだ。

五右エ門が帰ってこないのはたぶん自分のせいだ。
次元にはわかっていた。
彼が去った直後から、ずっと気がつかない振りをしていたが、それももう限界だ。
時間と共に次元の中に焦りが生まれ、目を逸らせられないほど大きく育ってしまっていた。
このままでは駄目だと思うのに、五右エ門が帰って来る気配はない。
ルパンが呼びさえすれば帰ってくるかもしれないのに、なぜルパンは五右エ門を呼ばない?
ジリジリとした苛立ちが日々募っていき、とうとう次元は問うた。

「なんで呼び戻さない?」
「呼んでも帰って来ねぇよ、きっと」
主語のない問いにルパンは正確に答えた。
欲しい答えと違っていたが、答えは答え。次元は再度問う。
「なんでだ?」
「・・・仏の顔も三度までっていうだろ?」
「・・・」
身に覚えがありすぎて次元は言葉に詰まった。
なにか知っているのかと凝視しても、ルパンをいつもののらりくらりとした笑顔を浮かべているだけ。
問いただしたい気持ちはあるが、これ以上迂闊なことを言って自ら墓穴を掘りたくない。
無言で立ち上がり、コーヒーメーカーを手に取った次元の背中に再び声がかけられた。
「居場所なら知ってるぜ?」
振り向くと小さな紙をヒラヒラとして、ルパンは次元を見つめていた。
口元は笑っているが、目は笑っていない。
「迎えにいくなら覚悟を決めろ」
そう言ってルパンはメモをピッと飛ばした。
とっさに掴んだメモを見て、すぐに視線をあげるがもうルパンは次元を見てはなかった。
きっとすべてを知っているのだろう。
なぜ知ってるのかはわからないが、よく考えてみればルパンのこと、仲間ふたりに流れる微妙な空気に気がつかないはずはないのだ。

覚悟。
それはなんだ。
あの、五右エ門の問いに対する答えということか。

「言っておくけどな、次元。五右エ門が帰って来るってことは、すべてがなかったことになったという意味だぜ?」
なかったこと。すべてがなかったこと。
つまりそれは五右エ門自身が自らの力で吹っ切ったということだ。
あの告白も、あの繰り返された行為も、すべてが意味を成さなくなり、ただの過去の出来事となる。
五右エ門が自らの意思で戻ってきたとき、そこにいるのは長年共にいた背中を預けることが出来る、信頼できる『仲間』。
それ以上でもそれ以下でもない。
そして未来永劫、それ以上になることは決してないのだ。

次元は手の中のメモをクシャリと握り締めた。
あの修行狂いの侍は、次元とのことさえも煩悩を捨てる修行にかえてしまっているはずだ。
修行はどこまで進んでいるのか。
半年は経つからもう終盤に差し掛かったとことかもしれない。
五右エ門の中で昇華された想いとは反対に、次元の中の宙ぶらりな感情は永遠に残ることになる。
男同士で求め合うとか抱き合うとか、傍から見れば滑稽にも映るそんな生き方よりも、それは悲惨といえるのではないのだろうか?

次元はメモごと拳をポケットに突っ込むと、ゆっくりと歩き出した。
無言でドアに向かう黒い背に「間に合うといいな」という核心を突いた言葉が投げかけられる。
肩越しにジロリと睨みつけたが、ルパンは背を向けたままヒラヒラと手を振っただけだった。

「なぜだ」

その問いかけに正しい答えが返せるか自信はない。
だが、『今日は天気が良いな』と青空を見上げて呟くように、五右エ門に対して五右エ門へ向かう感情を口にしてみよう。
そう決心した次元は遠い空の下、修行に励む五右エ門のその修行が終わっていないことを祈りながら、足早にアジトを後にした。
 
 
 
 
 

■to try the patience of a saintI■

 
 
 
■あとがき■

無自覚&狡いうだうだ次元さんの話。
間に合うといいね(^ー^)
 

 

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