■黒い恋■

 

 
 
「おぬし、煙草の本数が増えたのではないか?」
ぷかぷかとハイペースで煙草をふかしていた次元に五右エ門が言った。
元々ヘビースモーカーではあったが、最近は特にひどい。
次元自身、それを自覚していたしその原因にも覚えがあった。
「拙者も少々は嗜む故、やめろとは言わぬが何事も過ぎると毒だぞ?」
せっかくの助言だったが、次元はチラリと一瞬五右エ門をみたものの、すぐに視線を前へ戻し無視を決め込んだ。
放っておけと態度で示す。
予想していた反応だったのだろう、五右エ門は怒りはしなかった。
「おぬしの肺は真っ黒であろうな。・・・仕事中に呼吸困難などになってくれるなよ。足でまといだからな」
侍の精一杯の厭味に次元がふと笑った。
ムッとするかもとは思っていたがまさか笑われるとは考えていなかった五右エ門は少し驚いた。
「腹も黒いぜ」
「なに?」
「肺だけじゃねぇ。腹も真っ黒だ。俺は意外に腹黒いんだぜ?」
今度はちゃんと五右エ門の方を向いてニヤリと笑ってみせる。
「外見だけがと思っていたが中身も真っ黒なのか」
「ああ」
「救いようがないな」
「まあな」
呆れたのか、五右エ門は小さく溜息をついて、次元に背を向けた。
 
 
そうさ、俺の中はもう真っ黒すぎて自分ではどうにも出来ない。
お前を奪いたくて、自分のものにしたくて仕方がない。
そんなことばかり考えている俺はもう末期なんだろう。
愛しい想いも、焦がれる気持ちも、過ぎればドロドロな欲望の塊になる。
ホント、何事も過ぎれば毒になるとはよく言ったものだぜ。
 
 
遠ざかる背をみつめながら、次元は自嘲気な笑いを浮かべ心の中でそう呟いた。
 
 


 
 
最近、次元の煙草の本数が増えている。
それに気がついてしまう自分に五右エ門は辟易した。
ヘビースモーカーの次元が煙草を吸うのはいつものこと。増えようが減ろうが五右エ門には関係ない。
そう思っているはずなのに、あんなに吸ったら体に悪いんじゃないだろうか、などど心配する自分に気がついて今度はうんざりする。
五右エ門は無駄とは知りつつ、次元にひとこと注意をしておくことにした。
「おぬし、煙草の本数が増えたのではないか?」
案の定、次元は無視を決め込んでいる。
子供ならまだしも大の大人がこんなことを注意されて反省するはずはない。
まあ、相手が恋人や愛する人ならまだ違うかもしれないが。そう思った五右エ門の胸が一瞬チクリと痛んだ。
そんな胸の痛みを感じさせる次元が少し憎くなって、五右エ門は厭味のひとつでも言ってやりたくなる。
「おぬしの肺は真っ黒であろうな。・・・仕事中に呼吸困難などになってくれるなよ。足でまといだからな」
フンと鼻先で笑いながら言ったのにかかわらず、次元はムッとするどことか小さく笑った。
「肺だけじゃねぇ。腹も真っ黒だ。俺は以外に腹黒いんだぜ?」
今度はちゃんと五右エ門の方を向いてニヤリと笑った。
その表情と、その言葉は、なんだか重みを持って五右エ門の腹の底にずしりと沈んだ。
適当に返しながらも、黒いなにかがズンズンと溜まっていく。
五右エ門はそんな自分の心を持て余しながら小さく溜息をついて、次元に背を向けた。
 
 
どうすることもなく、どうすることもできず、同じ場所に立ち続けている。
斬るのは得意だが、この想いはどうしても切り捨てられない。
次元の一挙一動に反応してしまう自分が情けない。
愛しそうに握られる銃や、いつも咥えられている煙草。そして彼と愛を交歓しあう女達。
そういったものを見るたびに、黒い気持ちがどんどん体の奥に蓄積されていく。
真っ黒なのは拙者の中身だ。
 
 
次元の視線を背中に感じながら、五右エ門は自嘲気な笑いを浮かべ心の中でそう呟いた。
 
 


 
 
待機だと言われて篭った廃ビルは、夜になれば真っ暗になった。
窓から街頭や看板などの灯りが入ってくるため真の暗闇にはならなかいのが救いだ。
窓際に立ち外を見ると、数百メートル先にルパンが侵入したターゲット宅がある。
壁を隔てて中と外。
外は煌々と灯りがともっているのに、中は真っ暗。
まるで今の自分のようだと次元は唇を笑いの形に歪められた。
「どうだ、なにか変わったことはないか」
気配すら感じさせないから、ひとりきりだと錯覚しそうになっていた。
次元は部屋の奥から近づいてくる五右エ門を振り返った。
そしてドキリとする。
暗闇の中から外の灯りを受けて、白い顔が浮き出てくる。
ドロドロと真っ黒な自分の内面と違い、この男は内面は真っ白なのだろう。
なんとなくそう思ったのだが、それは次元に苛立ちを感じさせるきっかけとなった。

元々お綺麗じゃないが、元々黒く染まってはいたが、こんなに逃げようのない黒さには浸かってなかった。
だが今はどうだ。
自分でもどうすることの出来ない欲望と感情でまるでコールタールのようだ。
黒く歪んだ内面を必死で押し隠そうとしているのに、その原因であるこの男は白く光っている。
そう思うと、なんだか目の前の侍が心底憎くなってきた。
愛憎は表裏一体という言葉が頭に浮かんだが、次元の黒さは怒涛の如く溢れ出してしまった。
両腕を伸ばし、ぐいと五右エ門の二の腕を掴む。
いきなり与えられた痛みに五右エ門の顔が驚きの色を乗せて歪んだ。
振り払われる前に五右エ門の体を思いっきり引き寄せる。
目の前、数十センチまで近づいた顔を真正面から覗き込んだ。
「俺の中は真っ黒だ、と言ったことを覚えているか?」
突然の質問に五右エ門は腕を振り払うこともなく、暫し無言で次元を見返したあと小さく頷いた。
「だからなんだと・・・」
最後まで言わせなかった。
言葉を発するために開いた唇に唇を押し付け、次元は遠慮なく舌を差し込んだ。
ビクリとした震えが、掴んだ腕から、押し付けた体から伝わってくる。
数センチ前まで近づいた顔の表情はわからないが、切れ長の目が大きく見広げられているのだけがわかる。
舌を噛み千切られるのは覚悟のうえ。
そんな最期はなさけない気もするが、いつまでもコールタールの海で溺れ続けるよりマシだ。
最初で最期になるであろう、五右エ門の唇、舌、唾液、そして口内の熱を思う存分味わう。
・・・思う存分?
そこまで考えた次元はハッとして唇を離した。
離れたことにより五右エ門の浮かべている表情をみることが出来る。
いつのまにか閉じられていた瞳がゆっくりと開き、その視線が次元を捕らえた。その瞳の奥には探るような色がある。
刺すような視線だったが、次元は目を反らさなかった。
真正面から五右エ門の目を見返す。言葉にできない思いを乗せて。
「・・・拙者の中も真っ黒だった、と言ったらおぬしは信じるか?」
紡がれた言葉の意味を理解する前に、五右エ門の唇が次元の唇に押し付けられる。
そして先程と同じく、だが反対に、今度は次元の口内に熱い舌が差し込まれた。
五右エ門も次元と同様に真っ黒だったと、と言ったのだ。
そして今、五右エ門の舌が次元の口内を遠慮がちにだが蠢いている。
次元は驚きに息を止めたが、すぐにその意味することを理解した。
 
 
真っ黒だった。
数分前までは真っ黒だった内側は、愛しい相手を手に入れたことにより真っ白にスパークした。
  
  

    
 
 
   
 ■あとがき■
去年のジゴの日(4/5)に日記に掲載したSSを手直し再録。

「其の一」は次元バージョン、「其の二」は五右エ門バージョン。
ジゴ祭りとか言いながら『W片想い』でした。(^^;)

ホントは1話完結でなにか書こうとか考えていたけど、
「其の一」と「其の二」はなんとなく対にしてしまいました。
で、このふたつでこの話は終るはずだったのですが
「ジゲゴエの日に片想いネタってどうよ?」
と思ったので、結局くっつけちゃったのでした。(笑)

 
 
 

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