今年もまた五右エ門にとって苦難の日が訪れた。
  

 
 
■クリスマスの苦行■
 
 
 
 

 
ルパン一味のひとり、五右エ門は、石川五右エ門の名を継ぐ13代目である。
純粋培養の100%日本的教育を受けてきた。
外国なんぞ行ったことはなく、外国の行事など知りもしない。
すでに日本のイベントと化したクリスマスやバレンタインすらも知らず、生粋の、というか、半世紀以上は時代を遡った旧世代日本人であった。
そんな彼がフランスの血が流れるルパンやアメリカンナイズされた次元の仲間になったのだ。
当初はかなりルパンたちも、もちろん五右エ門自身も苦労した。
活躍の場を日本以外にも持つルパンは、色々と、本当に世間一般では常識であろうことから五右エ門に教え込んだのだ。
クリスマスという行事を知ったのもルパンたちからだった。
伴天連の神の行事をなぜ仏教・神道が基本である日本人が祝うのかは理解できなかったが、既にただのイベントと化しているのだと教えられて、一応は納得した。
だが現在。その『クリスマス』とやらが五右エ門にとって一年に一度の苦行の日になっているのである。
逃げることは許されず、必ずルパンたちと共にいることを強要されているのだ。
『クリスマス』自体は別にいい。何も考えずただ騒いで楽しめばいいのだと教わったからだ。
ただ、その日に条件付けられた『行為』がとにかく五右エ門にとって辟易とするものだったのだ。


「五右エ門ちゃん、メリークリスマス♪」
ルパンが五右エ門の肩を引き寄せて、その頬にブチュッと唇を押し当てた。
無意識に侍の手が斬鉄剣にかかるが、抜刀はしない。
というか出来ない。それが約束だからだ。


外国ではキスが挨拶代わりだと教えられて最初は信じていなかった五右エ門だったが、映画だの雑誌だのを見せられて本当のことだと知ったときは相当ショックだった。
なんというハレンチな。
公衆の面前でこんな行為をするなんて。
真赤になって五右エ門はそのときそう言ったのだ。
それを聞いたルパンは『自分の常識だけで世間をはかってはいけない』だの『そんなことではこれから国外での仕事がやっていけない』だの、散々説教をした挙句、ある提案をした。
『じゃあ、五右エ門ちゃん。キスに慣れようか』
『なに?』
『外国行ってさ。変装して仕事が順調に進んでるってときにカワイコちゃんに挨拶のキスされて、それを大騒ぎして拒否したりしたら、すべてオジャンになっちゃったりするかもしれないでしょ』
『ぐっ』
確かに否定できない自分がいた。
カーーとなって抜刀してしまうかもしれない。
『挨拶のちゅーくらい慣れて貰わなきゃ、オチオチ国外で仕事も出来やしないのはごめんだからさ』
『・・・どうしろと言うのだ』
『俺や次元がキスしても我慢すること』
『・・・は?』
一瞬ルパンが何を言ったかわからなかった。
だが、ルパンの肩越しに見える次元も吃驚した様子でソファーから飛び起きたから、きっと聞き違いではないはずだ。
『だから、俺や、』
『なんでおぬしたちに、その、接吻などされねばならぬのだ!!』
『慣れさせるためでしょ。俺だって男にちゅうなんてしたくないよ』
唇を尖らせてルパンが拗ねたように言う。
だが、目は楽しそうだ。絶対に面白がってるに違いない。
『なら、やめろ』
『そしたらお前、いつまで経っても慣れないだろ?』
『だがっ』
『じゃぁ、そうだな。クリスマスだけ』
ルパンはいいことを思いついたというように、ポンと手を叩いて言った。
『は?』
『クリスマスは皆浮かれて楽しい気分さ。だからその日だけはキスしていい日にしようか』
にっこりと笑いながら、『これも仕事のためだぞ?』とルパンは付け加えた。
『1年に1度だけだぞ?これでもかなり譲歩してやったんだからな。お前も譲歩しろよ』
『・・・わかった』
『言っておくが、その日に姿を晦ますのはなしだからな。毎年ちゃんと一緒にいろよ?』
諦めてガックリと肩を落とした五右エ門の背中をバンバンと叩きながら楽しそうにルパンはそう言ったのだった。


それから毎年クリスマスになるとキス攻撃が始まる。
ルパンは調子に乗って一日中、五右エ門の隙をみつけてはぶちゅぶちゅしてくるし、たまに面白がった不二子が侍やルパンをからかうのを目的に参加してきたりするから、また大騒ぎになる。
だが、おかげで結構キスされることには慣れたと五右エ門は思う。
そろそろこの厄介な修行も終らせていいのではないかと考えるのだが、いつもルパンに言いくるめられてしまう。
口先でルパンに敵うものはなかなかいないのだ。
五右エ門がキスに慣れてくるのと比例して、次元の機嫌も年々悪くなっていた。
次元が五右エ門にキスをしてきたことは今まで一度もない。
それをルパンが協力的でないだのなんだのと非難するのだ。
男にキスしろと強要された挙句、それを断ると非難される。なんとも不条理。
次元の機嫌も悪くなろうと言うものだ、と五右エ門は心密かに次元に同情していた。
クリスマスが苦行の日だというのは、五右エ門も次元も同じだからである。

「おい、五右エ門」
次元の声に振り向くと不機嫌そうな顔をした次元が立っていた。
「なんだ?」
「口紅ついてるぞ」
ぬっと手を伸ばし、五右エ門の唇の端近くの頬を親指で擦りながら次元は言った。
「あ、すまぬ」
五右エ門は手ぬぐいを出すと、自分の頬をグイグイと拭いた。
今年は不二子も参加してきたのだ。
最近ムシャクシャすることが多いのよ!と言いながら朝から訪ねて来たから、五右エ門でストレス解消しようと思っているに違いない。
それでも逃げ出すことが出来ないことに理不尽さを感じるものの、律儀に約束は守る侍は不承不承ながら不二子からのキス攻撃にも耐えていた。
今は、それを羨ましがったルパンが不二子にキスを求めての追いかけっこが始まったので、ようやく一息つけたところだった。
「ルパンにもされたのか」
「あぁ。半分はからかうのが目的とはいえ、男相手によくやると拙者も感心する」
次元は不機嫌そうな表情で、そんな五右エ門を眺めている。
「どうした?」
「お前、キスされることにかなり慣れたみたいだな」
「まあ、毎年されておるからな。慣れないわけにはいかぬだろう。不本意だがな」
そう言って、五右エ門は苦笑した。
最初の頃は顔を赤く染めるも冷や汗をかきながら、抜刀しそうな自分を必死に耐えていた。
だが、今はすっかり慣れてしまっていた。

ぐい、といきなり引き寄せられたかと思うと頬に唇の感触。
突然のことに五右エ門は驚いて、バッと後ろに飛びのいた。
目の前には伸ばした手をそのままに佇んだ次元がいる。
どう考えても次元にキスされた、としか思えない状況だったが、五右エ門には信じられなかった。
今まで次元が仕掛けてきたことなど一度もなかったのだ。
「なんで逃げるんだ?」
頬を押さえて固まった五右エ門に、次元が一歩踏み出す。
「な、なんでって・・・」
思わず一歩、後ずさる。
「ルパンや不二子は良くって、俺は駄目だってか?」
「い、いや、そういうわけでは」
ただ単に驚いただけである。
その驚きのレベルはかなりものもだったから、ただ単に、と言っていいのかはわからないが、五右エ門は心底驚いていた。
この数年、共にクリスマスの苦行に耐えてきた仲間のはずなのにいったいどうした心境なのか。
「今日はキスしていい日なんだろ?逃げんなよ」
手首を掴み、次元は五右エ門をグイと引き寄せた。
驚きのあまり抵抗も忘れた五右エ門はそのまま次元の目の前に引き寄せられた。
「どうしたのだ、いきなり?」
目をまんまるにして次元を五右エ門はみつめた。
次元はやっぱりいつも通り不機嫌そうな顔をしている。
男にキスをするのが嫌ならしなければいいだけのこと。そんな顔してまですることではない。
今までそうしてきていたはずなのに、いったいどんな心境の変化があったというのだろう。
ルパンに何か言われたのか?と五右エ門は思った。
「今年から俺も参加しようと思ってよ」
ニヤリと次元が笑う。だか目はやっぱり笑っていない。というか、なにか怒っているようにみえる。
「だけど今までしてこなかった分、俺からのには慣れてないみたいだな」
次の瞬間、五右エ門は次元の腕の中にいた。
体の前面はピタリと密着し、腰と背中に回された腕が力強く五右エ門を抱き締めている。
「じっ、次元!?」
「これは今までの分、まとめてだ」
次元の顔が近づいてドアップになった途端、頬でも鼻先でも額でもなく、唇に唇を押し当てられた。
一瞬なにが起こったのかわからなかった侍が、ようやくなにをされているか理解したときはすでに遅かった。

驚きに硬直した五右エ門の唇を割ってぬるりとした舌が差し込まれる。
背中に回していた手を後頭部に移動し頭を掴み固定すると、次元は遠慮ない動きで口内で舌を動かし始めた。
くちゅくちゅと唾液の絡まる音が響く。
今まで散々ルパンや不二子にキスされてきた五右エ門だったが、唇に、それもこんな恋人同士しかしないような深いキスをされるのは初めてだった。
次元の巧みな舌の動きに五右エ門の体が芯から痺れてくる。
驚きと口内から発する快感で頭が真っ白にスパークして何も考えられなくなっていく。
大きく見開かれた目を次元が覗き込みながらデープキスを続けていると、五右エ門の膝がカクリと崩れた。
その落差でふたつの唇が離れる。
崩れ落ちた衝撃と新鮮な空気を吸ったことにより、ようやく五右エ門は我に返った。
「お、ぬし、なにを」
荒い息を吐きながら、生理的な涙で潤んだ目で次元を見上げる五右エ門。
その顔が次元の何かを刺激し煽っていることに、本人は勿論気がつかない。
「キス、しただけだろ?」
次元は楽しげにそう答える。
五右エ門を上から覗き込む次元の目には先ほどまでの不機嫌さなく満足そうな色で満たされていた。

結局、次元は一日中、五右エ門にディープキスを仕掛け何度か成功をおさめた。
それを目の当たりにしたルパンはというと、自分が言い出した行事とはいえ相棒ふたりによるディープキスは相当ショックだったらしく、その恒例行事は終了を遂げたのだった。



そして。
それから次元と五右エ門の仲は少しづつ変化していき。
右往左往しつつも数年後にはディープキスを交わす仲になったのだった。
 
 
 
 

■CHRISTMAS NO KUGYO■
   

    
 
 
   
 ■あとがき■
別件で『キス』がテーマ、というのがちょっとありまして
それからというもの『キス』ネタがどんどこ出てきます♪
どんだけキスズキかって感じですが
『キス』って色々妄想浮かびますよネv

で、せっかくのクリスマスシーズンなので
『クリスマス』に『キス』を絡めてみました。
恋人同士ではない設定ですが間違いなくジゲゴエです(笑)

ルパンや不二子にちゅっちゅっちゅっちゅされる五右エ門は
可愛かろうなぁと思いつつ
次元のイヤらしいキスに感じて腰砕けになる初心な五右エ門も
可愛かろうなぁと妄想滾らかせてみましたv


ということで。
管理人からの『メリー・クリスマス』でした♪




 
 

 

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