■10センチ五右エ門■
 
 
 
 

 
ぴたぴた、と頬になにかが触れる感触。
なんだろう、と思いながらも夢うつつでいると、ぐいっと髭が引かれ「次元っ」と名を呼ぶ声が聞こえた。
「ん?」
眉間に皺を寄せながら目を開ける。
視界の端に、なにかが俺の顔を覗きこんでいるのがみえた。
なんだ、これ?
寝ぼけながらもそれを握るとバタバタと暴れだし「やめろっ」と怒り出した。
えーーと。
なんだ、このちっちゃいの。
すごくよく出来た、10センチくらいの五右エ門そっくりの人形。
ルパンの奴、何作ってるんだか。
それにしても、動力はなんだ?なにで動いてるんだ?電池かなんかか?
ハンカチらしき布をぐるぐる巻きつけている人形をひっくり返す。
すらりとした二本の足、白い尻、ちっちゃい男の象徴。
すげえ、よく出来ている。
継ぎ目なんか全然ない、小さいながらも弾力も温かみもある。
しげしげ観察してたら、人形を握っていた指に痛みが走った。
驚いて手を離すと、人形はころころ転がり枕の横でパッと立ち上がった。
「なにをするかっ」
乱れた服、というか布を整えながら、人形が怒鳴った。
えーーと。
えーーと?
・・・・・五右エ門?
「ほ、本物かっ!?」
「当たり前だ!朝っぱらからハレンチな!」
「いや、問題はそこじゃねぇだろ!なんでそんなにちっちゃくなってるんだ!?」
「起きてたらこんなになっておったのだ!」
信じたくないが、これは作り物なんかじゃない。
正真正銘、生身の13代目石川五右エ門だ。
「・・・・・ルパンの奴か」
がっくりと肩を落とす。
なにが目的で、なんの理由でか知らないが、こんなことをしでかしそうなのは俺達の周りにひとりしかいない。
IQ300の俺の相棒、ルパン三世。
あいつがなにをしでかそうと勝手だが、五右エ門を実験に使うとはどういう了見だ。(怒)

逃げ出したのか、アジト内には既にルパンの姿はなかった。
小一時間程、ふたりで散々ルパンの文句、悪口を言い合った。
吐き出して少しは気分が落ち着いたのか、五右エ門がふいに腹に手をあてて言った。
「次元、腹が減った」
「・・・は?」
「腹が減った、と言ったのだ」
テーブルの上にちょこんと立った五右エ門が俺をみあげて、再度言った。
か、かわいい・・・。
じゃ、なくて!
「なんで俺が」
「おぬし、今の拙者に飯が作れると思うのか」
・・・思わねぇ。こんなちっこいんじゃ料理どころかキッチンにもたてやしない。
「俺のメシでいいか」
「おぬしのメシとは?」
「パンとベーコンと豆」
「・・・拙者、和食がよい」
フライパンを用意していた俺の背後で五右エ門が我侭な自己主張をした。
「作るのは俺だぞ?文句をいうな」
首を少し捻って、じろりと肩越しに五右エ門を睨む。
いや、睨もうと思ったが、すぐに挫折。
しょんぼりとした様子で「こんな目にあって意気消沈している拙者に冷たいものだ」と呟いたのだ。
くっそー、かわいいじゃねぇか!!
こいつ絶対自分の可愛さ自覚してるに違いねぇ。それを強調して同情心煽りやがって。
「わかった、わかったよ!」
ここが日本国内じゃなくってよかった。
一から飯炊いて、味噌汁作れって言われなくってすんだ。
五右エ門の買い置きの、レンジで温めるだけの飯とお湯を注ぐだけの味噌汁。
あとは簡単にスクランブルエッグを作る。
それだけでこの侍はご機嫌だ。
卵と飯数十粒を小皿の上に置き、味噌汁はオチョコの裏に注いでやる。
この小さい体にはこの量で充分だろう。
そして残りの飯と味噌汁は、不本意ながら俺の腹におさまることになった。

五右エ門が外出したいと言い出した。
朝起きてからずっとなにをするでもなく室内にいるのだ。
暇を持て余しているんだろう。
朝飯のあとに、五右エ門の着ていたハンカチをそれなりに服っぽく改造した以外特に何もしていない。
俺はいつものんべんだらりとしてるからなんともないが、五右エ門はそうじゃないらしい。
というか、あまりのちいささに室内すら歩き回れないのだ。
残鉄剣は元の大きさのままで五右エ門の手に余るし、いろいろと心もとないのだろう。
かわいそうだと思う。
だが、外出なんて色々な意味でとんでもないことだ。
「その大きさでどこに行けるっていうんだよ。室内ですら無理なのによ」
だいたい、猫なんかに捕まってみろいっかんの終わりだ。
今の五右エ門にとって外は危険がいっぱいなのだ。
「おぬしが一緒に行ってくれればいいではないか」
「冗談じゃねぇ。傍目から見れば人形遊びが好きな髭男だぞ?すぐに変態扱いだ」
ポッケットに入れて隠したとしても、気分転換に出かけたがっているんだ。顔くらい出すだろう。
そんなのを人に見られてみろ、どう思われるかわかったもんじゃない。
「ケチなやつめ」
「なにぃ?」
朝飯作ってやって、昼飯作ってやって、苦手な裁縫で服を縫ってやって、その言い草はなんだ。
テーブルの座っている五右エ門をぐいっと掴み持ち上げる。
「なにをするっ」
身に危険を感じたのか、バタバタ暴れる五右エ門を片手に窓辺に近づく。
「おぬし、拙者を捨てる気かっ!?」
なんつーかな。
今のこいつがなに言っても腹が立つどころか・・・マジ可愛い。
「今日は外を眺めるだけで我慢しとけ」
出窓にクッションを置いてその上に五右エ門を乗せる。
ちょっと驚いた顔でみあげる五右エ門にニヤリと笑いかける。
「暇なら瞑想でもしとけよ。得意だろ」
「む」
五右エ門はムッとした顔をしたが、外が見える環境を与えられて少しは満足したらしい。
ぽすんと大きなクッションに体を埋めると、窓の外に顔を向けた。
暫くしてこっそり覗き込むと、暖かい陽気に誘われたのか、侍はぐっすり夢の中だった。

日も暮れて窓辺も寒かろうと持ち上げると、パチリと五右エ門が目を覚ました。
「よく眠ってたな」
「修行が足りんな。陽気に誘われた」
そういう割りにご機嫌だ。
だが、俺の用意した夕飯を見て眉間に皺を寄せた。
ホーラ、やっぱりだ。
夕食はこいつが目を覚ます前に、俺好みの料理を作り上げた。
和食ばっかり三食も喰えるかってんだ。
俺はどっかりした腹にズンとたまるものが喰いてえんだ。
そんな気持ちは言わずとも伝わったのだろう。
意外にも五右エ門は一言の文句も言わず、俺の用意した飯を喰った。
飯のあとにシャワーを浴びてさっぱりしながらリビングに戻ると「次元」と呼ばれた。
「なんだ?」
「拙者も風呂に入りたいのだが」
「ああ、ホラ」
ほかほか陽気の中寝汗をかいてるだろうし着たきり雀じゃ可哀想だと、こいつが寝ている間に縫った服もどきを差し出す。
「着替えを縫ってくれたのか」
意外そうに、でも嬉しそうに見上げられて照れる。
「まあな。それより風呂か・・・どうすりゃいいかな」
このアジトにはシャワーしかないから、洗面器なんてものは置いてない。
洗面所にも栓がないからお湯をためることは出来ねぇし。
そう言うと、五右エ門も「うーん」と考え込んだ。
花瓶は無理だし、特に水を張るような容器もない。
あるとしたら食器くらいか。こいつサイズなら丼かな。御椀やスープ皿は小さいだろう。
「食器をそのようなことには使えん」
何かポリシーみたいなものがあるのか、食器風呂を五右エ門は頑として拒否する。
「じゃあ、仕方ねぇな。風呂は諦めろ」
ムッとして言いかえそうとするが、食器は嫌、だがそれ以外に変わりになるようなものはない、となったら仕方ないだろうが。
「タオルで拭いてやるよ」
清潔なタオルを出して暖かいお湯に浸して、絞る。
「だ、だが」
「ホラ、さっさと服脱げよ」
台詞だけ聞いたら意味深な感じがするなぁ、と思いながら五右エ門から服もどきを剥ぎ取る。
バタバタと暴れる裸の体をタオルでくるんでやると、ようやく抵抗をやめた。
「ま、蒸し風呂みたいなもんだと思えばいいさ」
真っ白いタオルにくるりと包まれた五右エ門の姿をみて、やっぱり可愛いなぁと俺は思った。

パチリと目が覚めた。
覚醒はいきなりだったが、なんだかすっきり爽快な気分だ。
昨夜はぐったりとした五右エ門を枕元に置いて寝たんだが、まさか潰してないよな。
と少し慌てて起き上がって驚いた。
パジャマを着て寝たはずなのに全裸のうえ、周りはシーツの海、海、海。
え?どういうことだ、と周りを見渡すと。
横にはどでっかい五右エ門の寝顔。
今度は巨大化したのかと驚くが、よくよく周りを観察すると・・・
えーーと。
俺が小さくなって・・・る?


って、なんでだーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?


アワアワアワアワ、踊るようにあわくった俺だったが、五右エ門の「うーん」という唸り声にビクリとなる。
ちょ、ちょっと待てよ。
ということは、今日は昨日と逆バージョンってことだよな。
昨夜、俺は五右エ門にナニをした?
体を拭いてやっているうちに気持ちよさそうなあいつの顔をみて、悪戯心を起こしたというかなんというか。
ちいさくって抵抗できないことをいいことに好き放題しちまった。
舐めたり、吸ったり、弄ったり。最後には綿棒を使ってこいつを・・・。
何度も何度も吐精させ、それこそぐったりと放心状態になるまで不埒な真似を続けた。
ヤバイ。
まさしく『明日は我が身』という言葉が、今の俺に降りかかっている。
五右エ門をみる限り、このわけのわからない状態が続くのは丸1日だ。
とにかく元の大きさに戻るまで誰にも見つかるわけにはいかない。
昨日五右エ門のために作ってやった服もどきを探して肩にひっかけると、隠れ場所を捜してえっちらおっちら逃げ出したのだった。
 
 

 
 
 

■10cm GOEMON■
   

    
 
 
   
 ■あとがき■
五右エ門が10センチになったら可愛かろうな〜v
とか思って書いたものデス。
日記でちょろちょろ書いていたのをオチ+絵込みで再録しました。



 
 

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