抵抗はまだ続いている。
だが最初ほどではなく、それはだんだん弱くなってきていた。
「や、めろ」
顔を背け、ほんの少し出来た隙間から呻くように言った。
だがすぐに後頭部に回された手にぐいっと力がこもり、反れた顔は元の位置に戻される。
くちゅり、くちゅくちゅ。
淫らな水音が響く。
合間に荒い息と喉から洩れたような意味を成さぬ声が交じる。
密着した体を引き離そうと、間に挟まれた手に力を込め相手の胸を押し返すがびくりともしない。
膝がガクガクとしてくる。
背にあたる壁と前に密着している逞しい体に挟まれ、どうにか崩れ落ちずにいるだけだ。
巧みな舌の動きに頭が真っ白になる。
時折電流のような快感が体中を駆け巡る。
このままじゃいけない、残った理性はそう訴えているのにもう動けない。
それでもまだ抵抗を続ける様子に男は困ったように笑い、ようやく舌を抜いた。
開放された唇が新鮮な空気を求め、荒い息を繰り返す。
震える唇には、まだもうひとつの唇が触れたまま。
ペロリと表面を舐め、口の端から垂れた唾液を舐めとってから男は囁いた。
「嫌なら、噛み切れよ」
男の言葉に驚いた目が大きく見開かれる。
その唇に男はふたたび強く唇を押し当てた。
そしてノックするように舌先で唇を叩くと、恐る恐るといった様ではあるが、形のよい唇が薄く開かれた。
男は嬉しげに目を細め、口内にふたたび舌を侵入させた。
もう抵抗はない。
伏せられた瞼、抵抗しない躯。縋りつくように服を握る手。
いつ正気に戻って噛みきられるとも限らないが、こいつにならそうされても構わない。
このキスにはそれだけの価値がある。
男はそう思いながら、腕の中の体を思いっきり抱きしめて、その口内を思う存分貪った。
ほんの僅か、壁に押し付ける力が緩んだとき、侍の体はズルリと床に崩れ落ちた。
ぐんにゃりと力が抜けた体なのに、片膝を立てて堪え、倒れ込まなかったのは流石というところなのか。
先ほど手から滑り落ち、床に転がったままだった斬鉄剣を見つけると咄嗟に拾い上げ、体を支える。
ハァハァという荒い呼吸音だけが耳につく。
俯いた視線の先に見えるのは、黒い靴先。
それは近づくこともせず、かといって離れることもせず、そこに在る。
痺れるような快感を体内に溜め込んだまま、それを悟られまいと唇を噛み締めた。
時間と共に呼吸は整うも、口付けから派生した衝動は散らない。散ってくれない。
「どういうつもりだ」
ようやく搾り出した声は掠れていて、侍は心の中で舌打ちした。
靴先が一歩引いた。
答えず去るつもりかと思ったが、目の前に見慣れた無骨な手が現れた。
差し出された手はそのまま侍の顎を掴み、ぐいと上に引き上げる。
強引に上げさせられた視線の先に、腰を曲げて覗き込む強い視線が絡み付いてくる。
「なんで噛み切らなかった?」
さっきまで合わさっていた、少し荒れた唇が問いかける。
質問に質問で返すのは反則じゃないか。
責めるように睨みつけると、男はふっと笑った。
「嫌なら、噛み切れ」
あっという間だった。
背中と後頭部が軽く打ち付けられて痛みが走ったときには、床に押し倒されていた。
覆いかぶさってきた男はふたたび唇を奪い、遠慮ない動きで舌を差し込んでくる。
トレードマークの帽子はとっくに遠くへ吹き飛んでいて、いつもは隠れている目がギラギラと光って見つめていた。
視線は逸らさない。
同じくぎらついていることを自覚しながらも、侍は斬鉄剣から手を放した。
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