■鍵■


「いってしまうんだね、フロド」

白い月明かりに照らされた寝台でレゴラスは小さく囁いた。
まどろんでいたフロドはハッと目を見開いた。
背後から包み込むようにフロドを抱きしめているレゴラスの表情は見えない。
だが、見なくてもどんな顔をしているのかわかってしまう。

「ごめんなさい・・・レゴラス・・・」

レゴラスがどんなに悲しもうと反対しようとも、決心はもうかえられない。
以前の生活に戻れない、元の世界で生きていけないフロドには西方に旅立つしか道が残されていないのだ。

「わかってる・・・謝らなくっていいんんだ・・・ただ・・・」
「・・・ただ?」

フロドを抱くレゴラスの腕に力が込められる。
苦しいくらいの束縛はフロドに一種の安堵感を与えた。

「寂しいだけだよ」

レゴラスの言葉に涙が滲んでくるのを感じる。
最後に残された道は一番辿り着きたくなかったものだった。
胸に廻された逞しい腕を両手で握り込む。
応えるようにレゴラスの腕にも更に力が篭る。

もっともっと強く抱き合って離れられなくなりたい。
ひとつに溶け合ってでも一緒にいたい。

遠い未来では叶うかもしれないその望みも、今は叶わないとき。




百数十年などエルフにとって長い年月ではない。
だが、フロドに合えない期間だと思うと気が遠くなるくらい長い時間だ。
百数十年はホビットにとって一生以上の年月だ。
生きる時間の短い種族にとってひとつの気持ちをそれだけの時間持ち続けられるだろうか。

フロドを疑っているのではない。
だが「忘却」は神より与えられた生きていくうえで一番大切な恩恵。
辛いことも哀しいことも時間の波に流され癒されていくものなのだ。

だから。
フロドが自分を忘れても愛が薄れ消えてしまっても、仕方がないと一時は思った。
しかし、やはりそれは嫌だった。そうなったら自分は死んでしまうだろう。

幸せにしたい。
幸せになりたい。
フロドとふたりで幸せになりたい。
だから、フロドからいつまでも自分を消さないでいる方法を模索していた。
だが心はその人のもの。
他の者がどうすることの出来ない聖域なのだ。




「フロド、君に合う鍵は私だけだ・・・誰にも君を開かせないで」
「レゴラス」
「心も躯も私だけのものだ・・・言ってフロド。愚かなことだとわかっているが誓いが欲しい」

フロドが無言でみじろくとレゴラスはそっと腕の力を抜いた。
小さな体が振り向き、ふたりは向かい合わせになる。
フロドの腕がレゴラスの首に廻され、息がかかるほど顔が近づいた。

深く鮮やかな蒼い瞳がレゴラスをみつめる。
瞳に浮かんだ色と感情は幾百の言葉よりもフロドの心を物語っていた。

「フロド・・・ごめん」
「レゴラス」

離れて寂しいのは自分だけではない。
同族のいない見知らぬ土地で見知らぬ者達と新しく始めるフロドの方がレゴラスよりも幾倍も不安を感じているのだ。
それでも。

「僕の心も躯もすべて貴方の物です。僕という扉を開ける鍵を持つのは貴方しかいない。だからいつか・・・必ず・・・」

フロドはレゴラスの願いに応えた。
『開けに来て。いつまでも待っているから』
フロドの優しさに甘える自分が情けなくって、レゴラスはフロドに口付けて最後の言葉を奪った。

強いまでに優しいフロドの心と暖かで柔らかな躯。
すべてを己に刻みつけようとレゴラスは再びその躯を求めた。
 
 
 
 
 

   
  
 ■あとがき■
アレ?これじゃお題は「合鍵」じゃなくって「鍵」じゃん!
って思われたらゴメンなさい(^^;)
書いているうちにシリアスちっくになってしまい
本来書きたかった内容と雰囲気が遠く離れてしまったので
「鍵」と「合鍵」に分けてみました。(笑)


   

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