「夏には来ないでくださいね」
それがフロドと交わされたたったひとつの約束。



■夏の約束■



美しい自然に囲まれたホビット庄も夏を迎えて暑い日々が続いていた。
夕方を過ぎて日が影ってくると涼やかな風が吹き始め、幾分過ごしやすくはなるが、その時刻まではまだ幾分かある。
暑い日差しを避けるため、帽子を被ったり日陰で休んでいるホビット達の横を、汗ひとつかかず涼しげな様子で進む者がいた。

「やあ、こんにちは。」
「また来たんだね、ホビット庄にようこそ。」

馬上からかけられた、歌っているような楽しそうな声に、挨拶されたホビット達も違和感なく、その人物に挨拶を返した。

カツカツと軽やかに進む馬に乗った人物は、ホビットより幾回りも大きかった。
風に流れる髪は太陽の日差しを浴びてキラキラと輝いていて、眩しさについ目を細めてしまうほどだ。

はじめて彼がこの地を訪れたときは大騒ぎだった。
ビルボの話でエルフという種族のことを聞いたことはあったが、実際に目にするのははじめてだったし、想像以上に美しいその姿かたちに誰しもが絶句したものだった。
ガンダルフで外の人間に免疫がついていたとはいえ、あの魔法使いの老人と、この美しいエルフの青年とでは、やっぱり勝手が違ったのだ。

だが、今ではすっかりと慣れた。
フロドの客人だというエルフは数年に一度しか訪れないガンダルフとは違って
年に数回、それも数日間滞在するのだから慣れない方がおかしいというものだった。
いまやレゴラスはガンダルフ同様、このホビット庄では誰もが知っている存在だった。

エレスサール王はホビットの住む地を不可侵と定めていた。
だが、レゴラスが人間の定めた法を気にするはずはなかった。
他のことなら従っただろうが、なんといってもフロド絡みのこと。
年に数回、数日間、という訪問回数も少ない方ではなかったが、それでもレゴラスにとっては最大限の譲歩。
アラゴルンもその点は諦めていたのだろう。
長期滞在で入り浸り、という状況でなければ見て見ぬ振りをしてくれていた。

ホビット達はというと。
そんな法律が定められているなんて気にしてないというか、知っているかさえ怪しかった。
元々他の種族に興味はなく、外の世界に出ることもない。
また、他種族もほとんどの者がホビットに興味がなく、訪れることもない。
例外はビルボとガンダルフだけだったから、普通のホビットにとって、なんら変わることのない日々なのだ。

見慣れた一軒の家に辿りつくと、レゴラスはさっと馬を降りた。
レゴラスの馬のために用意された小ぶりな馬小屋に馬を繋ぎ水を与えると、見事に花々が咲き乱れた小道を進み、扉の前に立つ。
数ヶ月ぶりにフロドに会える喜びに高鳴る胸を押さえて自分の背丈よりも小さい扉を軽く叩いた。

トントン。

そんな音さえも楽しげに響いているように聞こえる。
はい、と聞きたくて仕方がなかった愛しい声が遠くで返事し、トタトタと小走りで近づいてくる足音が扉越しに聞こえる。
カチャ、とノブが回ると、扉が大きく開かれた。

「フロド!!!」

恋人の姿を見止めた瞬間にレゴラスは思いっきりその躯を抱きしめた。
いきなりの抱擁に驚いたフロドだったが、すぐに相手の正体に気がついた。

「レゴラス!?」

自分を抱きしめる大きな躯も、名前を呼ぶ声も、鼻腔を擽る新緑のような香りも。
すべて恋人のものであった。

「逢いたかったよ、フロド」

腕の力を緩め、覗き込んでくる顔は満面の笑みを湛えていた。
突然の訪問に驚きはしたが、それはいつものこと。
フロドもレゴラスとの再会は心底嬉しいものであった。

「僕もです」

幸せそうに微笑んで、抱きついてくるフロドをレゴラスは愛しげに抱き返した。
再会の喜びに浸っていた恋人同士であったが、まっさきに我に返ったのはフロドだった。
明るい光の中、扉の前での抱擁はいつ誰に見られるとも限らない。
少し慌てて身を引いて、レゴラスの腕から離れる。

「とにかく中へどうぞ」

レゴラスと共に部屋に入ると、扉をパタンと閉めた。

身を屈めながら奥へと進む。
いつもの場所に大きな椅子置いてあった。
レゴラスのために用意された椅子だが、いない間は邪魔にしかならないだろうに、片付けられもせず、きちんとその場に置かれていてレゴラスを嬉しくさせた。

室内もいつもと変わらない。
少し違うところといえば、すべての窓が大きく開けはなれていて、光と微かな風が室内に取り入れられているというところだけだった。

「お茶を飲みますか?」

カチャカチャとお茶の準備をはじめるフロドにレゴラスが手を伸ばす。
そんなことよりももっと抱きしめあって久々の再会を喜び合いたい。
しかし、フロドはするりとその手から逃れた。

「ああ、暑いから温かいものより冷たい方がいいよね」

何かを思い立ったのか、フロドは扉へと向かった。

「川で冷やしているんです。とって来ますから少し待っててくださいね」

レゴラスがとめる暇もなく、フロドは外へ飛び出していった。

「飲み物なんていいのに・・・・」

ポツリと小さく呟いて、自分の椅子にドサリと座り込む。
この数日フロドに逢いたい一心で馬を走らせてきた。
腰をおろしてみると、気持ちも次第に落ち着いてくる。
ふう、と大きく深呼吸して室内を見渡す。

この前来たのは冬だった。
外は寒々しかったが、フロドと二人で過ごす時間は暖かかった。
毎日のように抱き合って、笑いあって、幸せな数日間を過ごした。
寒さが強いためかフロドはいつもよりレゴラスの腕の中にいてくれた。
甘やかな記憶にレゴラスの表情は無意識にニヤケていた。

バタン!!

そんな記憶を追い払うかのように扉が大きく音を立てて開かれた。
フロドが帰って来たのかと視線を送ると、現れたのは3人の見慣れたホビット達だった。

「わーい、やっぱりレゴラスだ!」
「貴方を見かけたっていう話を聞いたから急いで来てみたんだ」

元気に騒がしく、メリーとビビンが走り寄ってくる。
その後ろからサムもゆっくりと近づいてくる。

「みんな、元気そうだね」

ピピンが勢いをつけてレゴラスに抱きついて来た。
その体を支えようとレゴラスが腕を廻す前に、ピョコンと離れた。

「レゴラス、暑いよ!その服!!」

この暑い盛りだというのに、レゴラスの服は見慣れた長袖の旅装束だったのだ。

「そうかな?」

気温に左右されないエルフらしく全然気にしていない。
そういえば、と見てみればホビット達は皆、かなりの軽装なのにじっとりと汗を滲ませている。

そうか、今は夏だったな。
と考えて、何かが一瞬レゴラスの脳裏に閃いた。
しかし、それが何なのかがわからない。

フロドに逢いたい一心でやって来たが、旅立つ前は何かに戸惑っていて、なかなか出発できなかったのだ。
割と重要なことだったと思う。
それなのに、開き直ってそれを振り払って旅立った途端に。
それが何か忘れてしまった。
道中、心を占めていたのは愛しい恋人のことだけだったのだ。

「それより、どうしたの急に?」

ちょっと考え込んだレゴラスの様子には気がつかず、ピピンは尋ねた。

「どうって。いつもの通りフロドに逢いに来たんだよ。」
「へー、そうなんだ。」

答えが決まっている当たり前のことを聞かれてレゴラスは苦笑した。
何を今更、と思ったが次のメリーの言葉でピシッと固まってしまった。

「でも、夏来ていいってお許し貰ったの?」
「・・・え?」
「夏は来ない、ってフロドと約束してたよね?」

そうだ、その約束だ。
レゴラスのホビット庄訪問を戸惑わせ、さっきからなかなか思い出せなかった何かは。

『夏には来ないでくださいね』

フロドと交わされたたったひとつの約束だ。

フロド恋しさに此処まで来てしまったが。
今は8月で夏真っ盛り。
フロドに来ないと約束した季節だったのだ。
目を見開いて硬直してしまったレゴラスをみて、3人のホビットはゴクリと唾液を飲み込んだ。
これはもう一目瞭然。

「・・・・約束・・・破っただか?」

心配気な表情でサムが尋ねる。
気まずそうな表情を浮かべレゴラスはホビット達を見下ろした。
ゆっくりとゆっくりと3人は後ずさっていく。

「あのさ、レゴラス。知ってると思うけど・・・・」
「フロドって・・・怒ると相当怖いよ?」

日頃温和な人ほど怒らすと怖いもの。
それはピッタリとフロドにも当てはまっていた。

「ああ、オラまだ庭仕事が残ってただ。」
「僕達ももう帰らなきゃ。日も翳って来たしね。」
「まあ、積る話もあるだろうし・・・今日はふたりでごゆっくり!」
「ちょっ・・・」

レゴラスが引き止める暇もなく、3人はそそくさと逃げ出した。
一歩足を踏み出したときには、バタンと扉は閉ざされていた。

「・・・・・・・」

一気に不安になる。
ホビット庄に着くまでの楽しい気分も、フロドに逢って浮かれた気分も、すっと萎んでしまった。

さっき、フロドは怒っていなかったか?
そういえば、抱きしめようと再度手を伸ばしたとき、避けられたような・・・

バタンと再び扉が鳴った。
立ちすくんで考え込んでいたレゴラスが視線を送ると、そこにはびしょ濡れのフロドがいた。

「メリー達が来なかった?もしかして、もう帰ったの?」
「どうしたんだい?フロド!」

頭のてっぺんから足の先までずぶ濡れのフロドの姿に驚いたレゴラスは
思い悩んでいたことをすっかりと忘れてしまった。
髪の先から、服の裾から、雫が滴っている。

「小川にこれをとりにいったんだけど」

フロドが手にした瓶を掲げる。

「水遊びしていた子供たちに水の中に引き込まれて・・・この通りだよ」

苦笑を浮かべたフロドは元気で怪我ひとつない。
レゴラスは安堵の息を吐いて、フロドに微笑みかけた。
そして、改めてフロドの姿に気がついた。

夏仕様なのか、フロドは今までに見たことないくらい薄着だった。
ベストも着ず半袖の薄いブラウス一枚で、短パンを履いている。
その薄いブラウスが濡れてフロドの肌に張り付いているのだが。
体のラインがすっかりと現れているのだ。
それだけではない。
透けたブラウスの下の肌の色もしっかりとわかるうえ、胸にある可愛い乳首がはっきりと浮かび上がっている。

レゴラスは無意識にコクリと喉を鳴らした。
数ヶ月ぶりに逢った恋人。
それだけでも情熱が躯を熱くするのに、こんな姿をみせられたら我慢できるものではない。
瓶を傾けグラスに冷えた液体を注ぎ込むフロドへそっと近づく。

「さあ、どうぞ。これを飲んで待ってて。僕は着替えてくるから。」

冷たいグラスをテーブルの上に置くと、フロドはクルリと背中を向けた。
しかし、数歩もいかないうちに躯が動かなくなる。
膝を床につけて身長を低くしたレゴラスが、後ろから包み込むようにフロドを抱きしめ引き寄せたのだ。

「濡れた貴方はすごく色っぽい・・・」
「・・・・・」
「久しぶりだし・・・わざわざ着替えなくてもいいよ。」

甘い誘いを含んだ声で耳元で囁く。
沈黙するフロドの躯に手を這わし、濡れて張り付くシャツをゆっくりと剥ぎ取ろうとした。

「・・・・・・なんで来たの?」

フロドの低い声が響く。
その声色と言葉にレゴラスの心臓はドキリと鳴った。
舞い上がってすっかりと約束を破ったことを忘れていた。

「離して・・・ください」

後ろからはフロドの表情はみえない。
だが、この様子からいくと怒っていることには間違いない。
レゴラスは焦った。
せっかく逢えた恋人につれなくされることほど辛いことはない。

「ごめん、フロド。でもどうしても貴方に会いたくって・・・」

とにかく怒りととかなければ、とレゴラスはフロドを思いっきり抱き締めながら謝り続けた。
謝罪の言葉を聞きながら沈黙していたフロドだったが、暫くすると大きく溜息を吐いた。

「レゴラス、離してください。」

再び投げられた言葉で、レゴラスは腕を緩める。
スルリと腕の中から小さな躯が抜け出した。
ゆっくりと振り返ったフロドがみたものは、しょんぼりと肩を落とし寂しそうにしているレゴラスの姿だった。

「私が・・・嫌い?」

小さく問われてフロドは首を横に振った。

「では、なぜ・・・私が来るのが嫌なの?」

大きいはず躯は、うな垂れて小さく見える。
哀しみを乗せて問いかける眼差しにフロドはもう一度大きく溜息を吐いた。

「・・・・暑いから」

視線を下ろしたフロドがボソリと答える。

「・・・・・・・・・・・・は?」

思いもよらぬ内容に間抜けた声を出す。
唖然としたレゴラスをフロドがキッとした目で睨みつける。

「その服、脱いで!!」
「え?」

フロドの言っている意味がわからない。
パニクッて反応を返さないレゴラスに近づくと、グイグイと服を引っ張りだした。

「暑苦しいんです!貴方は暑くなくって気にならないんだろうけど・・・
見てるこっちは見てるだけで暑くなる。その服も、その髪も!!」

小さな手が伸び、レゴラスの服の合わせ目を解く。
ようやく我に返ったレゴラスは呆然と呟いた。

「・・・そんな理由?」
「そんな、っていうけど、こんなに暑いのに貴方は僕に触りたがるでしょう?」

確かに気温差を感じないエルフの服装はいつも同じだ。
暑かろうが寒かろうが、季節に合わせて服を替えるということはしないし、人肌が鬱陶しいと思ったこともない。

だが、それが。
暑苦しい、というのが「夏に来るな」という約束の意味だったのか。
いくらなんでもあんまりだ、と思う。
つれない恋人に非難の言葉をかけようとしたとき。

「それに・・・僕も貴方に逢えば触れ合いたくなるんです。いなければ・・・我慢できるのに!」

顔を紅く染めたフロドが怒ったようにそう言った。
一瞬何を言われたのかわからず目を丸くしたレゴラスだったが、
フロドの言葉の意味がようやく脳に伝わった途端、花が咲くように満面の笑みを浮かべた。

「フロド!!」

小さい躯を今度は正面からおもいっきり抱きしめる。
フロドは少し身じろいだが、すぐに大人しくなった。

夏は暑く、特に8月の暑さは半端ではない。
そんな中で厚着をして髪を長く垂らしたレゴラスの姿は見ているだけで暑くなる。
それに逢えば必ず恋人としての関係を持つ。
人肌も行為も熱を伴い益々躯を暑くする。
それが嫌だったのだが。
逢ってしまえば、フロドだって躯を重ねたくなる。
暑さよりも、暑さが増そうとも、レゴラスといる方が嬉しいし幸せなのだ。

「レゴラス、濡れるよ」

レゴラスの乾いた服に水がどんどん染み込んでいくのがわかる。

「いいよ、別に。それに今からもっと濡れるし・・・ね?」

意味深な微笑みを浮かべて、フロドの顔を覗き込む。

「!!!レゴラス!!!」

益々顔を赤らめて睨みつけるが、レゴラスは何処拭く風。

「それにね、フロド」

躯を離し、レゴラスは自分の乱れた襟を開いて素肌を晒していく。
久々にみるレゴラスの逞しく白い肌にフロドは目を離せない。
袖を引き抜き上半身裸になると、レゴラスは自分をみつめる恋人を再び腕の中に抱き寄せた。
躯を包むレゴラスの肌の感触とその温度。

「・・・冷たい・・・」

呟いたフロドの声色は少し驚きを含んでいた。

「うん。私は体温低いんだよ。知らなかった?」

氷のように冷たいという訳ではない。
それならば今までに気がついていただろう。
だが、この暑い夏の盛りで嫌でも体温があがる時期にこの肌に触れたことはなかった。
一年を通して変化しないエルフの温度は、気持ちよさを感じるくらいにヒンヤリとしていた。
そのうえ、汗ばむこともなくしっとりとした滑らかさを保っている。

「気持ちいい・・・」

フロドは背中に腕を廻し、レゴラスに抱きついた。
頬や胸や腕に感じるレゴラスの肌は信じられないほど気持ちよかった。

「夏は私にくっついている方が気持ちいいんだよ」

クスクスと楽しそうに笑いながら、子供のように抱きつくフロドの髪を撫でる。

「だから、ね?」

レゴラスはフロドの膝下に腕を差し入れ、ヒョイとその躯を抱き上げ立ち上がった。
そして、ゆっくりと寝室の方へと歩みだす。
悪戯気にフロドの蒼い瞳を覗き込み、軽く掠るだけの口付けを与えるが、
フロドはレゴラスの首に両手を巻きつけて、もっと、と深い口付けを求めた。
寝室までの短い道のりの間、舌を絡ませ久しぶりの恋人の味を堪能する。

「夏も・・・来ていいよね?」

寝室の扉を開けながら、レゴラスは囁くように尋ねた。

「・・・うん」

クスリと笑いながらフロドは頷く。
幸せそうに微笑んだふたりは、寝室の扉の奥に消えた。
そして、甘くて熱い恋人の時間がはじまる。










フロドと交わされた新しい約束。






『夏には必ず来てださいね』

 
 
 
 
 
 
 

   
  
■あとがき■
昨年の夏に連載した暑中お見舞いとの再録です。
『夏には必ず来てくださいね』
この一言を最後に書きたいがために書いた文章だったりします(笑)

   

戻る


 

楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] ECナビでポインと Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!


無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 解約手数料0円【あしたでんき】 海外旅行保険が無料! 海外ホテル