深い深い眠りの底。
遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる。
哀しそうで切なくって。
それなのに優しくあたたかい声。
よく知っている人の声なのに誰だかわからない。
でも。
その声に応えたいと。その人の名を呼びたいと。
僕は思った。
■フロドの帰還T−目覚め−■
深い眠りから意識が引き戻されていく。
暖かい日差しを顔に感じる。
体が柔らかい何かで包まれている。
とてもとても気持ちがいい。
何もかも癒された感じがする。
あの旅の途中。
暖かさも、日差しも、柔らかさもすべて無縁だった。
指輪を捨てた後、滅びの山が噴火して。
僕はサムと一緒に流れるマグマの海の中で意識を失った。
ああ、そうか。
僕はあのとき死んだのだ。
使命を果たし力尽きて死への道を歩んだのだ。
ということは此処は天国なのだろうか。
微かな意識の中で徒然と取り止めのないことを考える。
トロトロと目が覚めていく感覚。
鳥の囀りが聞こえ、瞼の裏が眩しさで真っ白になる。
ふ、と目を開けると、見知らぬ天井。
僕の体は柔らかくて大きな寝台に横たわっていた。
ここは何処だろう。
ぼんやりとした意識の中で部屋をぐるりと見渡す。
綺麗な部屋。高価そうな調度品。清潔なシーツ。
そして寝台の脇、僕の足元の位置に。
信じられない人がいた。
パイプを咥え、優しい瞳で語り掛けるように僕を見つめている。
「ガン・・・ダルフッ」
掠れるような小さな声しか出ない。
会えた嬉しさと感動でこの気持ちを言葉に出来ない。
やはり此処は天国なのだと実感した。
あのモリヤの洞窟で死んだガンダルフがいるのだ。
僕は天国へ召されてガンダルフとの再会を果たしたのだ。
そう思ったとき。
バタン!!!
大きな音が部屋中に響き渡った。
驚いて音の方に視線をやると、大きく開かれた扉の向こう側に。
喜びに顔を輝かせたメリーとピピンが立っていた。
「フロドーーーーーー!!!」
「よかった!!目を覚ましたんだね!心配したんだよ!!」
ふたりは各々喜びの言葉を発しながら駆け寄ってくる。
寝台の横まで来てもその勢いは止まらず、そのまま寝台の上にダイブしてきた。
泣きそうな、でもそれ以上に嬉しそうな表情のメリーとピピンが僕に抱きついてきた。
強い力でギュウギュウと抱きしめられる。
無事を喜ぶ言葉と笑い声が降り注がれる。
「ガンダルフが君を迎えにいったんだ」
「還ってきた君は死んでるみたいで・・・本当に怖かったよ」
「でも、よかった!」
「お帰り、フロド!!!」
此処が天国でないことに、これが夢でもないことに、僕はようやく気がついた。
僕は還って来たんだ。
皆の元に還って来れたんだ。
恐ろしい指輪を捨てる旅は終わり、今ここに生きているんだ。
「フロド!!」
名を呼ばれて再び扉をみると、大きく手を開いたドワーフがいる。
「ギムリ!!」
嗚呼、彼も生きていたんだ。
無事だったんだ。よかった!
でも他の旅の仲間は?みんな無事なのだろうか。
あ・・・レゴラスは?
そうだ、レゴラスは!?
生きているの?彼は生きているの!?!?
心臓がバクバク鳴り出す。
恐怖が湧き上がってくるのを感じる。
彼がいなかったら、死んでいたらどうしよう。
もし、彼が!!
パニックを起こしかけようとしたその瞬間。
ギムリの少し後に続いて、レゴラスが入ってきた。
金糸の髪が光を受けて綺羅綺羅と輝いている。
旅装束とは違う、優雅なエルフの衣装に身を包んだレゴラスは
はじめて見て衝撃を受けたときのように、凄く凄く綺麗だった。
喜びに輝く微笑みを浮かべ、優しい新緑の瞳が僕を見つめている。
声が出ない。
彼の名前を呼びたいのに。
声が、出ない。
続いてアラゴルンが姿を表し、レゴラスの脇に立った。
「アラゴルン!」
彼の名を呼ぶ。彼の名前は呼べた。
旅の中、僕をずっと守っていてくれた頼りになるストライダー。
何度も何度も命を救って貰った。
嬉しい。
みんなみんな無事だったんだ。
ふと見るとサムが扉の横に佇んでいた。
みんなと違って寝巻きを羽織ったままの姿だけど。
彼も充分元気そうだった。
死を覚悟した僕達は。
救いだされて再びみんなに会うことが出来た。
サムを見て、僕は自分が生きていることを強く強く実感した。
■あとがき■
実は1年以上前に書いたものだったりします。
フロドの目覚めのシーンです。
「なんでレゴラスの名前を呼ばなかったのか」
というLOTR最大の謎(笑)を自分なりに補完してみましたv
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